第26話 夕連亭 11
「危ない!」
ありがとう。
でも、分かっている。
背後には十分気を付けているんだ。
何度もやられているから。
背後から大男リルが迫ってくる。
相変わらずの大振り。
腱が傷付いているのに、よく剣を振るえるものだ。
当然、さっきよりかなり遅いけれど。
大剣を掻い潜り懐に入りざま腹に拳で一撃。
さらに、顎を打ち上げる。
今回は拳できっちり打たせてもらった。
再び昏倒するリル。
床に伏したまま動かない。
……。
とりあえず、この2人との戦いは終わりかな。
オルセー同様に大男もロープで拘束し床にころがせておく。
これで、ひとまずは安心。
今回の戦いは、前回とはだいぶ異なり色々と想定外のこともあったけれど、何とか戦い終えることができた。
ジルクール流の剣士との模擬試合を何度か経験したことで、俺の力がこの世界でも通用するという思いをある程度は持てていたものの、実戦となると不安もあった。
それでも、オルセーとの2度にわたる戦いで、かなり自信を持つことができたかな。
今回はこっちが魔法を使えない状況で相手に魔法を使われ、とんでもない魔法具も使われた。
それでも、なんとか対処できたのだから。
もちろん、運もあったと思う。
オルセーの油断もあっただろう。
それでも、この結果は悪くない。
そう思う。
とはいえ、未熟な面も見られた。
そこは今後の課題だな。
振り向くと、ヨマリさんとウィルさんが呆然と立っているのが目に入ってきた。
ああ、今はまだやることが残っているんだ。
「ウィルさん、ヨマリさん、怪我はないですか?」
「え、ええ、私は」
「……私も」
「それは、良かったです」
「それより、あの、刻宝は効かなかったのですか?」
「最初は身体が動きませんでしたから、効いていましたよ」
恐ろしいほどの効果があった。
「効いていたのに、あんなに短い時間で効果が切れるなんて……」
確かにオルセーが話していた効果時間より随分と短かった。
それは俺が気や魔力を使ったからなのか、それとも何か他の原因があるからなのか?
「そんなことあるのかしら?」
「母さん、そうなの?」
「ええ、聞いたことがないわ。といっても、マリスダリスの刻宝が行使されるのを見たのは、これで2回目だけど」
俺も不思議に思う。
けど、理由など分かるはずもない。
「そういうこともあるって思うしかないわね」
ヨマリさんは納得していないようだが、俺には説明できることなどない。
そもそもマリスダリスの刻宝の存在自体を知ったばかりなのだから。
「それにしても、まさかオルセーがベリニュモナの護宝とマリスダリスの刻宝を持っているなんて……」
「そんな相手を倒したコーキさんは凄いですよ」
「魔法なしで、あのオルセーに……。本当に凄いわね」
「たまたま、上手くいっただけです」
魔法を使えないと分かった時は焦った。
それに、最初のアイスアローも危なかった。
至近距離で魔法を放たれたことなんて、当然ながら初めての経験だったから。
今回はアイスアローがあまり速くなかったから対処できたけど、速度が銃弾なみだったら完全に避けることはできなかったと思う。
……。
そもそも、この世界の攻撃魔法の速度はどれくらいなんだ?
オルセーのアイスアローは、俺の攻撃魔法より遅かった。
おそらく時速100キロも出ていなかったと思う。
あっちの世界の銃弾は時速1000キロに達するという。
はたして、そんな魔法がこちらに存在するのか。
それを近距離で使われて、対処できるのか。
いろいろと考えておく必要があるな。
ちなみに、過去の合気道の世界には銃弾を避けたという逸話を持つ達人が存在する。
銃弾が到達する前に弾道の予測線が目視できたというのだ。
にわかには信じ難い話だが、もしそれが可能だというなら、いつかはその境地に達してみたいものだと思う。
「偶然だなんて、そんなこと」
って、何の話だったか。
ああ、そうか。
「そうね、相手はオルセーだもの。コウキさん、本当に素晴らしい腕前だわ」
「母さん、オルセーって有名なの?」
「ええ、魔法と剣の両方に秀でていることで有名ね。レンヌの切り札よ」
レンヌが何かは分からないが、オルセーが凄腕だというのは納得できる。
「レンヌの! 確かに凄い動きだったけど……」
「魔法の詠唱を省略して魔法名のみで発動できる者はそうはいないわ。オルセーはその数少ない1人ね」
「……」
魔法名のみの発動は珍しいと。
良い話を聞けたな。
「ところで、ベリニュモナの護宝やマリスダリスの刻宝というものは一般に認知されているものなのですか?」
これも聞いておきたい。
あんなものが普通に存在するはずはないと思うが。
「いえ、一般的には知られていないわね。特にマリスダリスの刻宝の存在を知る者は殆どいないと思う。権力者や富裕層の一部が知っているくらいかしら。そういう意味では、ベリニュモナの護宝はある程度は知られている宝具ね」
「と言いますと」
「冒険者の中にも所持している者がいるくらいだから。貴族だけでなく、それなりの冒険者や軍人、商人なども知っていると思うわ」
「かなりの数が存在しているのですね」
「ベリニュモナの護宝はそうね。マリスダリスの刻宝は私が知る限りでは、これで2つめ。まだ他にも存在すると思うけど、そんなにはないと思うわ」
「なるほど」
やはり、そうか。
今日初めてその存在を知った宝具だが、その効果は恐ろしいものだった。
