第30話 まほうつかい? ※
介入すべきか判断できない。
そもそも、善悪の区別もつかない。
そこに、謎の塊がまた出現する。
塊と膝をつく女性との距離は3メートルもない。
まずい。
どうする?
「フッ。ハハハ」
突然、若い男の哄笑が暗闇に響き渡る。
誰かを思わせる嗤い。
嫌な嗤いだ。
「これで終わりだ。もう追って来れないぞ」
これはもう、あれだな。
この状況と、個人的な好みで判断させてもらうか。
「それ」
男の声と共に謎の塊が発射される寸前。
「石弾!」
俺の作り出したソフトボール大の石の塊が高速で謎の塊に激突。
バリーン!
塊が音を立てて砕け散った。
「なに!?」
驚き焦る男を尻目に、女性のもとに駆けつける。
その身体を両腕で抱え。
「えっ、何? どうして? 誰?」
そのまま距離をとる。
「くっ、新手か!」
悔しそうな顔をしているが、空中に新たな塊を出現させている。
日本の魔法使いも、やるなぁ。
こちらも対抗しないとな。
「いけ!」
男の眼前から魔法の塊的なものが射出される。
こちらも発動が早い魔法で対応。
「石弾!」
わずかに遅れて発射。
が、石弾の方が速い。
俺の作り出した石弾が相手の塊を破壊し、さらに男に迫る。
「グッ」
避けようとした男の腕に当たったようだ。
こちらは女性を抱えたままなので、また少し距離をとる。
「くそっ!」
女性を抱えたまま魔法戦をするのもどうかと思うので、ひとまず女性を安全な場所に避難させてから応戦しよう、と思ったのだが。
「あっ、逃げたわ」
「……」
俺の目の前には、こちらを振り返りもせず一目散に逃走する男の姿があった。
……。
あいつ、魔法の発射もなかなか素早かったが、撤退の判断も早かった。
逃げ足も相当なものだ。
とはいっても、女性を放置すれば追跡は可能だと思う。
可能どころか、魔力で強化したこの身体なら、すぐに捕まえることもできるはず。
ただ、そこまでする必要があるのかということだ。
状況を把握していないこの段階で、女性を抱えたこの状態で、すぐさま追跡をする気にはなれないよな。
そもそも助けてよかったんだろうか。
危険を見過ごすことができず、思わず介入してしまったが。
「……」
「……」
何だか気まずい。
微妙な沈黙の中、一応周囲を確認するが、あの男が戻って来る様子も隠れている様子もない。
さてと、今俺の腕の中には暫定的に正義方と見なした女性がいる。
腕の中の彼女、いわゆるお姫様抱っこ状態…。
抱えている女性と目が合う。
いや、ホント、気まずいよ。
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ……。とりあえず下ろしてくれないかしら」
「ああ、そうですね」
公園内にある近くのベンチまで移動し、女性に座ってもらう。
これで、少しは落ち着いて話ができるかな。
そう思って、女性の姿をあらためて見てみると。
「……」
さっきまで戦いに夢中になっていたため気付かなかったが……。
この女性、かなり整った容姿をしている。
暗がりなので分かりづらいが、それでも美人であることに疑いはない。
それに、細身の高身長、脚も長い、まるでモデルのようだな。
こんな女性が夜の公園で魔法バトルとか、ここは本当に俺が暮らしている町なのか。
まさか、20年前に戻ったのではなく平行世界にやって来たとか、そういうんじゃないよな。
……。
違うよな。
俺の周りの人たちは何も変わっていないから。
となると、この現代日本には20年前、いや、それ以前から魔法が存在していたってことに
なる。
ホントかよ?
「何、どうしたの?」
「いえ、なんでも」
「そう……。まず、助けてもらったことには感謝するわ。それで、あなた、どうやってこの公園に入ってきたの?」
ん?
普通に入ってきただけだよな。
「歩いて入って来ましたが」
「そういうことじゃな……歩いて入れたの!?」
「はい」
「……」
何かを考え込むように俯いている。
「まあ、いいわ。それで、あなたは誰? どこの手の者なの?」
これ、どう考えても、感謝している口調じゃないよな。
「……」
で、俺は名乗っていいのか?
