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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第6章  移ろう魂編
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第298話  蒼鱗の天魔 3



「君の助言のおかげで倒すことができた」


 こちらに戻って来た剣姫。

 その表情は穏やかなもの。

 完全に落ち着きを取り戻している。


「全てイリサヴィア様の実力ですよ」


「……君には勝てなかったがな」


「……」


 そう言われると、返答に困る。


「下らぬことを言ってしまった」


「いえ……」


 これもまた返事に窮する。


「もう魔物もおらぬ。終わりと思って良いだろう」


「……」


 近くに魔物は見当たらない。

 気配も感じない。


 終わりだな。


「……」


 剣姫も冒険者たちも、この後セレス様を追うことはないはず。

 向こうで倒れているレザンジュ王軍にも力は残っていないだろう。


 なら、俺たちはこのままワディン領に向かうだけ。

 何も問題はない。


 俺は……。


 まずは、幸奈とふたりきりで話がしたい。

 そもそも、俺はそのためにここに来たんだからな。


 けど、みんながいるこの状況でふたりになれるのか?

 詳しい話ができるのか?


「……」


 今は難しそうだ。

 だったら、一言だけでも。




「メルビン、貴君の調査も終了かな?」


「そうですねぇ。もう少しだけ調べたいですが……。おそらく、この魔物がミッドレミルト山脈の異状の原因でしょうし」


「ならばよし。残りの調査をして、黒都に戻るとしよう」


「辺境伯の追跡は良いのですか?」


「今さらだな。もう追いつくことも叶わぬ」


「……」


「ただ、戻る前にひとつ」


 なんだ?


「ワディンの諸君。今回はすまなかった」


 ここで謝罪するのか?


「誤解とはいえ、諸君を害してしまった事実に変わりはない。心から詫びたいと思う」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


「ちっ」


 ヴァーンをはじめ納得できない顔が少数。

 ただ、概ね受容的に見える。


 実害を受けてなお、こうして受け入れるんだな。

 実利重視なのか、それとも剣姫の人柄ゆえか。


 とはいえ、この話は既に終了している。

 補償で話は纏まっている。


 あとは気持ちの問題だろう。



「ヴァーン殿、よろしいか?」


「隊長はいいのかよ?」


「まあ、そうですな」


「ヴァーン?」


「ディアナもユーフィリアもかよ」


「……」


「……」


「ちっ、良かねえ。良かねえぜ! けどよぉ、あっちも冒険者だ。勘違いはまあ、あり得る」


 冒険者活動に誤解、勘違いはつきもの。

 真摯に謝罪するなら許すべし。

 そういうことらしい。


「今は……仕方ねえな」


「良いのですな?」


「ここで揉めるのも違うだろ」


 ああ、その通りだ。

 今回はこのままワディンに向かった方がいい。


「けどなぁ、剣姫。こいつは貸しだぜ。さっき言った補償も忘れんなよ」


「……うむ」


 よし。

 これで、この騒動も終わり。

 終わりだよな?


 あの謎魔物が惨劇の原因なんだよな?

 遡行前の惨劇は回避できたんだよな?


 思ったより、手応えのない相手だったが……。


「……」


 まっ、とりあえず。

 ヴァーンとシアが無事で良かった。

 失敗しなくて良かったよ。

 もう時間遡行は使えないのだから。


「先生!!」


 話がまとまったことを感じ取ったのだろう。

 シアと幸奈が茂みを出てこちらにやって来る。


「よかった、本当に良かったです!」


「……心配をかけたな」


「いえ、わたしなんて何もしていませんから……。ヴァーン、アルも無事でよかった!」


「姉さん……」


 こっちこそだ。

 前回の悪夢を払拭できて何よりだよ。


「……」


 幸奈が俺を見ている。

 当然のことながら、姿形はセレス様そのもの。

 この中に幸奈がいる!


「ゆき……セレス様、ご無事でしたか?」


「はい、皆さんのおかげで。わたしは何ともありません」


「それを聞けて安心しました」


 この目で、無事な姿を見ると心から安堵できる。


「……」


 長かった。

 ここまで本当に長かった。

 でも、こうして幸奈に会えたんだ。


 幸奈も俺に会えて安心しているはず。

 そうだよな、幸奈。


「……」


 ん?

 その眼差しは?


 どうした?


「セレス様、どうかしましたか?」


「あの……わたし記憶が曖昧なもので……ごめんなさい」


 曖昧?

 記憶が?


 まさか、幸奈の記憶を失くしている!?


「でも、全て忘れたわけじゃないんです。テポレン山でのことも、その、多分覚えています」


「……」


 これは……。

 俺のことが分かっていない!


 その目は、そういうことか?


「セレス様は病み上がりなんです。先生、分かってください」


「そうだぜ」


「……ああ、そうだな。分かった。セレス様、事情は承知しました。気になさらないでください」


「……はい。ごめんなさい」


 この返答。

 この表情。


 間違いない。

 俺のことが分かっていないんだ。


「……」


 俺を有馬功己だと認識できていない。

 そして、おそらく……。

 幸奈自身も自分を認識できていない。


 くっ!

 なんてことだ。

 想定外も甚だしいぞ。


 こんなことが起こってたなんて!


「……」


 どうしたらいい?

 これから、どうすべき?



「疑っていたわけではないが、やはり辺境伯はいないか」


「だから、言っただろ。ここに辺境伯はいねえって」


「……そうだな」


「イリサヴィアさん、もう疑いようがないですね。ということで、そろそろ調査に戻りましょうか」


「うむ」


「おう、ここでお別れだ」


「そうさせてもらいますよ」


「隊長、俺たちも行こうぜ」


「ええ。……セレス様、ご用意は?」


「はい、わたしは大丈夫です」


「よーし。こんな陰気な場所、さっさと出発しねえとな」



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