第306話 異なる世界 5
「魔球合戦というものを知っているか?」
剣姫から出た意外な単語。
オルドウでの思い出。
魔球合戦。
「……知っています」
もちろん、知っている。
当たり前だ。
俺の異世界での最初の思い出。
リーナとオズと一緒に優勝した、懐かしい記憶。
今思い返しても胸の奥が熱くなる。
それでいて痛くもなる。
大切な宝物のような思い出。
夢のような記憶。
あの時間を忘れるわけがない。
「知っているのだな」
「はい」
しかし、なぜ魔球合戦の話を?
「イリサヴィア様は、魔球合戦に思い出でもあるのですか?」
「うむ……」
ということは、経験が?
「幼き頃、一度だけ魔球合戦に参加したことがあるのだ」
「……」
まあ、魔球合戦というものは各地で開催されているとのことだから。
剣姫に経験があっても不思議ではない。
ただ、この流れは……。
「オルドウで行われた魔球合戦。今も心に残っている懐かしい思い出だ」
やはり、オルドウで!
オルドウで幼い頃に一度だけ参加した魔球合戦。
俺とまったく同じじゃないか。
なんだか嬉しくなってくる。
「私もです。子供の頃、オルドウで出場したことがあるんですよ」
「君も参加を! オルドウの魔球合戦に?」
「ええ」
「そうか。君も……」
俺が参加した魔球合戦。
オルドウ大祭の日に行われた子供のための大会だった。
本当に懐かしい。
「ひょっとすると同じ大会に参加していたかもしれませんね」
さすがに、そこまでの偶然はないだろうが。
それでも。
オルドウで魔球合戦に参加したという話だけで、親近感を覚えてしまう。
我ながら、単純なことだよ。
「ふふ、残念ながら君のような少年はいなかったな」
そう、その通り。
あの日のことは、今でもはっきりと記憶に残っている。
だから、彼女のような女性が参加していなかったことも覚えている。
剣姫のように美しい濃紺の髪と蒼眼を持った女の子、凛とした雰囲気を纏った少女はいなかった。
いや……。
雰囲気だけで言うなら、リーナも近いものを持っていたような。
彼女は幼いながらも気品のようなものを備えていたから。
「……」
そういえば、剣姫の目元なんかはリーナに似ている?
まさか、あのリーナが今目の前にいる剣姫だとか?
いやいや、それはない。
あり得ない。
リーナはあざやかな朱色の髪に赤眼だった。
剣姫とは全く違う。
「私の顔に何かついているのか?」
「えっ?」
ああ、俺は剣姫の顔を眺めていたんだな。
「すみません。その……」
「どうした?」
「イリサヴィア様が私の知人に少し似ているなと思いまして」
「……」
「無作法なことを、申し訳ありません」
「いや、気にすることはない。しかし……不思議なものだな」
「はい?」
「私も今同じようなことを考えていたのだ」
同じこと。
というと?
「君も私の知人に似ている」
お互いによく似た知人を?
「……」
「……」
「本当に不思議な縁ですね」
「ああ、私もそう思う」
この世界では、髪色や目の色を変えることはできない。
つまり、リーナと剣姫が同一人物であるわけがない。
もちろん、頭では理解している。
けど……。
そんな偶然があったら面白いだろ。
それこそ、宿命、いや運命だ。
「アリマ!!」
「!?」
緊張を含んだ剣姫の声。
その声に、一瞬で思考が止まる。
剣姫が見つめる先は前方の空間。
「……」
空間が微かに歪んで?
あいつが現れるのか?
まだ時間じゃないのに!
「……」
歪みが徐々に大きくなっていく。
気配は感知できないが、もう間違いない。
「あいつが来ます!」
「……ああ」
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<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>
「姉さん、父さんと何かあったのか?」
「……どうして、そう思うの?」
「さっきの夕食、明らかにおかしかっただろ。あんな父さん見たことないからさ」
「……」
確かに、夕食の席での父の態度は普通じゃなかった。
武志君が気づくのも当然かもしれない。
「何かあるなら言ってくれよ」
「……」
ただ、父の様子がいつもと違ったとはいえ、昨夜のことがあるのだから納得はできる。
むしろ穏やかなくらい。
私にはそう見える。
でも、事情を知らない武志君は違う。
不審に思うのも尤もだ。
「姉さんを助けるって言っただろ。だからさ、何かあるなら話してほしい」
「……ありがと」
武志君の気持ちは嬉しい。
心からそう思う。
けど、無理なの。
幸奈さんのこの秘密は話しちゃいけない。
話すことができない。
幸奈さん本人が、これだけは知られたくないと思っているのだから。
「だったら?」
「何もないわ」
「本当に?」
「本当よ。お父様……仕事で何かあったのじゃないかしら?」
「……ならいいけど」
「私のことより、武志は明日早いんでしょ。もう寝た方がいいわよ」
「姉さん……」
「ほんとに平気。問題ないから、気にせず休んで」
「……分かった。でも、何かあったら、絶対言ってくれよ」
「うん、ありがと」
「じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
武志君が去り、部屋の中には私ひとり。
今は何も問題はない。
このまま夜が過ぎてくれれば今日も終わる。
昨夜の影響など何もなく。
けど……。
夕食の場での父の視線。
和見の父親がこのまま何も行動を起こさないなんて考えられない。
きっと何かがある。
ただし、それが今夜とは限らないから。
「……」
大丈夫。
昨日の今日なのよ。
今夜は何も起こらないはず。
この不安は、ただの杞憂。
と、思っていたのに。
玄関から来客を告げるチャイム音が!?
「……」
まだ聞き慣れない電子音。
音が心を圧迫する!
あっという間に嫌な予感が心を埋め尽くしてしまう!
その予感に引きずられるように、窓から外を眺めると。
「……」
やっぱり……。
夜の闇を背に、黒衣の女性がそこに佇んでいた。





