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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
312/701

第309話  異なる世界 8


<セレスティーヌ視点>




 キイィン!


 異能特有の波動。

 高音か低音かも分からない。

 ただ鋭い音波が私の脳をかき回し、苛み続ける。


 用意していた耳栓など少しも役に立たない。


 私は床に膝と手をつき。

 この時間を耐えるだけ。


「っ!」


 幸奈さんの記憶で知っていた以上の苦痛。

 冷や汗が噴き出して止まらない。

 シャツが濡れ、髪が湿り、額には大粒の汗。


 その汗が頬を伝い、ポトリ、ポトリと滴り落ちる。

 床に大きな染みを作っていく。



「以前はすぐに意識を失っていましたのに。素晴らしい成長ですわ」


「……」


 今は何とか耐えているけれど。

 油断すれば、幸奈さんの恐怖に飲み込まれてしまう。

 恐怖に負けると、意識を保てない。


「ふふ、素敵」


「……」


「でもね、どこまで我慢できるものかしら?」


 キィィィィン!!


 えっ?

 音波が強まった?

 こんなの記憶にない!!


「ううっ!」


 痛い!

 熱い!

 怖い!


「これも耐えますの? 幸奈さん、とっても魅力的だわ」


 耐えてる?

 この音波に耐えて?


 キィィィィン!!


 苦しい!

 気持ちが悪い!

 苦痛と恐怖にもう……。


「力いっぱい頑張ってくださいな」


「はあ、はあ……」


 朦朧とする。

 視界もかすんできた。


 このままでは、意識を……。


「……」


「……」


「……?」


 神気?

 ローディン様とトトメリウス様の神気を強く感じる。


 それに……。


 恐怖も消えて?

 これは?


 幸奈さんの感情が眠りについたの?


 分からない。

 よく分からないけど。


 今はただ苦しいだけ。

 恐怖はない……。


 幸奈さんの身体も心も完全に私のものになってる!

 身も心も重くない!


 幸奈さん、私に任せてくれたのね?

 そうなのね?


 ありがとう、幸奈さん!


「……」


 これなら。

 この身体なら、まだ耐えられる。

 苦しいけれど、大丈夫。

 

 もう平気だ。


「……」


 私は負けない。

 こんな相手に負けられない!

 意識を手放してなんかあげない!


 何もできないこの状態だけれども、絶対に屈しない!


「!!」


 幸奈さんが認めてくれた私。

 コーキさんが認めてくれた私。

 ワディンの神娘、セレスティーヌであり続ける!



「さすが、生まれ変わった幸奈さんは違いますわ」


「生まれ変わった? 壬生さん、それは本当なのか?」


「ええ、間違いありません。あの病室でもその雰囲気を感じましたけれど、今の幸奈さんを見ていると明らかですわね。和見さんは感じなくって?」


「……」


「ふふ、感じられないなんて悲しいこと。こんなに美味しいのに」


 何を言っているの、この人。


「……幸奈が異能に目覚めた?」


「異能、なのかしら?」


「病室で言っていただろ。異能に覚醒したと」


「あら、わたくし断言はしてませんわよ」


「……なら、教えてくれ、壬生さん!」


「ほんと、せっかちな方。今のこの状況を楽しまないでどうするのかしら。こんなに幸奈さんが頑張っているのに」


「楽しんでる場合じゃない!」


「声が大きいですわ」


「……」


「今は異能の時間。あなたが邪魔をするのなら、わたくし手を引いてもいいんですのよ」


「……すまない。ちょっと焦っていたようだ」


「それなら、大人しくしてくださいな。幸奈さんの()を味わっているのですから」


「分かった。が、ひとつだけ教えてくれ。幸奈は異能に目覚めたのか?」


「分かったという言葉はどこに行きましたの?」


「……頼む」


「はぁ~、仕方ありませんわね」


「……」


「わたくしに分かるのは幸奈さんが変わったということだけ。異能が原因かどうかは分かりません。どうしても知りたいのでしたら、彼女に直接聞けばどうです? ねえ、幸奈さん」


「異能なんて、持って、いない」


 昨夜父に伝えた通り。


「あら、まだ喋れるのね」


 喋れるだけじゃない。

 もうすぐ動けるはず。


「壬生さん、どうなんだ?」


「本人が否定しているのですから、そういうことかしらね」


「ちっ! 幸奈を覚醒させるのが、あんたの仕事なんだぞ」


「分かっていますとも。ですから、いい加減、邪魔はやめてもらえないかしら!」


「……」


「和見さん!」


「わ、分かった。終わるまで待っていよう」


「最初からそうしてくだされば、問題もありませんのに」


「……」


「さて、幸奈さん。ゆっくり楽しみましょうね」


「……」


 あなたを楽しませる?

