第300話 蒼鱗の天魔 5
本日は2話投稿となります。
こちらは1話目です。
エビルズピークの山頂付近。
最近のお気に入りの寝床であるその地で、それは眠っていた。
「……」
ヒトに対する渇望が消えたわけではない。
依然として胸の内に強く存在している。
それでも空腹になれば獲物を喰らうし、腹がくちくなれば眠くもなる。
眠くなれば何の遠慮もいらない。
ただ、眠るだけ。
ここには、己に害を与えるものなど存在しないのだから。
……。
……。
ん?
んん?
「……?」
胸の奥がチクリと痛む。
微かな痛みではあるが、最近は感じることもなかった痛み。
その痛みに、まどろみの心地良い気分が消えていく
「!?」
さらなる痛み?
何だ?
何が?
「……」
しばらくの逡巡。
そして……。
覚醒とともに知覚する事実。
分身がやられた!?
己が分身を倒す者が、この近くにいる?
驚き、憤り、好奇に頭が冴えてくる。
そこに送られてきた分身の思念。
ウマイ、ウマイ!
イタイ!
コワイ!!
この感情、この思念は?
「……」
ヒト?
ヒトがいる!?
「グルゥゥ……」
待望の情報。
遂に得たその情報に、込み上げてくる喜びを抑えきれない!
歓喜に身が震える!
「オオォォォ!!」
分身が倒された事実など、それの頭から消え去っていた。
頭の中にあるのは、獲物を手に入れる!
ヒトを喰らう!
ただ、その一念のみ。
「グルゥオオォォォ!!」
地を蹴り、空を翔る!
目指すは、分身が消えた地。
そこだ!!
ヒト、ヒト、ヒト……。
頭の中を占めるその思いだけで動き続け、翔けること寸刻。
見つけた!
見つけたぞ!!
大空から見下ろすそれの目に映ったのは、数えきれない程のヒトの姿。
今まで見たこともない数のヒトが、確かにそこに存在している!
「オオォォ……」
否応なく膨れ上がる興奮を抑え込み、さらに観察を続けると。
傷つき横たわっている者、亡くなっている者が多い。
これらは簡単に手に入る獲物。
しばらく放置しても問題ない。
「……」
そんなものより、気になるのは素晴らしい輝きを放つ2体。
地上でうごめくヒトの中で、その2体だけが明らかに他と異なっている。
異質の2体だ。
あれは……ウマイ!
絶対にウマイ!!
間違いない!
あれを逃すわけにはいかない。
絶対に味わってやる。
「グルルゥゥゥ……」
気配を消したまま慎重に、その2体がいる集団の背後に着地。
ん?
こちらを見ているものがいるな。
邪魔だ。
「うぐっ!」
腕の一振りで黙らせてやる。
さて、ここまで来れば逃すこともないだろう。
……あの2体。
どんな味がすることか?
ああ、もう抑えられない!
「グゥルオオォォォ!!!」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
「「「「「「「なっ!!」」」」」」」
気づかれたな。
ただ、あの2体は逃げるつもりはないようだ。
それなら、じっくり喰らってやろう。
「いいから、早く逃げろ! 走れ!」
「……ああ、分かった」
「……はい」
「……」
何体かがここから離れて行く。
「グルルゥゥゥ……」
「メルビン、貴君らも退いた方がいい」
「イリサヴィアさんは?」
「残る!」
「……」
「こいつは、アリマと私にしか相手できぬからな」
「……分かりました。無事に戻ってくださいよ。ご武運を祈ってます」
さらに、あの2体の周りの者が逃げて行く。
が、問題はない。
有り余るほどの獲物が、そこら中に転がっているのだから。
今はあの2体を喰らうだけだ。
「よいか?」
「……お願いします」
「うむ」
獲物の2体がこちらに向かってくる。
「グルルゥゥゥ……」
そっちから来るとは。
ククッ。
ありがたい。
すぐ喰らってやろう。
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幸奈たちが遠ざかっていく中。
この化け物は、俺から目線を外すことなくその場にとどまっている。
脇目もふらず、動きもしない。
どういう理由かは分からないが……。
「……」
俺と剣姫以外に興味がないのか?
なら、都合がいい。
俺たちはここで、こいつの相手をすればいいだけだ。
とはいえ、もちろん簡単ではないな。
このステータスで、さらに分身まで使われると……。
おそらく、さっきの謎魔物2体は分身なんだろう。
あのレベルの魔物が数体現れて、こいつと共に向かってきたら厄介どころじゃないぞ。
いや、待てよ……。
大丈夫なのか?
鑑定によると、分身創造には制限がある。
半日で2体か3体か?
とにかく、無制限ではないようだ。
そういうことなら。
今の相手は目の前のこいつのみ。
「斬れるか?」
「分かりませんが、試すしかありません」
「うむ。まず私がやってみよう」
「……魔法で援護します」
「頼む」
「はい」
エビルズピークの悪意なんていう訳の分からない怪物に魔法が効くかどうか?
最初から高出力の一撃だ。
「雷撃!」
強烈な紫電が怪物を襲う。
バリ、バリ、バリ!
避けることなく、真正面から雷撃を受けた!
「グルッ!?」
わずかだが巨体が震えている。
効いているのか?
「鋭!」
そこに剣姫の一撃。
こっちも初撃から渾身の剣撃だ。





