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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
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第313話  異なる世界 12

<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>




「最近、変な客が多いと思わないか、姉さん」


「……そうね」


「父さんの仕事関係とは思えないような人ばかりだよなぁ」


「……」


「全身黒ずくめで、黒の帽子と手袋に黒のベールまで着けてる女性もいたんだぜ」


 武志君、壬生さんを見たのね。


「他にも怪しい雰囲気のやつばかりでさ。気味が悪いよ」


 おそらく、和見の父が異能の関係者を家に呼んでいるのだろう。


「ずっと家にいなかった僕が言える立場じゃないけど……。父さん、おかしいよな」


 武志君が家に戻って来て落ち着いた父が、また異能に傾倒し始めたのよ。

 それで、私が言うことを聞かないから焦っている。今はそんな状態だと思う。


「とにかく、変なやつばかりだから。姉さんは近づかない方がいい」


 先日、和見の父と壬生さんに対して強く抵抗して以降、父からは何も言われていない。ただ、時折私を見つめる目には、ぞっとするような念がこもっている。


 あの目を見ていると、このままでは済まない、父は諦めていないと感じてしまう。


「……」


 幸奈さんは、私は、和見の家を出るべき。

 間違いなく、その方が安全だ。

 けど、今の私が家の外で暮らせるわけもなく……。


「まっ、父さんの客が姉さんに何かするとは思えないか」


 だから、和見家に残るしかない。

 私はここに留まって。

 父に諦めさせる!

 幸奈さんに酷いことなんてさせない!


「とはいえ、姉さんは病み上がりだし、記憶も曖昧だし」


「……」


「心配だからさ」


 武志君……。


「ありがと」


 ほんとは病気じゃないの、記憶も問題ないの。

 嘘ついて、心配させて、ごめんね。

 

「感謝されることじゃないよ。僕は何もできてないし……」


「そんなことないわ。武志く……武志には助けてもらってるから」


「そう、かな?」


「そうよ」


 コーキさんがいない今。

 この家に私の味方は武志君しかいない。

 でも、ひとりいるだけで違う。

 とっても心強い。


「なら、明日は僕も一緒に行こっか?」


「明日?」


「久々に大学に行くんだろ」


 そうだった。

 明日はこの身体で初めて大学に行く日。

 幸奈さんとして、初めて外で活動する日だ。


「……大丈夫。もう体は平気だから。それに、武志は高校でしょ」


「こっちは休みだって」


 そうなの?


 でも、明日はひとりで大学に行くわ。

 この世界で暮らすのに、ひとりで外に出れないようでは話にならない。


 そう……。

 まだ、しばらくは元に戻れそうにないから。


 あっちに行ったきり戻って来ないコーキさん。

 何かトラブルに巻き込まれているのかもしれない。

 思い当たる節は……多すぎる。





**********************





「今日こそ、あいつを倒す日です」


 この数日、急いで準備を進めてきた。

 あいつの次の進化前に決着をつけるため。

 倒すため。


 当然ながら、完璧な準備を終えたわけじゃない。

 それでも、今できることはやり終えた、そう思える程度の準備はしたつもりだ。


「うむ。決着をつけるか」


「作戦は予定通り」


「早めにあいつを地面に下ろし、首を攻める」


「その通りです」


 今回もエビルズマリス本体と分身である悪意の雫がやって来るはず。

 ここ数回の傾向から、分身を倒された後のあいつは空からの攻撃に転じる可能性が高い。


 とすると、まずは地上に引きずり下ろす必要がある。


「魔法は頼んだぞ」


「了解」


 地上に下ろした後は、首元への集中攻撃だ。

 依然として首元が弱点だという確証はないが、首元への攻撃を嫌厭していることだけは確か。なら、そこに賭ける価値はあるだろ。



「来る!」


 これまで同様、空間が歪み始めている。


「一応、これも試しておくか」


「そうですね」


「うむ。雷撃の後、私が斬ってみよう」


「では、いきます。雷撃!」


 歪んだ空間に紫電が炸裂するも。

 歪みに変化なし。

 そこに剣姫の一撃。

 魔力で内部から強化したドゥエリンガーでの剣撃だ。


 これまでも、あいつが登場する空間に向かって攻撃を仕掛けたことはある。

 ただし、成果は皆無。

 全く効果は見られなかった。


 が、今回の新生魔力剣ならどうだ?


 カシュッ!


