第25話 夕連亭 10
どういうことだ?
手も足も、今の一撃を放つ直前の体勢で固まったように動かなくなってしまっている。
「フフ、これは使いたくなかったのですがねぇ」
「……」
どうしたらいい?
「一度使うと当分使えませんからね。大変なんですよ」
「何をした?」
動揺を悟られないように。
そして時間を稼ぐように、オルセーに話しかける。
「ほう、話すことができるのですか」
身体は動かないが、口だけは動く。
「大した抵抗力だ。やはり、あなたは危険ですね」
近づいてきたオルセーが俺を足蹴にする。
それは俺に衝撃を与えるようなものではなく、ただ弄ぶように顔や頭を踏みつけるだけのもの。
「くっ」
「ほら、動けないでしょ。そういうものです」
「すぐに動いてやる」
その言葉に勢いはない。
本当に身体の自由を奪われたとなると……。
首を斬りつけられた記憶が、あの感覚が頭を過ぎる。
……。
ふき出した汗が頬を伝う。
まずい!
「それは、まさか、マリスダリスの刻宝!?」
「そんな物まで持っているの、オルセー!」
まずい、まずい!
恐怖が襲いかかってきそうだ。
……。
「ええ、そうですよ。私くらいになりますとね、このような国宝級の魔道具も所持できるのですよ」
「そんな、どうして?」
くっ!
またかよ。
情けない。
こんな所で恐怖に怯えている場合じゃないだろうに。
はは……。
自分の不甲斐なさに笑えてくる。
今まさに死地にあるというのに、ただそれを恐れているだけなんてな。
こんな情けない奴は死んでしまえばいいんだ。
だから、腹をくくれ。
それに、そう、あの時とは違う。
まだ致命傷を負ったわけでもない。
「フフフ、どうしてでしょうねぇ」
「国でも所持することができないような宝具なのに…」
現状を冷静に認識しろ。
なんの道具を使ったかは知らないが、動かない理由があるはず。
問題は筋肉か神経か?
焦る気持ちを抑え、高ぶった意識を静めて探っていく。
なっ、これか!
驚くことに、全てのチャクラが完全に閉じていた。
さらには、身体全体に流れる気が有りえないくらいに停滞している。
前回の人生で、魔力循環の鍛錬の一助となればと思い学んでいた気功。
その時間の中でも経験したことがないような沈滞。
信じられない状態だが、それでも、これが原因なら……。
気を練り直し生体エネルギーを循環させる。
強引に無理やりにでも閉塞したそれをこじ開け流す。
第1チャクラ、第2チャクラと続け……。
よし、とりあえず、少しずつ流れ始めた。
だが、まだまだ身体は言うことを聞かない。
「まあ、ベリニュモナの護宝と違って使い捨てではない特級の宝具ですから、あなたが驚くのも無理はないですよ」
「ひょっとして、盗んだの?」
「人聞きの悪いことをいいますねぇ」
それなら、魔力も流してやる。
魔法を使えない状態でできるか分からないが、試すだけだ。
どうだ!
おおっ、魔力を動かせるぞ。
よし、これでどうだ。
「なら、あなたがどうして」
よし、いいぞ。
よし、よし!
これなら、少し時間が経てば。
「秘密です」
「……」
「さて、話は後でゆっくりとするとして、先にこの男を処分しましょうかね。厄介な男みたいですから、どうしてやりましょうか」
「やめてください」
今の今まで体内循環に集中していた俺だが、ふと意識を戻すと。
俺を足蹴にしているオルセーの横にウィルさんが立っている。
まさか、俺を庇ってくれるのか。
……。
その行動に俺の内から込み上げてくるものがある。
でも、それでも……。
ありがたいけど、やめてくれ!