マリスダリスの刻宝なんかは、対戦相手にとっては致命的だろう。
今回もオルセーがすぐに動けば、俺を殺すことは可能だった。
ウィルさんが俺を庇って時間を稼いでくれたおかげで、運良く切り抜けることができただけだ。
今後、もしマリスダリスの刻宝を使われた際はどう対処すればいいのか……。
「ベリニュモナの護宝とマリスダリスの刻宝への対処法などはあるのですか?」
「ベリニュモナの護宝は自分の受けた致命傷を一度無効化する宝具なので対処といっても……。もう一度攻撃するくらいしかないわね。マリスダリスの刻宝への対処法は聞いたこともないわ。そもそも、発動を見たのも2度目だから」
「ともに有効な対処法などないわけですね」
「私の知る限りでは、そうね」
「あの、宝具の効果を無効化する宝具があると聞いたことあります」
「それは噂に過ぎないわね」
「でも……」
噂か。
そういう宝具があるのなら、ぜひ欲しいものだが。
「他にも宝具というものは存在するのですね」
「そうね」
「教えてもらえませんか?」
「……」
「母さん、それくらいは話してもいいでしょ」
「……私が実在を知っているのは、攻撃を防御する宝具と姿を変える宝具くらいかしら」
「なるほど」
今回経験したのが2種類。他に実在が確認できているのが2種。おそらく、他にも存在するのだろう。
「ちなみに、宝具を手に入れる方法はあるのですか?」
「とんでもない大金を出せば、オークションで買うことも可能だと思うわ。あとは、遺跡などから自分で見つけることね」
この世界でも遺跡には宝が眠っているのか。
しかも、宝具。
これはぜひ探索に行きたいな。
「簡単ではないですね」
「簡単に手に入るなら、一般に認知されているはずよ」
そりゃそうだ。
しかし、そうなると。
「これは相当貴重なものだったんですね」
懐から直径5センチほどの球形をした紫色の透明な石を取り出す。
「残念です」
そう言って差し出した掌の上には、2つに割れた紫の石。
「えっ! なんてこと?」
「これじゃ、使い物になりませんよね」
「……そうね」
「仕方ないですね」
「……」
自分の所持品でもないのに、かなりショックを受けている。
それだけ貴重な品ということか。
「それで、どうして、コウキさんがここに?」
「そうですよ、どうしてです?」
本来なら最初に聞くところだろうが、よっぽど驚いていたんだな。
そういえば、ヨマリさんの俺に対する口調が今までとは少し違っている。
まっ、こんなことがあったのだから当然か。
「ウィルさんが襲われるという話を偶然聞いてしまったもので、ここで待機していました」
前回同様、あらかじめ考えておいた言い訳を告げる。
「……」
怪しいよな。
言った自分でもそう思う。
「え、そうなのですか?」
ウィルさんは信じてくれるのか。
ヨマリさんは疑うような目でこっちを見つめているけど。
「偶然耳にして良かったです。でも、これで一安心ですね」
少し強引だが、話を進めさせてもらう。
想定外のことが色々と起こってしまったため、今は少し気が緩みそうになっているが、ここからが大事なんだ。
しかしまあ、ここまでの流れは随分と変わってしまったよな。
これでも前回同様に進むのか?
ヨマリさんが俺を襲わなかった場合はどうする?
……。
そこは臨機応変に、その時々で適切に対応するしかないか。
「私の介入は、ご迷惑でしたか?」
「いえ……。そんなことはありません」
「迷惑だなんて、とんでもないです。それどころか……あっ、すみません。助けてもらったのに、まだお礼も言ってなくて」
「そうでした。コウキさん、申し訳ありません」
そう言えば、まだだったか。
2度経験すると混乱してしまうんだよな。
「コウキさん、遅くなりましたが、この度はウィルを助けてくださり、本当にありがとうございました」
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる2人。
「ウィルさんを助けることができて良かったです」
前回と同じような流れに戻ったかな。
「命を助けていただいたこと、決して忘れません」
「いえ、成り行きですので」
「そんなこと! 知り合ったばかりのコーキさんにここまでしてもらうなんて……。本当にありがとうございました」
「力になれて良かったです。もう気になさらないでください」
「いえ、この御恩は決して忘れませんから」
「感謝の言葉はいただきましたから、もういいですよ」
「コーキさん……」
「それに、私もウィルさんには感謝しています。あの時ウィルさんが庇ってくれなければ、私もどうなっていたか。こうして無事でいることができるのもウィルさんのおかげです」
「そんな、庇うのは当然です」
「あの状況で簡単にできることだとは思えませんよ。とにかく助かりましたし、嬉しかったです。ありがとうございました」
「……当然のことをしただけなのに」
当然のことではないだろう。
今回はウィルさんの命が危なかったのだから。
「自分の身が危険だったのに、なかなかできることじゃないと思います。ウィルさんは勇気のある方です」
本当に勇気のある行動だったと思う。
心から感謝している。
「そんなことないです」
そんなことあるよ。
「……」
「……」
「あの……コウキさんは攻撃魔法を使えるんですよね」
俺とウィルさんの話を黙って聞いていたヨマリさんが話を変えてくれた。
正直助かる。





