第308話 異なる世界 7
本日2話目です。
<セレスティーヌ視点>
今夜この部屋に足を踏み入れ。
父との関係、壬生さんとの関係を終わらせよう!
決着を!
「……」
すべきことは分かっている。
なのに、足が動かない。
幸奈さんの足が……。
「いつまで立っているんですの?」
「!?」
扉の向こうから、壬生さんの声。
どうして?
ノックもしていないし、声も出していないのに。
私がいることが分かるの?
「さあ」
戸惑う私の目の前で扉が開け放たれ。
「お入りなさい」
感情のこもっていない声が降ってくる。
すぐそこには、やはり感情の見えない無機質な表情で私を見つめる壬生さん。
「こちらへいらして」
「……」
恐怖は消えていない。
それどころか震えは大きくなっている。
顔は下がり、俯いてしまう。
なのに、壬生さんの声に誘われ足が進んでいく。
まるで幸奈さんの足が意思を持つように。
「こんばんは、幸奈さん」
「……」
「顔を上げてくださいな」
また、壬生さんの言われるまま。
顔を上げると。
「ふふ」
目に入ってきたのは、冷たく笑う壬生さん。
その後ろには、父が苛立った様子で立っている。
「手間をかけさせおって」
「良いじゃありませんか。こうして来てくれたのですから」
「……」
「何の問題もありませんわ。可愛い幸奈さんと、また一緒に時を過ごせると思うと、それだけでもう、ふふふ」
頬を緩ませているのに、目は冷たいまま。
感情がまったく浮かんでいない氷の微笑。
「……」
怖い。
気持ちが悪い。
「……では、お願いできますかな」
「もちろんです」
私に近づいてくる。
彼女が私に。
いや!
来ないで!
「!?」
幸奈さんが暴れている。
逃げようとしている。
決着をつけたいのに、身体が言うことを聞いてくれない。
私の思考が幸奈さんの恐怖に覆い尽くされ……。
だめ!
このままじゃ!
足よりも自由になる手に力を入れ。
手が真っ白になるくらい握りしめ。
爪で手のひらを傷つける。
血が流れるほど、力を込めて!
すると。
「……嫌です」
やっと声が出せた。
「やめて、ください!」
絞り出せた。
「壬生さん、お父様!」
ここで拒否を。
何としても抗わないと!
「……困りましたわ、和見さん?」
「幸奈、いつまで子供みたいなことを言ってる! 立場をわきまえろ!」
「……」
立場を?
「自分の存在価値を考えれば分かるはずだ」
幸奈さんの?
いえ、私の存在価値?
「全ては異能のため、和見家のため」
異能。
私より異能。
「……」
分かっていた。
幸奈さんも私も理解していた。
けれど、震える娘を前にして、こんなこと平気で口にするなんて!
言葉にできない感情が、恐怖を消し去っていく。
「……嫌です」
「おまえ!」
「異能なんて知りません!」
「なっ!!」
父が怒りで震えている。
「はぁ~、どうしましょ?」
「……壬生さん、異能を!」
「……」
「こいつの言葉など気にせず、力の行使を!」
「だそうですよ」
「嫌です、私はもう受けません!」
「そう言われても、ねえ?」
今の父には抗える。
けど、壬生さんには。
「……いやです」
「ふふ」
聞いてない。
彼女は冷たく笑うだけ。
「心配はいりません」
「……」
彼女を前にすると、気力が抜けそうになる。
「大丈夫」
幸奈さん?
幸奈さんがまた……。
「5年前にあれだけ受けたんですからね」
「もう……いやなんです!」
自由を失いかけている身体に力を入れ、何とか言葉を。
「すぐに慣れますよ。いえ、感覚が戻ります」
必死に口に出した私の言葉。
壬生さんはまったく気にしてない。
「それに、あなたも以前より強くなってますし。ねえ、幸奈さん」
「……」
「だから、大丈夫」
「……やめて」
「さっ、一緒に楽しみましょ。……憂波!」
ああ!
始まってしまった。
「っ!?」
記憶の中にあったあの音が聞こえてくる。
とても小さいけれど、頭の中を直接触られているような不快な音。
それが、すぐに痛みに変わって。
「うぅ……」
痛い!
頭の中がかき回される。
耐えがたい激痛……。
立っていられない。
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「雷撃!」
「雷撃!」
「グゥオオォォォ!」
「雷撃!」
「雷撃!」
「雷撃!」
五連続の雷撃だ。
「オオォォ……」
あいつの動きを僅かに止める程度の効果しかなかった雷撃でも、ここまで続ければそれなりの効果はある。
「グルゥゥ……」
しばらくの間はまともに動けないはず。
もちろん、雷撃でこの怪物を倒すことはできないが。
「イリサヴィア様!」
「了解だ!」
動きが止まっている間、一箇所に攻撃を集中させる。
現時点では、これが最善の攻手。
「鋭!」
ザン!
剣姫の一撃があいつの首元に炸裂。
ただし、これだけじゃ効果はない。
剣姫の剣撃の痕に俺も。
ザン!
そして、また剣姫。
ザン!
ザン!
ザン!
ザン!
剣姫と俺の渾身の剣を5撃ずつ計10撃。
一箇所に集めてやったところで。
「グゥオァァァ!!」
あいつが動き出した。
怒りを発散させるように、腕と尻尾を振りまわしている。
そう。
雷撃からの10剣撃を繰り出すことで、ようやく鱗1枚に損傷を与えることができるようになったんだ。
とはいえ、鱗の破壊にはまだ遠い。
何度もこの攻撃を繰り返さなければいけないだろう。
「魔力は大丈夫か?」
そのために重要なのは魔力。
雷撃を何度も撃つ必要があるからだ。
ただ、今のところは。
「まだ平気です」
「そうか。では、頼む」
「はい」
次の連撃だ。
「雷撃!」
1発目を放ったところで……。
「グゥロオォ!!」
一声上げた怪物の周囲の空間が歪み。
「オオォォ……」
消えてしまった。
この異界に俺たちを残し、また目の前から姿を消してしまった。
「……」
「……」
ほんの僅かな攻略の糸口を見つけたと思ったら、逃げられてしまう。
「きりがないな」
「……ええ」
本当に終わりが見えない。