そんな危険なことは止めてくれよ。
ウィルさんだって前の時間の流れで殺されたんだぞ。
俺はウィルさんを助けるために来たんだから。
「おや、情がわきましたか?」
「私を助けようとしてくれたコーキさんを見捨てるわけにはいきません」
「……」
嬉しい言葉だ。
力が漲ってくる気がする。
さっきまでの死の恐怖なんて、もうどこにもない。
でも、もう下がってくれ、ウィルさん。
俺もすぐに動けるはず。
指先など少しずつ動き始めているのだから。
「フフ、あなた、そんなことを言える立場ですか?」
「……コーキさん、そのマリスダリスの刻宝は身体の動きを止める宝具です。しばらく経てば自由に動けるはずです、時間はかかると思いますが」
そんなに待てない。
それに、そこまで待つ必要もない。
「ここで一緒に死にたいようですね?」
いや、待て。もう少しだから。
まだ脚は動かないんだ。
「オルセー!」
ヨマリさんがウィルさんを庇うように前に出る。
助かったよ、ヨマリさん。
もう少しだけ時間を稼いでくれ。
「そんなに睨まないでくれませんかねぇ。この小娘が悪いのですから」
「……」
「ヨマリ、あなたも理解できるはずです、どうすることが我々にとって最善なのか」
「母さん!」
「その小娘は、まあ言ってみれば身内の問題です。ですが、この男は違う。放置できるわけないでしょ」
「ウィルには手を出さないのね」
「それは、小娘次第ですね」
「手を出さないでちょうだい」
「おう、怖い、怖い」
脚にも力が入るようになってきた。
それでも、まだしびれは残っている。
「まっ、このマリスダリスの刻宝の効果時間は8分の1刻程度。まだまだ、余裕はありますがね」
8分の1刻とは……。
15分ほど。
おそらく、今はまだ発動後2、3分しか経過していない。
が、もう動ける。
不完全だが一応動けそうだ。
「コーキさんは関係ありません、だから手を出さないでください。これは私の問題なんでしょ。それなら、私が……」
「これはまた殊勝な心がけですが、組織的には問題があるんですよ」
ウィルさん。
そこまでして、俺を。
……。
ありがたい。
本当に。
「フム。やはり、混ざりものは言うことが違いますね。ヨマリもそう思うでしょ」
「ウィルは混ざりものなんかじゃないわ」
「どうだか」
もう、いけるか?
「フン、まあいいです。こっちは、とりあえず」
オルセーが鞘におさめていた細剣を抜き出す。
足は相変わらず俺の顔の上だ。
「やめて」
そう言うや、ウィルさんがオルセーに体当たりをする。
ウィルさん!
無理しすぎだ。
けど、オルセーは……。
突然の体あたりに少しふらついたが、それだけ。
「この小娘が!」
細剣をウィルさんに向け。
「オルセー、やめて!」
させはしない!
「なにっ!?」
跳び起きざま、オルセーの細剣をいなす。
「な、どうして動ける?」
「さあ、どうしてだろうな」
エネルギーを体内循環させたから。
それとも、異世界人だからか。
まっ、そんなこと分からないな。
「くそっ、こいつ」
動揺したまま剣を振るおうとするオルセー。
こんな至近距離じゃあ、上手くいかないだろ。
ほら。
驚きのあまり、距離をとることもせず剣を持て余すオルセーの胴に横蹴りを一発。
「ウゴッ」
吹っ飛ぶオルセー。
腹をおさえ蹲るオルセーに剣を構える余裕などない。
すぐさま近づき、顎の部分に横から蹴りを入れる。
「グッ」
完全に脱力し、その場に崩れ落ちた。
何とかの護宝とやらは発動していない。
やはり、致命傷でなければ発動しないのか。
それとも、もう所持していないのかもしれないな。
「コ、コーキさん、動いてる?」
そのまま手足の腱に損傷を与える。
さらに、素早くロープで拘束。
よし、これで大丈夫だ。
お前も動けない俺をすぐに拘束すれば良かったんだよ。
そこが命運を分けたな。
しかし……。
こいつの性格はさておき。
剣と魔法と道具を駆使する凄腕の相手だったな。
こんな相手に対しては、道具などに邪魔されず、しっかりと剣で決着をつけたかったという思いもあるが、これがこの世界の戦いなのだろう。
まあ、それでも、貴重な実戦の経験を得ることができた。
「コーキさん! うしろ!!」





