第29話 まほう?
「ふぁぁ~」
まどろみから徐々に意識が戻ってくる。
今日は……。
そうか、自分の部屋だった。
「んっっ、あ~」
久しぶりにしっかりと眠ったような気がする。
思えば、何の心配もなく睡眠をとれたのは何日ぶりだろう。
とにかく、数日ぶりであることは確かだ。
しかし、こちらとあちらを行ったり来たりしている日々では、時間の感覚がおかしくなってしまうな。時間の流れも異なるし、混乱してしまうんだよ。
で、今はもう夕方近い。
さすがに、これは眠り過ぎたか。
大学に行くには遅すぎるし……。
ジムだけでも行っとくか。
20歳に戻ってからというもの、怒涛のように日々が過ぎたため、鍛錬不足は否めない。
それもやむを得ないと思えるような毎日だったとはいえ、鍛錬は続けないと意味がない。
これからは、なるべく日々の鍛錬を怠らずに過ごしていかなきゃな。
「有馬、久しぶりだな」
タンクトップからのぞく盛り上がった筋肉がいかにも鍛えていますという雰囲気を醸し出す短髪の男。数少ない大学の友人のひとり、武上だ。
「ああ、久しぶり」
「最近ジムで顔を見かけなかったけど、どうしてたんだ?」
「ジムには来てたぞ。来る時間が違うから、会わなかっただけだろ」
武上は夕方から夜にかけてジムに通っている。
もっぱら早い時間に通っている俺と時間が合わないのも当然だ。
まっ、ここ数日は別だけど。
「なるほど、昼に来てたのか」
「朝か昼だな」
「優雅な学生さんは違うなぁ」
「武上も学生だろうが」
「ハハ、そうだった」
俺が通うこのジムには大学の知人が何人か在籍している。
とはいえ、その中で友人と呼べるのは武上ひとりだけ。
「そんで、有馬はベンチ何キロまで上げてんだ?」
「ん、120キロ程度かな?」
無理すれば、もう少し上げることもできる。
それでも、40歳の頃の俺には到底敵わない。
「そんなもんか」
「ああ。武上はベンチばかりやり過ぎだろ」
武上の傍らには150キロのバーベルが掛かっている。
「そうかぁ?」
「まっ、好きにすればいけどな」
「なら、ベンチ一筋でいくわ」
「……頑張ってくれ」
「そうそう、有馬も今度の飲み会来るだろ?」
「いや、やめとく」
「なんだ。ちょっと付き合い良くなったと思ってたら、それかよ」
「まあな」
前回の人生では、大学時代のこういった付き合いはほとんど全て断っていたんだよな。
それでも、武上は俺を気にかけてよく誘ってくれたっけ。
そんなやつは武上と里村くらいか。
当時は酔狂なやつもいるもんだと思っていたが、今考えればありがたいことだよな。
「なあ、たまには一緒に飲もうぜ」
前回と違い今回の大学生活では、もう焦る必要もない。
異世界には何時でも行けるのだから。
「いいだろ?」
となると、まあ。
神様からも助言されたことだし。
「……分かった。なるべく参加するよ」
「おお、いいねぇ」
そう言って、肩を叩いてくる。
「……」
お前、馬鹿力なんだからさ、やめろよ。
「でもな、なるべくじゃなく、絶対だからな」
肩を組むなって。
相変わらず暑苦しいやつだ。
でも、今はそれほど嫌じゃない、かな。
「善処する」
武上と会話する以外はひたすらトレーニングに励み、ふと時計を見ると2時間が過ぎていたので帰宅することにした。
ジムからの帰り道、いつものように自転車を走らせていると。
道路に赤いランプ。夜間工事のため通行止めのようだ。
仕方ないので、普段はあまり使わない道を通ることに。
……。
ああ、やっぱり。
昼間はまだしも夜にここは通りたくないんだよ。
20年前の記憶通りだわ。
というのも、こっちの道沿いには街灯が非常に少ないためとても暗い。車もあまり通らないから、なおのこと暗い。せめて月明かりがあればいいけど、今日はそれも望めない。
結構、危険なんだよなぁ。
急ぐ必要もないし、ゆっくり帰るとしようか。
暗路を進んでいると、右手に公園が見えてきた。といっても、暗い空地にしか見えないが。
と、大きくはないのだが、やけに耳に通る甲高い音が響いてきた。
キィーーン!
