第27話 夕連亭 12
「ええ、まあ使えますね」
攻撃魔法はそれなりに使えると自分では思っている。
「だったら、魔法が使えない中で戦ってくれたコーキさんこそ、勇気がある人なんです」
ウィルさん、話が戻ってしまったよ。
でもね、それは違う。
魔法が使えないと分かった時には、もう既に戦闘に入っていたのだから。
そこで逃げるわけにはいかないだろ。
「魔法が使えないとは思っていませんでしたので」
まあ、最初から魔法が使えないと分かっていても、戦いを止めるつもりなどなかったけど。
「それでもです。勇気があるのはコーキさんです」
「……」
お互いに感謝しているのは事実だし、相手の勇気を称える気持ちも同じ。
だけど、これじゃあ、話が進まない。
そして、こういうのは苦手なんだよ。
ここは、もう一度話を変えて。
「魔法といえば、なぜ私の魔法は発動しなかったのでしょうか?」
「それは……」
ヨマリさんの顔を窺うウィルさん。
話してもいいみたいだな。
「結界が張ってあるからです」
結界?
魔法発動阻止とか、そういうやつか。
「食堂内は対魔法結界を張っていますので、魔法は使えません。時間によっては解除している場合もありますが」
なるほど。
今回は結界が発動しており、前回は発動していなかったということか。
どうしてそうなったのかは不明だが。
でも、それなら。
「オルセーはなぜ魔法を使えたのですか?」
「結界無効化の魔法具を持っているのだと思います」
「それも宝具ですか?」
「いえ、宝具ではありません。魔法具ですね」
魔法具と宝具って何が違うんだ?
という質問に対しては、簡単な答えが返ってきた。
魔法具は現在の技術で作成可能なもの、宝具は不可能な物。
そういうことだそうだ。
そんな作成不可能な道具がどうして存在するのかというと、どうやらロストテクノロジー的なものらしい。さすが異世界って感じだな。
ちなみに、魔法具は普通の販売店で購入可能だが、かなり高価なものらしい。
物によっては、家などよりも高いとか。
結界無効化の魔法具も相当なもので、とてもじゃないが、今の俺に手が出せる代物じゃなかった。
今後のためにも魔法具は入手したいんだけど、当分は無理そうだな。
しかし、魔法具でこれなのだから、宝具をオークションで手に入れるために必要な金額は一体どれくらいなんだ。想像もつかない。
「でも、魔法無効化の結界を張っている場所などほとんどありませんから」
「そうなのですね」
それなら、ひとまずは安心かな。
ただ、問題なのはこの宿の食堂になぜ結界が張っていたのかってことだ。
「そんな貴重な結界がなぜここにあるのか、不思議に思いますよね」
「ええ」
「詳しくは話せませんが、一族にとって、ここは重要な拠点だからです」
やっぱり、そうだよな。
しかし、一族ねぇ。
……。
ウィルさんのことは気になるが、この一族の問題には深入りしない方が良いのかもしれないな。宝具ひとつとって見ても、今の俺の力では手に余る相手である可能性が高い。今回はたまたま上手くいったけれど、次も上手くいくとは限らないから。
「理解してもらえましたか」
「はい」
まあ、これで、魔法が使えなかった理由が分かってすっきりした。
「ところで、コウキさん?」
ヨマリさんが近づいてきた。
「……」
ああ。
やっぱり、そうなるか。
残念だ。
「はい」
「この2人は生きているのですか?」
「そうですね、気絶しているだけです」
「あの、拘束が解けないか心配なのですが」
心から心配そうな顔。
この顔の後で俺を斬りつけるんだと思うと。
何というか……。
恐ろしいな。
「……大丈夫だとは思いますが」
十分に警戒しながら無警戒を装い、身を屈めたままロープを手に取る。
さあ、こい。
殺気は感じないが。
きたな。
背後から迫るヨマリさん。
今だ!
