第310話 異なる世界 9
「呆れるほどの暗闇、か……」
「本当に」
あいつの創り出した半球形の異界空間。
円状の外縁は360度全てが闇に覆われている。
まさに暗闇の壁。
「不気味という言葉しか出てこないな」
剣姫の言う通り。
ただただ気味が悪い。
こうして眺めているだけで、闇に飲まれそうな気分になってしまう。
あまり凝視しない方が良さそうだ。
「こうなると」
「……」
「仮に闇の壁を破ったとしても何が起きるのか? まったく安心などできない」
「ええ……」
暗闇の先に何が待っているのか?
暗闇を破壊したら、エビルズピークに戻れるのか?
何ひとつ定かじゃないな。
「そもそも、まだ破壊できる見込みなどないのだが……」
「……」
初日に闇の壁に直面して以降、様々な手で破壊を試みているものの成果は皆無。
いまだ破壊に対する手応えはない。
「どういう構造なんでしょうね?」
武志の創った結界の壁とも、魔落の境界とも違う。
奇妙奇天烈な手触りに、剣も魔法もまともに通らない防御力。
硬いというわけじゃないのに、硬さ以上に厄介な弾性のような性質を持つ闇壁。
とにかく。
魔法を使っても剣を使っても、これっぽっちも破壊の可能性を感じられない謎の壁ってことだ。
「うむ……」
結果、俺と剣姫はこの壁を前に立ち止まるばかり。
破壊の算段など、欠片も……。
「構造が分かれば苦労しないな。いや、それが分かっても破壊できるとは限らないのか」
その通りかもしれない。
「やはり……」
「……」
「奴を倒すしかない、か」
「ええ」
「とはいえ、容易ではないぞ」
とんでもない防御力に加え、この異界からも自由に脱出することができる。
倒すのが簡単なわけないな。
「分かってますよ」
それでも、闇壁破壊よりはましだろ。
あいつに対しては、僅かではあるものの手応えも感じているのだから。
「ならば、次の戦いに備えて戻るとしよう」
今回の闇壁調査は、ここでいったん終了。
対怪物戦の準備のため、拠点に戻ることに。
「了解です」
この異界に閉じ込められて3日。
あいつとの戦闘は、これまで合計で6回。
1日2度の戦闘が3日分だ。
1度だけ不規則な出現があったけれど、それ以外はほぼ6刻毎に現れるあいつと戦っている。
「……」
最初はまったく通用しなかった攻撃も、最近では若干の傷を負わせることができるようになってきた。闇壁と違い、目処が立ってきたってことだろう。
「……雷撃後の鱗の隙間への剣撃。一箇所集中攻撃は通用します。それに、あいつの攻撃は全く受けないようになりましたからね」
「まだ遠いが、先が見えてきたことも確か。それだけでも心強いことだな」
「ええ。今後も地道に戦うだけです」
「うむ」
「ただ、今の我々は防御をほぼ気にせず攻撃に専念できます。となると、それほど遠くないかもしれませんよ」
速度で上回っているのはあるが、それ以上にあいつの攻撃に慣れたのが大きい。
「ふふ……」
どうした?
「君は若いのに大したものだな」
「……イリサヴィア様も若いじゃないですか」
「君より1つ歳上だ。それに、私は特殊な教育を受けている」
特殊な教育?
剣姫はただの冒険者じゃないと?
「ところで、君の家は貴族の家門ではないのか?」
「貴族家ではありません。平民ですね」
「……そうか」
「何か不審な点でも?」
「そうではない。少し確認したいことがあってな」
「……」
「平民の冒険者だというなら、それでいいんだ」
「はあ」
いいと言うなら、まあ……。
「さて、奴が現れる前に少しばかり攻略法を考えるぞ」
「イリサヴィア様には考えがあるのですか?」
「うむ。まずは奴が自由に逃げることができるのかどうか、それを知りたい」
「といいますと?」
「奴はこれまでの戦いで、半刻以内にここを去ったことはない。また、去った後すぐに姿を現したこともない」
「確かに、そうですね」
「ならば、異界と現実世界間の移動に時間的制約があるとは考えられないだろうか?」
怪物にもクールタイムみたいなものが存在する?