 そんなわけない。


 こんなひとに私は負けない。


「いいです、いいですわ、その眼。ああ、素晴らしい」


 憂波にも慣れてきた。

 そろそろだ。


「もう完全に別人ですわねぇ」


「……」


「そんな幸奈さんには、とっておきをプレゼントしましょ」


 イイィィィィン!!!


「っ!」


 まだ上があったの?

 せっかく慣れてきたのに。


 また、酷い頭痛と吐き気が……。


「最上級の憂波は、さすがに厳しかったかしら」


「はあ、はあ……」


「ふふ、もう少し頑張ってもらいたいのですけど」


 負けない。

 あなたの異能なんかに!


 ただ、このレベルの音波は……。


「これはこれでいいですわね。では、メインディッシュを楽しませてもらいましょうか」


 意識を奪うことがそんなに楽しい?


「消え行く意識と苦悶、見惚れてしまいますわ」


「……」


 限界は近い。

 けど、この人の前で意識は手放せない。


 打ち勝つんだ!

 憂波という異能を克服して、この部屋を出る!

 自分の足で出る!!


 だから……。


 コーキさん、使ってもいいでしょ?

 私は、和見幸奈はここで屈するわけにはいかないのだから。


「はあ、はあ、はあ……」


 ローディン様、トトメリウス様。

 お許しください。


「まだ耐えるのね。あなたって本当に美味しいわねぇ」


 神娘の力。

 ワディン領以外では効力が弱まってしまう力。

 こちらの世界でどこまで使えるのか分からない。

 異能に打ち勝てるかは分からない。


 けれど、今。

 この身に流れる神気。

 ワディンとは隔絶した日本の地で感じる神気。


 だから、私は信じるだけ!


 今の私に残された最後の手段!


「……」


 ローディン様、トトメリウス様。

 御二柱のしもべ。

 従順なる下僕。

 神娘たるセレスティーヌ・キルメニア・エル・ワディンに至尊の御神力をお貸しください!



 掛けまくも(かしこ)き智時魔の大神、豊穣の大神

 (かしこ)(かしこ)みも白す

 諸々の禍事あらむをば祓へ給ひ清め給へ、救ひ給へ


 ……祝福!!



 心の中で唱えた瞬間。

 温かい光が身を包みこむ!


「……」


 間違いない、神娘の権能。

 祝福の神力。


 こちらの世界でも使える!

 私を助けてくれる!


 ああ、ローディン様、トトメリウス様……。



「なっ、これは! 壬生さん、どういうことだ?」


「……」


 御二柱の寵光が私を満たしてくれる。

 少しずつ痛みが消えていく。

 音が消えていく。


 ……。


 ……。



 まだ身体は重いけれど。

 もう、大丈夫。


 床から手を放し、汗で顔に張り付いた前髪を払い。

 ゆっくりと立ち上がる。


「幸奈、おまえ!?」


「!?」


 目を丸くして、開いた口が塞がらない和見の父。

 愕然とした面持ちで私を見つめる壬生さん。

 心なしか視線が泳いでいる。


「憂波は、まだ続いているわ! なのに、どうして??」


「……分かりません」


「分からないじゃないだろ、どういうことだ!」


「分からないものは分からない。それだけです、お父様」


「くっ!」


「仮に分かっていても、このような仕打ちをする()に話すことなど何もありませんし」


 平気な顔でそう告げたものの、今の私にはそれほど余裕があるわけじゃない。

 身体にはまだ憂波の影響が残っているのだから。

 それに、心臓が早鐘を打ち始めている。


 祝福の影響で幸奈さんが目覚めてしまった。

 幸奈さんの恐怖がまた……。


 大丈夫。

 大丈夫だから、もう少しだけ我慢してね。

 私に任せて。



「……まさか、異能なのか?」


「それについては、もう話をしましたよね。ですが、お父様には最後にもう一度だけ」


「何だ?」


「私は異能を持っておりません」


「……」


「これは事実です。そして、これ以上は話すこともないです」


「……」


「ですから、今後は私に構わないでくださいね。お父様も壬生さんも」


「幸奈、おまえ!」


「では、失礼します」


「待て、待つんだ!!」


 私の腕に掴みかかる父の手を避け、扉へ。


「幸奈っ!」


「……」


 声を荒げる父。

 沈黙の壬生さん。

 そのふたりを部屋に残し。

 扉を開け、外へと足を踏み出す。


 さよなら、お父様。




 地下の冷気が汗をかいた身体に気持ちいい。


「……」


 嫌悪していたこの階段。

 達成感、爽快感と共に上ると、心地良さすら感じてしまう。

 と同時に、今までにない幸奈さんとの一体感も。


 こんなに疲れているのに身体はとっても軽い。

 幸奈さんの心も……。


 良かった。

 幸奈さんも喜んでいるのね。




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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ!さすがセレス様!! やっぱりやってくれましたね!!!
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