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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第7章  南部編
309/701

第306話  異なる世界 5



「魔球合戦というものを知っているか?」


 剣姫から出た意外な単語。

 オルドウでの思い出。

 魔球合戦。


「……知っています」


 もちろん、知っている。

 当たり前だ。


 俺の異世界での最初の思い出。

 リーナとオズと一緒に優勝した、懐かしい記憶。

 今思い返しても胸の奥が熱くなる。

 それでいて痛くもなる。


 大切な宝物のような思い出。

 夢のような記憶。


 あの時間を忘れるわけがない。


「知っているのだな」


「はい」


 しかし、なぜ魔球合戦の話を?


「イリサヴィア様は、魔球合戦に思い出でもあるのですか?」


「うむ……」


 ということは、経験が?


「幼き頃、一度だけ魔球合戦に参加したことがあるのだ」


「……」


 まあ、魔球合戦というものは各地で開催されているとのことだから。

 剣姫に経験があっても不思議ではない。

 ただ、この流れは……。


「オルドウで行われた魔球合戦。今も心に残っている懐かしい思い出だ」


 やはり、オルドウで!


 オルドウで幼い頃に一度だけ参加した魔球合戦。

 俺とまったく同じじゃないか。


 なんだか嬉しくなってくる。


「私もです。子供の頃、オルドウで出場したことがあるんですよ」


「君も参加を! オルドウの魔球合戦に?」


「ええ」


「そうか。君も……」


 俺が参加した魔球合戦。

 オルドウ大祭の日に行われた子供のための大会だった。

 本当に懐かしい。


「ひょっとすると同じ大会に参加していたかもしれませんね」


 さすがに、そこまでの偶然はないだろうが。

 それでも。

 オルドウで魔球合戦に参加したという話だけで、親近感を覚えてしまう。

 我ながら、単純なことだよ。


「ふふ、残念ながら君のような少年はいなかったな」


 そう、その通り。

 あの日のことは、今でもはっきりと記憶に残っている。

 だから、彼女のような女性が参加していなかったことも覚えている。


 剣姫のように美しい濃紺の髪と蒼眼を持った女の子、凛とした雰囲気を纏った少女はいなかった。


 いや……。


 雰囲気だけで言うなら、リーナも近いものを持っていたような。

 彼女は幼いながらも気品のようなものを備えていたから。


「……」


 そういえば、剣姫の目元なんかはリーナに似ている?

 まさか、あのリーナが今目の前にいる剣姫だとか?


 いやいや、それはない。

 あり得ない。


 リーナはあざやかな朱色の髪に赤眼だった。

 剣姫とは全く違う。



「私の顔に何かついているのか?」


「えっ?」


 ああ、俺は剣姫の顔を眺めていたんだな。


「すみません。その……」


「どうした?」


「イリサヴィア様が私の知人に少し似ているなと思いまして」


「……」


「無作法なことを、申し訳ありません」


「いや、気にすることはない。しかし……不思議なものだな」


「はい?」


「私も今同じようなことを考えていたのだ」


 同じこと。

 というと?


「君も私の知人に似ている」


 お互いによく似た知人を?


「……」


「……」


「本当に不思議な縁ですね」


「ああ、私もそう思う」


 この世界では、髪色や目の色を変えることはできない。

 つまり、リーナと剣姫が同一人物であるわけがない。

 もちろん、頭では理解している。


 けど……。

 そんな偶然があったら面白いだろ。

 それこそ、宿命、いや運命だ。



「アリマ!!」


「!?」


 緊張を含んだ剣姫の声。

 その声に、一瞬で思考が止まる。


 剣姫が見つめる先は前方の空間。


「……」


 空間が微かに歪んで?

 あいつが現れるのか?

 まだ時間じゃないのに!


「……」


 歪みが徐々に大きくなっていく。

 気配は感知できないが、もう間違いない。


「あいつが来ます!」


「……ああ」





*********************


<セレスティーヌ視点(姿は和見幸奈)>




「姉さん、父さんと何かあったのか?」


「……どうして、そう思うの?」


「さっきの夕食、明らかにおかしかっただろ。あんな父さん見たことないからさ」


「……」


 確かに、夕食の席での父の態度は普通じゃなかった。

 武志君が気づくのも当然かもしれない。


「何かあるなら言ってくれよ」


「……」


 ただ、父の様子がいつもと違ったとはいえ、昨夜のことがあるのだから納得はできる。

 むしろ穏やかなくらい。

 私にはそう見える。


 でも、事情を知らない武志君は違う。

 不審に思うのも尤もだ。


「姉さんを助けるって言っただろ。だからさ、何かあるなら話してほしい」


「……ありがと」


 武志君の気持ちは嬉しい。

 心からそう思う。


 けど、無理なの。

 幸奈さんのこの秘密は話しちゃいけない。

 話すことができない。

 幸奈さん本人が、これだけは知られたくないと思っているのだから。


「だったら?」


「何もないわ」


「本当に?」


「本当よ。お父様……仕事で何かあったのじゃないかしら?」


「……ならいいけど」


「私のことより、武志は明日早いんでしょ。もう寝た方がいいわよ」


「姉さん……」


「ほんとに平気。問題ないから、気にせず休んで」


「……分かった。でも、何かあったら、絶対言ってくれよ」


「うん、ありがと」


「じゃあ、お休み」


「お休みなさい」




 武志君が去り、部屋の中には私ひとり。


 今は何も問題はない。

 このまま夜が過ぎてくれれば今日も終わる。

 昨夜の影響など何もなく。


 けど……。


 夕食の場での父の視線。

 和見の父親がこのまま何も行動を起こさないなんて考えられない。


 きっと何かがある。

 ただし、それが今夜とは限らないから。


「……」


 大丈夫。

 昨日の今日なのよ。

 今夜は何も起こらないはず。


 この不安は、ただの杞憂。

 と、思っていたのに。


 玄関から来客を告げるチャイム音が!?


「……」


 まだ聞き慣れない電子音。

 音が心を圧迫する!

 あっという間に嫌な予感が心を埋め尽くしてしまう!


 その予感に引きずられるように、窓から外を眺めると。


「……」


 やっぱり……。


 夜の闇を背に、黒衣の女性がそこに佇んでいた。





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― 新着の感想 ―
[良い点]  お疲れ様です。  待ってました。剣姫様から語られる思い出話。そして無粋にも邪魔が入るとは……  倒してほしいです。  セレス様頑張ってます。嬉しいです。  気丈で凛として美しい!そして思…
[良い点] 更新お疲れ様です。やはり、王道のすれ違いニアミスなイベントでしたか。これがないとね!
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