第307話 異なる世界 6
今夜は2話投稿します。
まず、1話目。
<セレスティーヌ視点>
壬生さん!
彼女の姿が目に入った途端、胸の奥から重く暗い感情が込み上げてくる。
悪寒が走る。
「っ!」
彼女の黒衣、黒い髪、黒い目。
黒、黒、黒!
近づきたくない。
あの黒に近づかれたくない。
そんな思いだけが頭の中を占めて……。
「!?」
見た!
今こっちを見た。
あの無機質な目で私のことを。
こわい!
身体が震えだす。
止まらない……。
だめ!
幸奈さん、見ちゃだめ。
負けちゃだめ。
そう思うのに、体は動かない。
こちらを見つめる彼女から目を逸らせない。
何の感情も映していない無機質な目。
私に異能を使う時に見せる仄暗い目。
「……」
いや!
あの異能は嫌!
彼女の異能はもう!
私の中で幸奈さんが叫び出す。
その感情が私を飲み込んでいく。
思考が奪われていく。
止められない。
昨夜、ようやく解放されたと思ったのに……。
また……。
……。
……。
ブルッ、ブルッ。
ブルッ、ブルッ。
呆然と立ち尽くす私の耳に入ってきたのは携帯電話の振動音。
その音で壬生さんから意識が外れ、頭が動き始める。
ブルッ、ブルッ。
父からの電話。
用件は……。
ブルッ、ブルッ。
昨日の今日なのに。
どうしてここまで私を!
幸奈さんを!
ブルッ、ブルッ。
幸奈さん。
心の奥底では父親のことをずっと信じようとしていたけれど。
幸奈さんの思いは尊重したいけど。
「……」
できない。
やっぱり、信用なんてできない。
あの父は幸奈さんのことを娘だと思っていないから。
それどころか、自分の単なる所有物だと。
ブルッ、ブルッ。
許せないわ!
こんな扱いは、絶対に!
新たに生まれた怒りに、心が戻ってくる。
呪縛が緩んでいく。
ブルッ、ブルッ。
「……はい」
「なぜすぐに出ない!」
「……」
「まあいい。それより、今すぐこちらに来なさい」
「……行きたくありません」
父の言うことは聞きたくない。
ましてや、あの壬生さんに会うなんて。
「何を言ってる!」
「ですから、地下室には行きません」
「おまえ、また逆らうのか!」
「昨日、行かないと伝えました」
「……私は認めていないぞ。いいから、すぐに来るんだ」
「嫌です!」
「ちっ! 勝手なことを!」
「……」
あなたに言われたくない。
「これも記憶障害の影響か……。とにかく、一度来るんだ!」
「……嫌です」
「これだけ言っても、来ないというのか?」
「はい!」
「おまえっ!!」
父の声には強い憤りが。
でも、それは私も同じ。
『それでは、こちらから幸奈さんのお部屋に失礼しましょ』
受話器の向こうから聞こえるのは壬生さん。
その声に、私の昂揚した気分が急激に冷まされてしまう。
『壬生さん、あの部屋は防音もされてないんだ』
『問題ありません。やり様はいくらでもあります』
『……』
『時間がもったいないですよ』
『……分かった』
来る!
壬生さんが、この部屋に!
だめだ!
許可なんてできない、そんなこと。
「……」
ここで異能を使われたら、隠しきれないから。
武志君に知られてしまうから。
母にも。
みんなにも……。
「お前が来ないというのなら、今からそちらに向かうぞ。待っていろ」
「……嫌です」
「お前の考えなど聞いていない」
本当にここに来る!
どうしたらいいの?
この部屋には鍵もないのに。
それなら、逃げる?
でも、どこへ?
コーキさんがいないこの状況で逃げる場所なんてあるの?
「……」
今逃げても、この場をしのぐだけ。
解決にはならない。
だったら、もう!
「……分かりました。私がそちらに行きます」
昨夜に続いて今夜も地下室に来ることになってしまった。
もう二度と来るつもりはなかったのに。
「……」
この扉の先には、父だけではなく壬生さんも待っている。
それを想像するだけで、幸奈さんの身体に拒否反応が現れてしまう。
「うっ!?」
父への怒りで消えていた壬生さんへの恐怖が、またこの身体を縛って……。
それでも!
行くしかない!
そして、今度こそ決着を!
それ以外、私にできることはないのだから。