思わず自転車を止めてしまう。
これは?
公園の奥の方から?
聞き覚えのないような種類の高音が断続的に聞こえてくる。
周りにも誰もいないが、公園の奥には誰かいるのか?
公園と道路の境目には背の高い木が密集しているため、奥を覗き見ることはできない。
もちろん、この暗がりの中では覗けたとしても、ほとんど何も見えないだろうが。
普段なら、いや、20年前の俺なら無視して帰るところ。
「……」
高音に混じって違う音も聞こえてくる。
何かがぶつかる音?
不穏な雰囲気を感じる。
うーん……。
少し確認してみるか。
と、その前に一応用心として、身体中に魔力を循環させて身体能力を底上げしておく。
これをするとしないでは大違い。
今はセーブもできないのだから、日本にいても用心しておくべきだろう。
自転車を公園の入り口に停め、徒歩で中に入る。
何だ?
わずかばかりの違和感。
蜘蛛の糸が身体にまとわりつくような嫌な感じがしたが、それもほんの一瞬のこと。
「……」
今は何ともない。
気のせいか。
それとも…。
とりあえず、先に進もう。
音が聞こえてくるのは、入口から歩いている道の奥、遊具が設置されている空間の向こうだ。
歩を進め、遊具の脇を抜け奥に目をやると。
暗闇の中、青白い光を発して何かが横切った。
何だ?
さらに近づくと……。
人がふたりいる。
そのふたりが5メートル程離れて対峙しているようだ。
こんな暗闇の公園で睨み合っているのか。
怪しいことこの上ない。
と、その時。
ヒュン!
硬質な音を響かせ、塊のような物体が右手にいる人の前の空中に現れた。
30センチほどの塊!
宙に浮いている!?
浮いているぞ!
あれは何だ?
まさか、魔法?
この日本に?
この世界に、そんなものが存在するのか?
バカな!?
驚愕している俺の前で、塊が相手に向かって飛んでいく。
浮くだけじゃなく、飛んだんだ!
と、そんなことより、危ない!
この距離、この速度では、普通は避けられない。
と思ったが、相手の方も驚きの動きで塊を避けてしまった。
……。
塊が宙に浮かんで、さらに飛んで、それを相手が驚く様子もなく回避した!
何だこれ!?
魔法バトルか?
この現代日本で?
本当に?
現実なのか?
「ッ!」
見事な回避と思ったのだが、わずかに掠ったのか呻き声を上げている。
「……」
どういうことか全く状況は分からないが、とにかく2人は戦っている。
もう少し近づいて様子を見よう。
気配を消して、ゆっくりと近づく。
戦いに集中している2人には全く気付かれることなく、近くの茂みに身を潜めることができた。
覗き見るその距離は5メートル弱。
俺の眼なら、この暗がりでも十分視認できる。
塊を放った右手の人物は、フードを被っているので分かりづらいが、恐らく若い男性だろう。
左手は……女性か。
パンツルックのその姿、長い髪を後ろにまとめているその様子からは、おそらく若い女性だと思われる。
などと観察している目の前で。
若い男の前に、先ほど同様の塊が現れ。
若い女性の前には、小さな炎!?
ホントに?
この女性も魔法的なモノが使えるのか?
この日本でこんなことが!
夢じゃないよな。
……。
次の瞬間。
謎の塊と炎がそれぞれ相手に向かって飛来。
パシュン!
塊と炎の衝突で炎が消し飛ぶ。
塊は少し勢いを弱めて左手の女性に向かい、避けそこなった女性の右脚をかすめた。
「ウッ!」
地面に膝をつき、くぐもった悲鳴をあげる。
男性が女性に数歩近づく。
これは……。
現代日本の魔法バトルに興奮している場合じゃない。
今俺はどうすべきか?
困った。





