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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
310/701

第307話  異なる世界 6

今夜は2話投稿します。

まず、1話目。


<セレスティーヌ視点>




 壬生さん!


 彼女の姿が目に入った途端、胸の奥から重く暗い感情が込み上げてくる。

 悪寒が走る。


「っ!」


 彼女の黒衣、黒い髪、黒い目。

 黒、黒、黒!


 近づきたくない。

 あの黒に近づかれたくない。


 そんな思いだけが頭の中を占めて……。


「!?」


 見た!

 今こっちを見た。

 あの無機質な目で私のことを。


 こわい!


 身体が震えだす。

 止まらない……。


 だめ!

 幸奈さん、見ちゃだめ。

 負けちゃだめ。

 

 そう思うのに、体は動かない。

 こちらを見つめる彼女から目を逸らせない。


 何の感情も映していない無機質な目。

 私に異能を使う時に見せる仄暗い目。


「……」


 いや!

 あの異能は嫌!

 彼女の異能はもう!


 私の中で幸奈さんが叫び出す。

 その感情が私を飲み込んでいく。

 思考が奪われていく。

 止められない。


 昨夜、ようやく解放されたと思ったのに……。


 また……。


 ……。


 ……。




 ブルッ、ブルッ。

 ブルッ、ブルッ。


 呆然と立ち尽くす私の耳に入ってきたのは携帯電話の振動音。

 その音で壬生さんから意識が外れ、頭が動き始める。


 ブルッ、ブルッ。


 父からの電話。

 用件は……。


 ブルッ、ブルッ。


 昨日の今日なのに。

 どうしてここまで私を!

 幸奈さんを!


 ブルッ、ブルッ。


 幸奈さん。

 心の奥底では父親のことをずっと信じようとしていたけれど。

 幸奈さんの思いは尊重したいけど。


「……」


 できない。

 やっぱり、信用なんてできない。


 あの父は幸奈さんのことを娘だと思っていないから。

 それどころか、自分の単なる所有物だと。


 ブルッ、ブルッ。


 許せないわ!

 こんな扱いは、絶対に!


 新たに生まれた怒りに、心が戻ってくる。

 呪縛が緩んでいく。


 ブルッ、ブルッ。


「……はい」


「なぜすぐに出ない!」


「……」


「まあいい。それより、今すぐこちらに来なさい」


「……行きたくありません」


 父の言うことは聞きたくない。

 ましてや、あの壬生さんに会うなんて。


「何を言ってる!」


「ですから、地下室には行きません」


「おまえ、また逆らうのか!」


「昨日、行かないと伝えました」


「……私は認めていないぞ。いいから、すぐに来るんだ」


「嫌です!」


「ちっ! 勝手なことを!」


「……」


 あなたに言われたくない。


「これも記憶障害の影響か……。とにかく、一度来るんだ!」


「……嫌です」


「これだけ言っても、来ないというのか?」


「はい!」


「おまえっ!!」


 父の声には強い憤りが。

 でも、それは私も同じ。



『それでは、こちらから幸奈さんのお部屋に失礼しましょ』


 受話器の向こうから聞こえるのは壬生さん。

 その声に、私の昂揚した気分が急激に冷まされてしまう。


『壬生さん、あの部屋は防音もされてないんだ』


『問題ありません。やり様はいくらでもあります』


『……』


『時間がもったいないですよ』


『……分かった』



 来る!

 壬生さんが、この部屋に!


 だめだ!

 許可なんてできない、そんなこと。


「……」


 ここで異能を使われたら、隠しきれないから。

 武志君に知られてしまうから。

 母にも。

 みんなにも……。



「お前が来ないというのなら、今からそちらに向かうぞ。待っていろ」


「……嫌です」


「お前の考えなど聞いていない」


 本当にここに来る!


 どうしたらいいの?

 この部屋には鍵もないのに。


 それなら、逃げる?

 でも、どこへ?

 コーキさんがいないこの状況で逃げる場所なんてあるの?


「……」


 今逃げても、この場をしのぐだけ。

 解決にはならない。


 だったら、もう!


「……分かりました。私がそちらに行きます」






 昨夜に続いて今夜も地下室に来ることになってしまった。

 もう二度と来るつもりはなかったのに。


「……」


 この扉の先には、父だけではなく壬生さんも待っている。

 それを想像するだけで、幸奈さんの身体に拒否反応が現れてしまう。


「うっ!?」


 父への怒りで消えていた壬生さんへの恐怖が、またこの身体を縛って……。


 それでも!

 行くしかない!

 そして、今度こそ決着を!


 それ以外、私にできることはないのだから。

 


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