第28話 夕連亭 13
今回の一件、俺がどこまで介入すべきなのか?
これについては、かなり悩んだし色々と考えてきた。
前回ヨマリさんに襲われてからは、さらに考慮を重ねてきた。
まずウィルさんの命を救うことが前提だが、その後どうすべきか?
2人組とヨマリさんの処遇は?
2人組については、さほど考えることもなかったのだが、ヨマリさんをどう扱うべきかは本当に悩んだ。
俺の命を狙ったことを不問に付すことはできない。
とはいえ、さっき口に出した官憲に引き渡すというのも…。
ウィルさんのことを考えると、どうにも気が進まない。
結局、明確な答えは出せなかった。
……。
詰まるところ、この場で決めるしかないということか。
「ヨマリさん、分かりました」
「……」
「コーキさん」
「まあ、話せない事情に関しては、凡その見当はついています」
「……」
「ここからは私の独り言です。そのまま聞いてくださるだけでいいです」
「……」
「ヨマリさんとウィルさんはある組織、または一族に属しており、その存在は公には秘密である」
「……」
「その一族の間に何らかの問題が発生し、その問題にウィルさんが関わっている。だから、今回ウィルさんが襲われることになった」
ヨマリさんの顔色は相変わらず穏やかなまま、大したものだ。
ウィルさんの表情は……。
はは、豊かなもんだ。
「ウィルさんが男装していることも関係しているのでしょうか? とにかく問題解決のためにウィルさんが襲われた」
ウィルさんは、うつむいている。
「ヨマリさんが私を襲ったのは、秘密を守るため口封じをしようとしたため」
ヨマリさんにとっては、一族の秘密を守ることが何より重要なのだろう。
ウィルさんを助けた俺に対する感謝はあれど、それとは比較にならないくらい。
「そして今。この状況ではヨマリさんは私をどうすることもできない。できることといえば、自分の命と引き換えにしてでも秘密を守ることだけ、と」
こんな感じなんだろうな。
「……」
「詳しいことは何も分かりませんが、凡その事情はそんなところでしょうか」
「……」
ヨマリさんが、視線だけで肯定を表し。
その強く透き通るような眼差しで、俺に納得して引き下がってほしいと訴えかけてくる。
そう感じてしまうのだが。
……。
このまま引き下がる。
そんな選択肢はなぁ……。
ウィルさんは下を向いて、震えているのか?
……。
どうしたものか?
……。
他に良い考えもない。
これはもう……。
こうして、ヨマリさんとウィルさんを前にして話をしていると、俺の気持ちも変化してしまったようだ。
もう、いいか。
「ヨマリさんには命を大切にしてもらいたいので、もうこれ以上詳しい話を聞くつもりはないです。ただ、ひとつ確認したいのですが」
「……どうぞ」
「今夜の件も一族云々も、私は何も知らなかった。何も聞かなかった。よって誰かに話すこともありません。ですので……」
「……」
「私のことを再び襲撃する必要なんてない、一族で私を追うなんて全く意味がない」
一族総出で襲撃とか勘弁してほしい。
そんなことになるなら、早々とオルドウを脱出しなければならない。
「ですよね?」
「約束します。命の恩人のコーキさんに、そんなこと。絶対です」
ウィルさんはそう言ってくれると思っていたけど、ヨマリさんはじめ他の一族の人がね。
「……」
ヨマリさんの表情に変化はない。
その奥底に何を抱えているのかは分からないが、表面は澄んだ湖面のようにずっと穏やかさを保っている。
「意味のないことをする必要などない……。そうね」
納得してくれたのならいいのだが。
「今後こちらからコウキさんに、何かをすることはありません」
これも言ってみれば、ただの口約束。
が、それでも、無いよりはまし。
「これでいいかしら」
「ええ」
長かった夕連亭での一件も、ようやくこれで終了かな。
ホッとすると同時に、複雑な思いは今も当然残っている。
襲われただけならまだしも、一度殺されかけた身としては、この曖昧な決着には何とも居心地が悪い思いがするというのが本音だから。
これも全ては俺の甘さが招いた結果だな。
でも、今はこれが精一杯。
本当に手緩い処置だが、これはこれで受け止めるしかない。
……。
まあね、この時間の流れの中では俺は苦戦したとはいえ、死の危険どころか、ほとんど傷も負っていない。
だから、今回はこれで好しとしておこう。
そうそう、2人組に関しては、ヨマリさんに任せることにした。
ヨマリさんが、任せてほしいと強く言うものだからさ。
まっ、関わってほしくないというのが本音なのだろうけど。
こちらとしては、ウィルさんに危険がないならそれでいい。
でも、本当にもう大丈夫なのだろうな。
……。
乗りかかった舟だ、また様子を見に来よう。
「それでは、私はこれで失礼します」
これ以上、夕連亭に留まるつもりはない。
この状況で部屋でゆっくり休めるわけもないし。
今夜は日本に戻ろう。
「コウキさん」
「はい」
「今さらですが、本当に申し訳ありませんでした。そして、心からの感謝を」
「……感謝の言葉、受け取らせていただきます」
その言葉に嘘はない、そう期待したくなるくらいヨマリさんの表情は柔らかく、優しいものに変化していた。
夕連亭を出て、誰もいない通りを歩く。
白く冴えた月明かりだけが僅かばかり道を照らし出す大通り。
「コーキさん、待って」
背後からウィルさんが走って来る。
「はあ、はあ」
「そんなに急がなくても……。どうかしましたか?」
「あの、これ」
ウィルさんの差し出す手の上には、ネックレス?
トップには親指くらいの大きさの宝石の様なものがついている。
色は青っぽい……。
この月明かりじゃ、良く見えないな。
「これは?」
「私の宝物をコーキさんにと思って」
「宝物ですか? いただく訳にはいきませんよ」
「ぜひ受け取ってください。今はこんなものしか渡せないけど……」
そんな表情されると断れないな。
「……そうですか。では、預っておきますね」
「はい! あの、できれば身につけておいてください。守りの魔力が込められていると聞いていますので」
「分かりました」
「よかったぁ」
大輪の花が咲いたような笑顔。
もう女性にしか見えない。
というか、言葉遣いも女性になっているよな。
「では、また伺います。今夜はこれで」
「あの、本当に今夜の宿は大丈夫なんですか」
「気になさらないで下さい。伝手がありますので」
「そうですか」
「ええ」
「……」
「……」
ネックレスを受け取った手を元に戻そうかと思ったその時、ウィルさんが両手で俺の右手を包みこんでくれた。
「……!?」
柔らかい温もりを感じたと思ったら……。
軽い目眩に襲われる。
やっぱり疲れているのか。
そりゃ、そうだよな。
「どうかされました?」
「いえ、何でもありません」
「そうですか……あの、また会えますよね?」
「……はい」
「コーキさんに会えるのを楽しみにしています。きっと会いに来てくださいね」
「必ず伺いますよ」
「はい!」
再び月明かりの下、静謐な空間に満たされた澄んだ空気の中を歩く。
通り沿いの白壁に反射した白光が柔らかく俺を包んでくれるようだ。
悪くないな。
「……」
久しぶりにゆっくりと眠れそうだ。
夕連亭事件、これで一応の決着を見たわけですが、
この決着に納得できない、違和感があるという方もいらっしゃると思います。
どうぞ、違和感を抱いたまま読み進めてください。
その違和感自体が一種の伏線となっておりますので。
実は、このことについて触れるつもりはなかったのですが、
感想の返信欄に少し載せてしまいましたもので、
この後書きにも記載することにいたしました。
それでは、今後もよろしくお願いいたします。