横に跳んで躱しながら、その腕をとり手刀でナイフを持つ手を叩く。
カラン、カラン。
「うっ! ……どうして?」
「気配ですね」
「そんな! 消していたのに?」
「えっ? 母さん?」
ナイフを落としたヨマリさんだが、宝具などを持っている可能性もある。
ここは慎重にことを進めよう。
腕を引きヨマリさんを引き寄せ。
一撃。
「あっ……」
ヨマリさんが、ゆっくりと崩れ落ちた。
ヨマリさんを床に横たえ、こちらもロープで拘束。
武器や魔法具、宝具など危険なものを持っていないかの確認も終了。
想定とは随分と異なる流れになったが、なんとかここまで辿り着くことができたな。
これで、あとはどう始末をつけるかだけだ。
一息つく俺の傍らには、対照的な様子を見せるウィルさん。
気を失ったまま拘束されている3人の横に立ち尽くしている。
ウィルさんは俺を助けようとしてくれたし、庇うような行動もとってくれた。
だから、拘束する必要はない。このままでも問題ないだろう。
それでも、警戒を怠ることはできない。
前回も気が緩んだところで、やられてしまったのだから。
そういえば、記憶は曖昧なのだけど……。
前回はリセットする間際にベリルさんが食堂に入って来たような気がする。
ベリルさんのことも一応用心した方がいいな。
とにかく、今回は全てにおいて最後まで気を緩めずに進める必要がある。
もうやり直すことはできないのだから。
ということで。
「安心してください。ヨマリさんの命に別状はありません。気絶しているだけですので」
「あ…いえ、あの、ごめんなさい。母があんなことを」
「私は大丈夫です、それより…」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
必死に謝ってくれるウィルさん。
頭を下げたままだ。
こぼれ落ちる涙が床を濡らす。
「そんなに謝らないでください、ウィルさんは悪くないのですから」
「でも、でも、母さんが」
「まあ、そうですが…」
ヨマリさんには前回は命を奪われ、今回も狙われた。
赤の他人なら理解などできないし、する気もない。
そして、許すこともない。
でも、ヨマリさんは……。
出会ってからの時間は短いが、俺がリセットでやり直しているせいで、図らずもそれなりの時間を共に過ごしてしまっている。
その人となりも、ある程度は理解しているつもりだ。
それに、食堂での話を2度も盗み聞きした上に、さっきの会話。
真実など分からないし詳しい事情も知らないが、何となく状況は理解できる。
ヨマリさんの心情も。
おそらく推測できていると思う。
「命を助けてもらったのに……。ごめんなさい」
「もう、いいですよ」
「ごめんなさい」
結局、ウィルさんが落ち着くまで4半刻、ヨマリさんが意識をとり戻すのにさらに4半刻の時間が必要だった。
その間、覚醒しかけた2人組には再度眠ってもらうことになったのだが。
「うっ……」
「母さん」
「ウィル……これは?」
戸惑った表情を見せるヨマリさん。
気が付いたらロープで後ろ手に拘束され、床に横たわっている状況だからな。
「母さんがコーキさんを襲って、それで」
「ああ……。そういうことね」
ロープで拘束されたままの状態ではあるが、器用に体を起こし床に座る。
「さて、どういうことか説明してもらえますか?」
「……ごめんなさい。話すことはできないわ」
こちらを見上げてくるその眼に敵意は感じられない。
諦念からなのか穏やかな色さえ見せている。
「とは言いましても、このままでは私も納得できませんよ。話せないなら、ヨマリさんとそこの2人をこのまま警備兵にでも引き渡しましょうか」
「母さん、コーキさんは信用できる人なのだから、話したっていいでしょ」
幾分落ち着きを取り戻したウィルさん。
ヨマリさんが目覚めたら、事情を話すと言ってくれた。
「ウィル、それはできないわ。何も話せない。コウキさんには、それで納得してもらうしかないのよ」
「母さん!」
「コウキさん、あなたは私たちの会話を聞いていたのよね。それなら、私が話せない事情も察しがつくでしょ」
「……」
その通り。
一族とかウィルさんが実は女性だとか、そんな内容を耳にして何の想像もしないわけがない。
それに、ヨマリさんの動き、気配の断ち方からも察することはある。
「コウキさんが納得できないのは当然。また、こうして私がお願いするのも筋違い。そう、分かっているわ」
感情を高ぶらせることもなく、静かに淡々と語ってくる。
そこにあるのは諦念ではなく、ある種の覚悟なのか。
「それでも、今は何も話せないの。話すぐらいなら死を選びます」
「っ!?」
この言葉にはウィルさんも驚いたようだ。
俺も少し驚いた。
「母さん、そこまで隠すことなの? 命より大事なの?」
「そうよ。あなたももう分かるでしょ」
「分からない、分からないわよ」
「そう。……結局あなたはなりきれないのね」
ため息をつくようにヨマリさんが囁く。
「姉さんと同じ」
耳を澄ませてようやく聞き取ることができるような声量。
「母さんが話さないなら、私が話すわ」
決然とした表情でヨマリさんに言い放つ。
「ウィル、あなたが話すというなら。私を殺してからにしなさい」
激しているウィルさんとは対照的に、ヨマリさんは終始穏やかな語り口。
話している内容とのギャップに戸惑う程の静やかさだ。
「そんな!」
「……」
「どうして、そこまで」
「……」
沈黙の中に不動の意志を感じさせるヨマリさん。
こうなると、ウィルさんも言葉がない。