 歪みを斬り裂くドゥエリンガー。

 音は軽い。


「……駄目だな」


 やはり効果なしか。


「この歪み、どうしようもないな」


「ええ」


 歪みがあるとはいえ、所詮は空間。

 斬り裂けないことも想定内だ。


 それより。


「イリサヴィア様、もう現れます。備えてください」


「うむ」


 剣姫が俺の隣に戻り、態勢を整える。

 その直後。

 空間の歪みが消え。


「グゥオオォォォ!」


 鉄錆色の大地に登場するエビルズピークの悪意。

 引き連れる分身は4頭。

 悪意の雫の数に変化はない。


 よし!

 分身数が同じということは、スキルレベルに変化がないってこと。

 つまり、あいつ自身も進化していないはず。


「進化なし、か?」


「だと思います」


「うむ。ならば、作戦通り」


「ええ、分身から倒しましょう!」





**********************


<剣姫イリサヴィア視点>




 上手くいかないものだな。

 本当に……。


 レザンジュに来てからというもの、事はまったく想定通りに運ばない。

 私の思惑から外れてばかり。

 事はあちらへこちらへと動き回っている。


 ミルト、エビルズピーク、そしてこの異界。


「……」


 油断などしていない。

 自分ではそう思っていたのだが。


 慢心か……。


 ミッドレミルト山脈の異状調査、ワディン辺境伯の探索。

 その成否は別にして、困苦が待ち受けているなど想像もしていなかった。

 私が手を焼くなんて考えもしなかった。


 まったく……。

 自分の力量を過信していたんだな。


「……」


 どれだけ周りに称賛されようと、もてはやされようと、私は変わらぬ。

 自己をしっかり理解し、管理できる。

 ずっと、そう考えていた。

 自信があった。


 だというのに。

 気付かぬうちに、自惚れていたと。

 そういうこと、か。


 はは……。

 情けない。


「……」


 が、今回のことで良く分かった。

 己の未熟さを理解できた。


 これまでの私は、運が良かっただけ。

 ただそれだけ、ということが。


 ある意味、吹っ切れたと思う。

 だから。


 心身ともに一から鍛え直す!

 初心に戻ってやり直す!


 そう心に決めた。


 ただ問題は。

 ここから出ることができるのだろうか?


 エビルズピークの悪意とアリマが呼んでいるドラゴンのような魔物。

 その魔物が創りだした異界から脱出を?

 そのために奴を打倒することが?

 可能なのか?


「……」


 ふっ、格好の悪いことだな。


 つい数日前までは過信していた己の力。

 それを、今は信じることができない。


 なんと弱く脆い心よ。

 気概のなさよ。


 度し難い。

 不明を恥じるばかりだ。


 それでも……。


 己の未熟さと共に、心の弱さも知ることができた。

 ならば、進める。

 私はまだ先に進むことができる。


 そのためにも、ここを出なければいけない。

 キュベリッツに帰り。

 オズのもとへ。


「……」


 今は雑念を捨て、あいつを倒すことだけを考えるべき。

 それに専念するのみ。


 そのための方策はアリマと相談済み。

 あいつの制約、弱点についても心許ないながら目星はついている。

 こちらの攻撃力も、魔力付与の改善により上がっているはず。


 まだまだ足りないものは多いが、これで勝負できる!

 この手駒で倒す!

 進化する前に倒しきる!


 アリマが言うには、ここからの2回が勝負とのこと。


「……」


 冒険者アリマ。

 不思議な男だな。



 キュベリッツの広場で出会い、冒険者ギルドでその戦いぶりを目にしたあの日。

 あの時点で、ひとかどの人物だとは思っていたが。

 まさか、ここまでとは……。


 剣、魔法、魔力の運用、対応力、適応力。

 全てが一流のそれ。

 駆け出しの冒険者だなんて、あり得ないことだ。 

 その上、腕利きにありがちな傲慢さも見えない。


 一流の冒険者で人柄も悪くない、か。


「……」


 彼がいなかったら、私はどうなっていた?

 怪物の創り出した異界にひとりで?

 極限の地であいつを倒し、脱出を?


