第298話 蒼鱗の天魔 3
「君の助言のおかげで倒すことができた」
こちらに戻って来た剣姫。
その表情は穏やかなもの。
完全に落ち着きを取り戻している。
「全てイリサヴィア様の実力ですよ」
「……君には勝てなかったがな」
「……」
そう言われると、返答に困る。
「下らぬことを言ってしまった」
「いえ……」
これもまた返事に窮する。
「もう魔物もおらぬ。終わりと思って良いだろう」
「……」
近くに魔物は見当たらない。
気配も感じない。
終わりだな。
「……」
剣姫も冒険者たちも、この後セレス様を追うことはないはず。
向こうで倒れているレザンジュ王軍にも力は残っていないだろう。
なら、俺たちはこのままワディン領に向かうだけ。
何も問題はない。
俺は……。
まずは、幸奈とふたりきりで話がしたい。
そもそも、俺はそのためにここに来たんだからな。
けど、みんながいるこの状況でふたりになれるのか?
詳しい話ができるのか?
「……」
今は難しそうだ。
だったら、一言だけでも。
「メルビン、貴君の調査も終了かな?」
「そうですねぇ。もう少しだけ調べたいですが……。おそらく、この魔物がミッドレミルト山脈の異状の原因でしょうし」
「ならばよし。残りの調査をして、黒都に戻るとしよう」
「辺境伯の追跡は良いのですか?」
「今さらだな。もう追いつくことも叶わぬ」
「……」
「ただ、戻る前にひとつ」
なんだ?
「ワディンの諸君。今回はすまなかった」
ここで謝罪するのか?
「誤解とはいえ、諸君を害してしまった事実に変わりはない。心から詫びたいと思う」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
「ちっ」
ヴァーンをはじめ納得できない顔が少数。
ただ、概ね受容的に見える。
実害を受けてなお、こうして受け入れるんだな。
実利重視なのか、それとも剣姫の人柄ゆえか。
とはいえ、この話は既に終了している。
補償で話は纏まっている。
あとは気持ちの問題だろう。
「ヴァーン殿、よろしいか?」
「隊長はいいのかよ?」
「まあ、そうですな」
「ヴァーン?」
「ディアナもユーフィリアもかよ」
「……」
「……」
「ちっ、良かねえ。良かねえぜ! けどよぉ、あっちも冒険者だ。勘違いはまあ、あり得る」
冒険者活動に誤解、勘違いはつきもの。
真摯に謝罪するなら許すべし。
そういうことらしい。
「今は……仕方ねえな」
「良いのですな?」
「ここで揉めるのも違うだろ」
ああ、その通りだ。
今回はこのままワディンに向かった方がいい。
「けどなぁ、剣姫。こいつは貸しだぜ。さっき言った補償も忘れんなよ」
「……うむ」
よし。
これで、この騒動も終わり。
終わりだよな?
あの謎魔物が惨劇の原因なんだよな?
遡行前の惨劇は回避できたんだよな?
思ったより、手応えのない相手だったが……。
「……」
まっ、とりあえず。
ヴァーンとシアが無事で良かった。
失敗しなくて良かったよ。
もう時間遡行は使えないのだから。
「先生!!」
話がまとまったことを感じ取ったのだろう。
シアと幸奈が茂みを出てこちらにやって来る。
「よかった、本当に良かったです!」
「……心配をかけたな」
「いえ、わたしなんて何もしていませんから……。ヴァーン、アルも無事でよかった!」
「姉さん……」
こっちこそだ。
前回の悪夢を払拭できて何よりだよ。
「……」
幸奈が俺を見ている。
当然のことながら、姿形はセレス様そのもの。
この中に幸奈がいる!
「ゆき……セレス様、ご無事でしたか?」
「はい、皆さんのおかげで。わたしは何ともありません」
「それを聞けて安心しました」
この目で、無事な姿を見ると心から安堵できる。
「……」
長かった。
ここまで本当に長かった。
でも、こうして幸奈に会えたんだ。
幸奈も俺に会えて安心しているはず。
そうだよな、幸奈。
「……」
ん?
その眼差しは?
どうした?
「セレス様、どうかしましたか?」
「あの……わたし記憶が曖昧なもので……ごめんなさい」
曖昧?
記憶が?
まさか、幸奈の記憶を失くしている!?
「でも、全て忘れたわけじゃないんです。テポレン山でのことも、その、多分覚えています」
「……」
これは……。
俺のことが分かっていない!
その目は、そういうことか?
「セレス様は病み上がりなんです。先生、分かってください」
「そうだぜ」
「……ああ、そうだな。分かった。セレス様、事情は承知しました。気になさらないでください」
「……はい。ごめんなさい」
この返答。
この表情。
間違いない。
俺のことが分かっていないんだ。
「……」
俺を有馬功己だと認識できていない。
そして、おそらく……。
幸奈自身も自分を認識できていない。
くっ!
なんてことだ。
想定外も甚だしいぞ。
こんなことが起こってたなんて!
「……」
どうしたらいい?
これから、どうすべき?
「疑っていたわけではないが、やはり辺境伯はいないか」
「だから、言っただろ。ここに辺境伯はいねえって」
「……そうだな」
「イリサヴィアさん、もう疑いようがないですね。ということで、そろそろ調査に戻りましょうか」
「うむ」
「おう、ここでお別れだ」
「そうさせてもらいますよ」
「隊長、俺たちも行こうぜ」
「ええ。……セレス様、ご用意は?」
「はい、わたしは大丈夫です」
「よーし。こんな陰気な場所、さっさと出発しねえとな」