「……」
俺の異世界間移動にも12時間という制限があるんだ。
あり得る、十分に考えられるぞ。
「仮に半刻の制限があるとしたら、その時間以内に倒しきれば」
「奴は逃げることができない!」
「その通り!」
「これは、試す価値ありますよ! 次に対する時は、最初から雷撃と剣撃で一箇所集中攻撃を全力で仕掛けてみましょう。それで、すぐに逃げないようなら、仮説の信憑性が高まります」
「うむ」
今はどうあがいても、半刻という時間では倒しきれないだろう。
が、それでも。
その仮説が正しいと分かれば!
「あとは、そう……やはり弱点を見つけ出したい。半刻以内に倒すにしても、今のままでは難しいからな」
「そうですね。逆鱗のような弱点が見つかるかもしれませんし」
あいつの眼と口を攻撃しても上手くいかなかった。
となると、弱点があるのかは微妙だが。
「私が思いつくのは、これくらいだな。君は?」
「こちらの攻撃力を上げたいですね」
「……訓練でもするつもりか?」
「ええ。時間ならありますので訓練したいと思います」
「うむ……、戦闘以外の空き時間に訓練するのも悪くない」
そう思ってくれるなら。
「訓練、実戦。そして、闇壁の破壊に挑戦。これで進めましょう」
「了解だ」
ということで方針は決まった。
斬新なものではないが、今はこれを続けるだけだな。
「ふふ、さっそく現れたようだぞ」
拠点近くの空間が歪み始めている。
「まずは、あいつの時間に制約があるか。その確認を」
「うむ」
徐々に大きくなる歪み。
その中から現れたのは……。
怪物じゃない!?
複数の人影?
あれはレザンジュ兵?
兵士の亡骸?
「……」
「……」
怪物は……姿を見せなかった。
「食料ということか?」
「……おそらく」
ここに現れたレザンジュ兵の遺体は、あいつの食料なんだろう。
スキルに貯蔵庫と明記されていたからな。
「魔物の遺骸も、レザンジュ兵も……」
「そして、我々も」
「……」
「あいつにとっては単なる食材なんでしょうね」
「この異界を食料庫として使っている?」
「ええ」
間違いない。
「ふざけた怪物だな」
「それだけの力を持っているってことですよ」
「……うむ。超常の異界を創造できるのだ。おかしくはないか」
そう。
不思議なことじゃない。
人が牛や豚を食べるのと同じ感覚のはずだ。
「そういうことなら……食材に反抗されて、さぞ立腹しているだろうな」
「怒り心頭だと思いますよ」
「ふふ、そのような顔をしておったわ」
竜もどきの表情は分からないが、そんな気もする。
とまあ、それはさておき。
「魔物はともかく、兵士の亡骸を放置したくはないですね」
「うむ。埋葬するか」
「ええ、不毛の地ではありますが、安らかに眠ってもらいましょう」
鉄錆色の地面にいくつもの穴を掘り、レザンジュ兵全員の埋葬を完了。
数は多かったが、俺と剣姫ならそれほど時間はかからない。
「大量の食料消失を知ると、奴は怒るだろうな」
「ええ、怒りがさらに心頭です」
「その怒りに付け入る隙があるやもしれぬぞ」
「探ってみましょうか」
「うむ。タイミングよく現れてくれたからな」
埋葬が終わってまだ数分。
ちょうど良いところに現れてくれたよ。
「また食料を投げ入れるだけって可能性もありますけど」
少し先に見える歪んだ空間。
現れるのは、怪物か亡骸か?
ここで歪みが消え。
「グルゥオォォォ!!」
あいつだ。
エビルズピークの悪意が現れた!
けど。
あいつだけじゃない?
「グルゥ」
「グルル」
「グルゥゥ」
「オオォ」
4頭の分身を引き連れている。
「アリマ?」
分身のスキルは2頭までじゃ?
まさか、スキルのレベルが上がったと?
そういうことなのか?