 ……考えられないな。


 私ひとりでは、敵を倒すどころではなかったはず。

 その前にきっと……。


 ……。


 ……。



 依存。


 いや、違うか。

 とはいえ、依存に近い感情ではある。

 そんな感情を私が抱くとは……。

 

 信じがたいし。

 信じたくもない。


 が、感情は嘘をつかない。

 嘘をつく頭とは異なり、心は嘘をつけない。


 だから。


「認めるしか……」



 冒険者としての私はいつの頃からか、剣姫と恐れられ。

 避けられることも少なくなかった。

 ひとりで戦ってばかりだった。


 その私が、公爵令嬢ではない冒険者の私が。

 心を許している。

 オズ以外に?


 こんなこと、子供時代以来だろう。

 魔球合戦のコーキ以来か。


「……」


 コーキとアリマ。

 どこか似た雰囲気がある。


 もちろん、コーキについての記憶は子供時代のもの。

 曖昧なものだ。

 それでも、不思議とそう感じてしまう。


 だが、ふたりが別人であることに疑う余地はない。

 髪色が違う、名前が違う。

 魔力量も魔法の力量も違う。

 違い過ぎるのだから。


 私のように宝具で姿を変え、コーキという名を持ち、魔法も急成長を遂げた。

 そんな可能性も皆無とは言い切れないが……。


 アリマは貴族ではないという。 

 貴族でないなら、家名は持っていない。

 コーキという名を持っているわけがない。

 宝具を所持することも叶わぬだろう。


 つまり、ふたりは別人だ。


 別人。

 それでいい。


 今の私は彼をひとりの冒険者アリマとして信頼しているのだから。



 そんなことを考えながら、次の戦いに備えること半刻。


「今日こそ、あいつを倒す日です」


「うむ。決着をつけるか」


 見慣れた光景が目の前に。

 空間が歪み始めている。


 決戦の時だ!





*********************





 今できる最高の準備を整え、あいつを迎え撃つ戦い。

 決着をつける一戦。


 戦闘の前半はほぼこちらの想定通りに進み、四半刻(30分)程が経過。

 今は4頭の分身を片付け、あいつを地面に引きずり下ろしたところ。

 地に足をつけたあいつと俺たちが対峙している。


「グルゥゥ」


 剣姫も俺も傷は負っていない。

 ふたりともに万全の状態での後半戦だ。


「いきますよ!」


「ああ!」


 ここからが本当の勝負。

 覚悟しろよ、エビルズマリス。

 四半刻以内に倒してやるからな。


「雷撃!」


 以前とは違い動きの良くなったあいつに雷撃を当てるのは容易じゃない。

 それでも、一撃当てた後はかなり楽になる。数発当てて地面に落とした今なら、なおさら。

 もう当てるのも難しくない。


「雷撃!」


 動きの鈍ったあいつに雷撃を立て続けに放ってやる。


「グウゥゥゥゥ」


 よし、痙攣しているな。

 これでしばらくはまともに動けないはず。


 剣姫に視線を向けると。

 すでに反応している、言葉は不要か。

 頼りになるよ。


 一足であいつに接近した剣姫。

 強烈な一撃を首元へ。


 ザシュッ!


 魔剣ドゥエリンガーが首元の鱗を直撃。


 もちろん、鱗の破壊には至っていない。

 が、今までとは違うぞ。


 剣は弾かれていない。

 音も違う。

 剣撃の威力が相当上がっているんだ。


 内部に魔力付与されたドゥエリンガー。

 想像以上に効いているんじゃないか?


 あいつも心なしか顔に苦痛を滲ませているような……。


 ザシュッ!


 さらにもう一撃。


(えいっ)!」


 ザシュッ!


 続けて3撃目も首元へ。

 すべて綺麗に決まった。


「オオォォ……」


 次はこっちの番。


 今の俺では、剣姫のように上手く魔力は込められない。

 相変わらず表面に魔力をまとわせることしかできない。

 それでも、まとう魔力の質を上げることには成功しているんだ。

 

 攻撃力も上がってるはず。

 その剣をあいつの首元へ。


 ザッ!


「オオォ」


 よし。

 悪くない。 

 剣姫ほどじゃないだろうが、これまでより手応えはある。


 なら、続けて。


 ザッ!


 ザッ!


 俺も三連撃を!



「オオォォォ!」


 悲鳴のような声を上げる怪物。

 やはり、効いているぞ。


 剣姫と俺で放った剣はまだ6撃。

 だというのに、エビルズマリスの声と鱗に。

 確かな手応えを感じる。


「アリマ!」


「ええ」


 完璧だろう。

 ここまでの流れ、申し分ない。



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