色々と秘密を抱えている俺が名前を教えても…。
いやいや、迂闊に名乗ることはできない。
能力も見られただろうし。
これ、まずいかも。
まいったなぁ。
「名乗れないの?」
「ええ、まあ……」
これはもう、なるべく早くこのモデル女性と離れた方がいいな。
とはいえ、ここに置き去りにはできない。
「でも、私を助けてくれたってことは、あいつの仲間じゃないのよね」
あいつって、あのパーカーの男か。
「そうですね」
「では、こちら側?」
「何のことですか?」
さっぱり分からん。
どこの手の者とか、こちら側とか、何だよそれって感じだ。
しかし、そんなにたくさん魔法関係の組織があるのか。
秘密結社的な何かとか?
この現代日本に。
科学全盛のこの世界に。
ホントかよ、日本。
すごいな、日本。
「何も知らないの?」
「はい」
何も知らないけど、めちゃくちゃ興味がある。
詳しく知りたい。
もし、ここが前回の時間の流れの中なら、積極的に関わろうとしていたはず。
異世界の代わりに、こちらで魔法を使って。
……。
それは、できないんだった。
どうにも興奮が抑えきれないな。
だって、現代日本で魔法バトルなんだぜ。
「本当に?」
「はい」
「そう……。嘘はついていないみたいね」
「ええ」
今は深く関わることはできない、か。
非常に残念ながら、危険すぎるからな。
この時間の中の俺は異世界に移動することができる。
けれど、諸々ばれてはいけないという禁則つき。
なら、現代日本魔法バトルに積極的に参加する理由もない。
危険は冒せない。
はぁぁ。
残念だ。
と、そんなことより、まずは。
「それより、早く治療しましょう」
脚の傷は思ったよりは酷くないようだが、放置できるものではない。
それに、腕やら顔やら擦り傷だらけ。
「この時間に診察してくれる病院は……。救急車呼びましょうか?」
「必要ないわ、これくらい平気。それに、一般の病院に行くつもりもないし」
「と言いますと」
「かかりつけの病院があるの。後でそこに行くわ。でも、そんなことより、あなた何者なの? そっちの方が重要よ」
そこそこ怪我しているのに、そんなこと扱い。
随分余裕があるな。
「早く病院行った方がいいですよ」
俺のことは忘れてくれ。
「今は傷のことはいいわ。それよりあなたよ」
傷は気にならないのか。
顔の傷なんか特に。
女性なのに。
ハードボイルドな世界に生きているんだな。
さすが魔法美女。
「通りすがりの者ですけど……」
「はあ?」
「いや、本当なんですけど」
「……」
「……」
そんな疑うような眼で見られても困る。
沈黙が重い。
「だとしても、さっきのは何?」
石弾のことだよな。
やっぱり、見られていたよ。
そりゃ、そうか。
「さっきのとは?」
「あいつの氷矢を砕いたでしょ。あれは何?」
あの空中に浮かんでいた塊は氷の矢!
オルセーのアイスアローとは若干形が違ったけど、同様の魔法?
ああ、やっぱり、あれ魔法だったのか。
本当かぁ。
もう、すごく、ものすごく興味あるぞ。
聞きたい、詳しく知りたい。
でも……。
魔法云々の話は藪蛇になる。
くぅ、残念過ぎる。
「拾った石を投げただけですよ」
そっちの魔法には興味津々だが、こっちの魔法は隠さないといけない。
この暗さならごまかせる、と思いたい。
そもそも発動前の待機状態は見られてないはずだから。
言いきれば、何とかなるはず。
しかし、石弾にしておいて良かった。
これが炎や水だったら投げたなんて言えないもんな。
それに、無駄に何発も撃たなくて良かった。
「石を投げた? ただの石であれを破壊って?」
「……」
「嘘でしょ?」
「本当です」
嘘ですけど。
「そんなこと……あるの?」
「……はい」
ごめんなさい、嘘です。
「あなた、本当に普通人?」
普通人?
また聞いたことのない言葉が出てきたぞ。





