第312話 異なる世界 11
「アリマ、ブレスか!」
「ええ、撃ってきます! 退避してください」
「君は?」
「ギリギリまで引きつけます」
「……」
「イリサヴィア様、早く!」
「……無事でいてくれよ」
「ええ、任せてください」
上空に漂うエビルズピークの悪意。
凝縮された光が、大きく開かれた口から溢れ出ている。
その光が一度だけ僅かに明滅。
飛び出した!
炎のブレスじゃない。
光の束だ!
周りの赤を消し去るような煌々たる光線束。
直径1メートル近い光の塊が向かって来る!
明らかに恐ろしい威力。
ただ、速度はそれほどじゃない。
これなら、この近距離でも……。
「っ!」
右に跳躍。
光はすぐそこ。
回避成功だ。
ドゴン!!
光の塊はそのまま鉄錆の土を直撃。
濛々と立ちこめる砂埃の中、大きく削り取られた大地が目に入ってくる。
「……」
「……」
凄まじいな。
こいつを喰らったら……。
ただじゃ済まない。
「アリマ、あいつはブレスも使えたのか?」
「分かりません。最初から使えたのか、使えるようになったのか……」
が、おそらくは。
ブレスを使えるように進化したんだろうな。
「……」
エビルズマリスの身のこなし、分身の増加、それにブレス。
この短期間で驚くべき進化を遂げている。
このまま進化が続いたら、恐ろしいことになってしまう。
今ですら倒すことができないのに……。
「好くないな」
「ええ」
これはもう、悠長なことはしてられないぞ。
一刻でも早く倒す必要がある。
とんでもない怪物に成長する前に。
とはいえ、倒す術など見つかっていない。
あいつに時間的制約があるのかも定かじゃない。
倒す目処なんて、今は……。
「……」
やはり、弱点を探すしかないのか?
いや、まずは制約の有無を確認すべきか?
「グルゥゥ」
その化け物は再び上空。
悠々と滞空している。
「あいつを地面に引きずり下ろしましょう」
このままでは弱点を探すどころじゃない。
時間的制約など調べられない。
「雷撃だな?」
「ええ、雷撃で撃ち落としてやりますよ」
俺の雷撃であの怪物を倒すことはできない。
それでも、活動を阻害することはできる。
滞空中のあいつに雷撃を命中させれば、上手く飛べなくなるはず。
1発では無理でも、数発当ててやれば。
ただ、あいつの回避性能も上がっているからな。
簡単じゃないぞ。
よし。
集中だ!
「少し休憩しましょうか?」
「……必要ない」
異界からあいつが消えた直後。
すぐに戦闘の訓練を始めてしまった剣姫。
疲労と怪我がまだ癒えていない身体なのに……。
「イリサヴィア様、無理はよくありません」
「平気だ」
「ですが、まだ傷の影響は残っているでしょ?」
あいつにやられた裂傷は回復薬を使って治療済みではあるが、完全に癒えているわけじゃない。
「……」
「それに、またすぐに戦闘になりますから」
これまでの流れから考えて、あと3刻以内にあいつは現れるはず。
まずは回復に努めてもらいたい。
「分かっている」
分かってないだろ。
「……」
もちろん、剣姫の気持ちも理解はできる。
俺とて同じ気持ち、同じ焦りを持っているのだから。
これまでの戦闘で進化を遂げたあいつ。
さらなる進化の前に倒したい。
進化がいつなのか?
それは分からない。
分からないが、この異界で7回目の戦闘時にあいつは進化していた。
分身のスキルも動きも。
ということは、あと5回の戦闘で進化する可能性が高い。
5回の戦闘、つまりあと3日。
3日であいつを倒すことが……。
「……」
今のこの状況で焦りがないなんて。
そんなわけないだろ。
「あと一度だ。一度だけ頼む」
「……分かりました。その後は休んでくださいよ」
「うむ」
剣姫と俺が行っている訓練は、剣への付与魔力量を高めるための実験と言ってもいい。
「それでは、準備を」
今の俺と剣姫の剣では、あいつの鱗を破壊できない。
ならば、改良するしかない。
考え得る改良点は量と質。
剣撃の手数は、これまでの戦闘で何度も試してきた。
ある程度の効果はあったものの、量には限界がある。
限られた時間内で倒しきるのは難しいだろう。
ならば、質を上げるしかない。
剣撃の質を高める。
途方もない時間をかけて達成すべき剣士の目標。
そんなものが短期間でできるわけない。
明白なことだ。
ただ、もしそれを可能にする術があるとすれば……。
それは魔力。
剣にまとう魔力の改良のみ。
剣にまとう魔力量の増加と質の改善。
それによる剣撃の威力増進を目指し。
剣姫と俺は、魔力付与の訓練を行うことになった。
その内容は。
まず、お互いに今までと異なる方法で剣に魔力を込める。
次に、その剣で一合を打ち合う。
手応えを確認して調整。
再度打ち合う。
さらに確認して調整。
これを繰り返すだけだ。
キン!
