第301話 蒼鱗の天魔 6
本日は連続投稿となります。
こちらは2話目ですので、ご注意ください。
剣姫の魔剣ドゥエリンガーが、首元の輝く蒼鱗に炸裂!
ガキン!
まるで超硬の金属に打ちつけたかのような鈍い音と共に、ドゥエリンガーが弾き返された。
怪物の鱗は?
「!?」
表面に浅い傷があるだけ。
あの一撃でこれだけなのか?
「……剣が通らない」
「……そのようですね」
やはり、とんでもない防御力だ。
分かってはいたが……。
いや、ここまでとは思っていなかったな。
「もう一度斬ってみよう」
「いえ。次は私が試してみます」
「……そうか」
「はい。私も感触を知っておきたいので」
「うむ」
彼女の剣撃で駄目なのだから、俺の剣も通らない可能性が高い。
それでも、試しておく必要はあるんだ。
一歩踏み出して、ヴァーンから借りたままの剣を正眼に構える。
そこに!
「グルオォォ!!」
雷撃の効果が切れた怪物が飛びかかってきた。
けれど、素早さはこっちが上。
俺と剣姫は左右に分かれ、攻撃を回避。
突進を躱された怪物の足が止まったところを、後ろから。
上段から斬りつける!
もちろん、魔力を込めた強力な一撃。
ガキン!
「っ!」
弾かれた!
手に感じるのは痛いほどの衝撃。
やはり、駄目か。
「……」
怪物の体表には薄っすらとした傷のみ。
剣姫以下の傷痕だ。
効いていないな。
「グルルゥゥゥ……」
「……」
「……」
雷撃を受け、剣姫と俺の剣を受けながら、平然とこちらを見つめる四足の怪物。
「剣で鱗を削るのは難しそうだ」
「ええ」
剣撃の効果は薄い。
雷撃はわずかに効いたようだが、倒しきるほどの効果は期待できない。
「どうする?」
「色々と試しましょう」
「君の魔法か?」
「そうですね。まずは魔法から……ファイヤーアロー!」
雷撃同様、避ける素振りも見せない敵に正面から炸裂!
ただ、これも全く効いていない。
なら。
「アイスアロー!」
駄目だ。
「ストーンアロー」
これも駄目。
「炎波!」
「雷波!」
それからの戦いは、こちらが消耗するだけのものだった。
怪物の攻撃を避けては魔法を放ち、剣撃を浴びせる。
放つ魔法は全て異なるもの。そいつを体中に放ってやり、剣も様々な部位に打ち付けてやった。
けれど……。
結果はやはり、浅い傷を体表に作る程度。
魔法と剣撃で与えることができたのは、ただそれだけ。
気を使った攻撃も一度試してみたが、効果は見えず。
全ての攻撃を終えてなお、鱗一枚削ることすら叶わなかった。
「……」
もちろん、あいつの内臓に損傷を与えている可能性も無いとは言えない。
が、その兆候が全く見えない現状では、期待することなどできないだろう。
ただし、悪いことばかりでもない。
敵の攻撃も、こっちに大きな被害を与えることができていないんだ。
剣姫と俺が喰らった攻撃はかすったようなものばかり。
さすがに、かすったぐらいでは大きなダメージになることはない。
とはいえ、あいつの攻撃は一撃で全てを終わらせる威力を持っている。
まともに喰らったら……。
恐怖を抱かせる一撃。
驚異の攻撃力。
「……」
まっ、そうだよな。
ステータス上は俺の2倍の力があるんだから。
そんな怪物との戦いが続くこと約半刻。
ようやく今、距離を取って息をついているところだ。
「イリサヴィア様、大丈夫ですか?」
ここまで戦闘がずっと続いている剣姫には、かなりの疲労があるはず。
魔法薬で回復済みだと言っても、そう簡単なものじゃない。
ギリギリの戦いを続けた身体と精神には損耗があって当然。
「問題ない」
「……」
本当に?
戦える状態なのか?
剣姫は持久力も並じゃないと?
「君は?」
「戦えますよ」
こっちは問題ない。
神経はすり減っているものの、戦えないほどじゃないからな。
「頼もしいことだ」
「イリサヴィア様こそ」
「ふふ、さっきまで敵だったというのに……」
まだ笑う余裕がある。
なら平気なんだろう。
「奇妙なことになったものだな」
「ええ、本当に」
その原因を作った怪物は?
悠然とこっちを眺めている。
休憩中か?
と?
怪物の纏う空気に変化が!
これは、あいつの魔力?
「アリマ?」
「注意してください。何か仕掛けてきます」
怪物の蒼鱗が強い光を帯び、魔力のようなものが湧き出ている。
「……」
何をするつもりかは分からない。
が、簡単にはさせない。
止めてやる!
「雷撃!」
「グウゥロォォォォ!!!」
放たれた紫電が怪物に直撃。
したその瞬間。
「っ!?」
「うっ!?」
軽い衝撃と共に、光が四散した!
無数の白い花びらが空を覆い尽くすように、煌々たる白光がエビルズピークを喰らい尽くす。
視界が途絶え。
音が消失。
目眩を覚えてしまう。
「……」
「……」
数瞬後、戻った視界には。
目に映ったのは……。
消えた世界?
エビルズピークが消えて!!
「何っ!?」
「……」
いや、目の前に世界は存在している。
ただ、この世界は?
この地は?
今まで踏みしめていたエビルズピークの地じゃない。
一瞬前までの景色じゃない。
日は消え。
木々は消え。
大地は色を変え。
空は、青く透き通っていた大空は不気味に濁っている。
空気が違う。
さっきまで感じていた風も、全く感じられない。
「これは?」
風のさざめきも、鳥のさえずりも消えてしまった世界に響くのは、剣姫イリサヴィアの驚愕の声だけ。
「いったい?」
「……」
鉄錆色とも見える赤茶けた大地。
植物などは全く存在しない、石と岩だけの荒涼とした大地。
夕焼けのように赤く染まった空。
いや、この赤はもっと濁っている。
不吉な赤だ。
不気味で質量を感じさせる深紅。
身体にまとわりついてくるような赤銅色の空。
そんな奇怪な空間で動いているのは、俺と剣姫のふたりのみ。
他に動くものなど何も目に入ってこない。
ただ、傍らには大量の死骸。
魔物の亡骸が無造作に転がっている。
「アリマ?」
「……分かりません」
息を飲む剣姫。
こんな表情を見るのは初めてだ。
「分かりませんが、ここがエビルズピークの地でないことだけは確かでしょう」
「……のようだな」
「あいつも消えてしまいました」
「……うむ」
そう。
この不気味で不穏な赤の世界には……。
エビルズピークの悪意という怪物の姿も見えない。
「君と私だけか」
「ええ」
赤が支配する世界に存在するのはふたりだけ。
俺と剣姫のふたりだけだ。
第6章 完
これにて6章終了です。
6章もお付き合いいただき、ありがとうございました。
※ 本日2話投稿で6章完結したため、明日は休稿するかもしれません。