キン!
何度も何度も繰り返す。
休憩を挟んで何度でも。
キン!
キン!
単調な作業とも思えるこの訓練。
闇壁の調査、怪物との戦闘の合間に続けること1日。
まだ成果は出ていない。
当然か。
そう甘いものじゃないよな。
「……」
成果と言えば。
怪物の異界移動における時間制約についても確信は得られていない。
ただし、半刻の時間制限を否定する材料も存在しない。
相変わらず、あの怪物は半刻以上戦った後に去って行くからだ。
ただの偶然とも考えられるが。
ここまで続くと……。
やはり、何らかの制約があると考えても良いのではないだろうか。
その他の成果、弱点の検証については光明が見え始めている。
どうやら、あいつは首元への攻撃を嫌っているようなんだ。
他の箇所を攻撃されている際とは明らかに様子が違う。
普段は避けようともしない剣撃を、何度も避けようとしていたからな。
それに、首元に攻撃を集中した直後に逃走した回数も1度じゃない。
眼でも口でもなく首元。
そこが弱点という可能性は低くないはずだ。
最後に、闇の外壁破壊については……。
手掛かりすら掴めていないな。
魔力を纏った愛剣を正眼に構える剣姫。
同じく俺も剣を構える。
「アリマ、いくぞ」
「ええ」
剣への魔力付与訓練。
2日目も朝から何度も剣をぶつけ合っている。
「鋭!」
「っ!」
カキーン!
「……」
「……」
これは?
「イリサヴィア様、今の手応えは?」
「……悪くないな」
ああ、これまでと違う。
「イリサヴィア様のドゥエリンガーですよね?」
この感触、俺の剣じゃないはず。
「うむ」
やはり、彼女の剣の魔力付与が変わったんだ。
「教えてください。どういう風に付与したんです?」
「……中に込めてみた」
中?
剣の中に?
「魔力を内部にですか?」
「うむ」
「そんなことが可能……?」
通常、剣への魔力付与は剣表面に魔力を纏うことで完成する。
内部に魔力を込めるなんて、聞いたこともない。
「微量ではあるが、成功したと思う」
「……」
信じがたい。
とはいえ、他ならぬ剣姫がそう言うんだ。
間違いないのだろう。
「完璧には程遠いがな」
完璧ではなく微量。
それでいて、この威力。
「不完全でこれは素晴らしいです! もう少し魔力を増やせれば、鱗を破壊できますよ!」
初めて経験した魔力内部付与の剣撃。
微量であっても、剣表面へのそれとは比べ物にならない。
よし!
希望が見えてきたぞ。
「……うむ」
なのに、剣姫は浮かぬ顔。
「どうしました? 何か問題でも?」
「内部付与はかなり繊細な操作が必要になる」
容易じゃない、か。
「微量でも定着させるのは困難だ。なかなか安定しない。増量となると……」
魔力増量、その上時間が限られるなら、なおさらなのだろう。
「私も挑戦しますよ、イリサヴィア様」
「……」
「あいつの次の進化前に完了しなくてもいいですから。今はこれに挑戦すべきです」
できれば、進化までに間に合わせたい。
が、無理なら仕方ない。
「続けましょう」
「そう、だな」
「では、内部付与を教授ください」
剣内部への魔力付与訓練開始から1日が経過。
微量なら、剣姫の内部付与も安定してきた。ただし、増量となると不安定なまま。
それでも、次戦は内部付与を施した剣で戦えることは確実だな。
一方俺は……まだ内部付与に成功していない。
何度繰り返しても内部に定着しないんだ。
剣姫の魔力運用が特別優秀なのか、それとも魔剣ドゥエリンガーが優れているからか?
とりあえず、今は表面付与で戦うしかない。
若干改善された魔力付与剣で。
「……」
あいつの次の進化は?
次回の戦闘後か次々回か?
いずれにしろ、近々だろう。
そうすると、ここ2回の戦闘が極めて重要になってくる。
「アリマ?」
「……すみません。訓練を続けましょう」
俺も剣姫も準備万端とは言いがたい。
けれど、戦いは待ってくれないんだ。
ならば!
今の俺たちで勝ちに行くのみ!





