第24話 夕連亭 9
見事な体捌きで俺の掌底の衝撃を逃がしたオルセー。
敵ながら感心してしまう。
「やりますねぇ」
「そっちこそな」
それでも……。
その動き、その顔つき。
少しは効いているのか。
「どうやら、油断はできないようですね」
「……」
「……」
沈黙したまま対峙する。
その静寂を破るように。
「コーキさん、すごい」
意識を取り戻したウィルさんの声が俺の耳に届く。
身体に異状がないか確認したいところだが、オルセーの前でそういう姿を見せたくはない。
ウィルさんを人質にでもされたら厄介だからな。
とにかく、オルセーが人質を考える前に、やつが余裕のある内に倒さないとな。
ゆっくりと体重を前に移す。
「アイスウォール、アイスウォール」
すると、オルセーも魔法を発動。
先程よりやや大きな氷の壁が俺の背後に2つ出現。
『く』の字を描くようにして後ろを遮っている。
「もう逃げ場はないですよ」
確かに、魔力を使えない今は後ろに回避することは不可能だ。
「覚悟してください」
今まで以上の速度で強烈な突きが真正面から向かってくる。
背後には跳び退く空間はない。
なら、前に出るのみ。
中段に構えた剣をそのまま真っ直ぐに突き出す。
突きと突き。
俺の剣か、やつの剣か。
勝負だ!
共にお互いの心臓に狙いを定めた一撃。
平行に進んだ2本の剣がすれ違い白光が飛ぶ!
その瞬間。
両手突きの体勢から右手一本に持ち替え、左の身体を開くようにして右手をさらに突き出す。
もらった!
オルセーの剣が俺の服を掠めていく。
そして、俺の剣がオルセーの左胸に突き刺さった!
「ウグッ!」
狙い違わずオルセーの胸に突き刺さった剣。
ゆっくりと抜き去り、一振り。
血を払う。
力無く膝をつくオルセー。
「コーキさん!」
「オルセーを倒したの!」
「……」
捕らえるつもりだったが、仕方ない。
と、その瞬間。
パリーン!
甲高い音と共にわずかに光を帯びた薄靄のようなものがオルセーを包み込む。
「あれは!?」
ウィルさんの声が響く。
なんだ?
氷の壁とオルセーの両方から距離をとる。
魔法の一種だろうか靄はすぐに晴れていく。
そこには……。
ゆっくりとこちらに顔を向けるオルセー。
しっかりと眼を開いている。
その眼は力に満ちており、苦悶の表情など微塵もない。
何が起こったんだ?
先程の一撃、心臓を突き刺したはず。
確かに手応えはあった。
オルセーの服の左胸の部分も破れている。
俺の剣が通った痕だ。
やつの胸元には……。
血が止まっている。
「……」
「フフフ、ハハハハハ」
さっきまでの剣撃が嘘のように静まり返っていた夕連亭の食堂内に、オルセーのくぐもった様な気味の悪い嗤い声が響き渡る。
嗤いながら立ち上がり、こちらに歩を進めるオルセー。
その姿には、致命傷どころか些少な傷さえも受けた様子がない。
やはり無傷ということか。
本当に意味が分からない。
この夕連亭に来てからというもの、理解できないことが多すぎる。
「どういうことだ?」
「フッ、ハハハハハ」
こいつの嗤い。
相変わらず神経を逆なでしてくれるな。
が、今はそんなことより。
「何をした?」
「コーキさん、ベリニュモナの護宝です」
ウィルさんの声が届く。
ベリニュ……。
何だそれ?
「あなた、大したものだ」
嗤いを止めたオルセー。
その眼は憎悪に燃えている。
「私に護宝まで使わせるとは、恐れ入りましたよ」
「……」
護宝?
だから、それは何なんだ?
「これが無ければ、今頃私は死んでいましたね。剣の腕はあなたの方が上みたいだ。ですがね、命のやり取りは剣や魔法だけでなく己の所持する道具も含めた上でのものなのですよ」
「……そうだな」
そんなことは承知している。
ただ、その護宝とやらの効果が分からないだけだ。
「ああ、これはもう駄目ですね」
胸元から取り出したのは、幾重ものひびが入った親指大の紅玉。
それを無造作に投げ捨てる。
「こうなると、命の担保がないわけですか。こわい、こわい」
命の担保?
それが護宝の効果なのか?
ということは、致命的な一撃の効果を無くすとか、そんな感じか?
「……」
あり得ないだろ、小説や漫画じゃあるまいし。
そんなものが現実に存在するなんて。
とはいえ、ここは魔法が実在する世界。
俺もセーブ&リセットなんて反則のような奇跡を経験した。
なら、あり得る話か。
そもそも、実際に目の前で起こっているしな。
「黙ってしまいましたね。どうしました? 怖気づきましたか?」
「まだ持っているのか?」
「さあ、どうでしょうねぇ」
オルセーの顔には余裕が戻っている。
ということは、まだまだ持っているということか。
「手の内は明かせませんよ。それが命のやり取りというものです」
ああ、そうだったな。
これ程の道具の使用は想定していなかったから、かなり驚いたが…。
確かに、そういうものだ。
「分かったよ」
それでも、致命傷が無効化されるというのはいかがなものかとは思う。
俺が言えた義理じゃないか。
「コーキさん、ベリニュモナの護宝は非常に貴重なものですから、2つも持っているとは思えません」
そうなのか。
ウィルさん、いいアドバイスだ。
「ヨマリ、その小娘を黙らせなさい」
オルセーのこの表情…。
本当に持っていないのかもしれない。
そうなると、あの余裕は。
ただのブラフなのか。
……。
どちらにしても、俺のやることは単純だ。
目の前のオルセーを倒せばいいだけ。
護宝を持っているなら、こいつに致命傷を負わせることなく倒せばいい。
「まあ、いいでしょう。もう手加減はしませんよ」
「ああ」
こちらこそだ。
「あなたは確かに強い。剣だけでそれなのですから、魔法を使えばなおさらでしょう。ですから、ここで完全に摘み取っておきます」
「……」
今度は何をする気だ。
「これは使いたくなかったのですが、仕方ないですね」
何かを握りしめた手をこちらに突きだす。
「……」
また、ベリなんとかの護宝のような道具を使うのか。
それが余裕の理由なのか。
なら、そんなもの使う前に倒してやる。
彼我の距離は5メートル。
発動を阻害するための一撃を放つべく脚に力を入れた、その時。
「アイスウォール、アイスウォール」
俺の前に2つの氷の壁が出現する。
なんだ、さっきと同じ魔法かよ。
拍子抜けしたように気が緩んだ、そのわずかの間に。
「エリルエイルベアサマ、メニケアイニシャ」
奇妙な呪文?
まずい、何かを発動される。
氷を迂回し、オルセーの前に飛び出し。
「リゼンタリネムソウ」
剣を放つ……手が止まった。
「なっ!?」
踏み出した足の着地寸前に足も動かなくなり、そのまま転倒する。
何が?
また何が起こったんだ?
床に身体を打ちつけた痛みなど感じないほどの動揺!
それでも、素早く立ち上がるべく足に力を入れるが……。
力が入らない!?
いや、それどころか、足が動かない。
感覚がない。
……。
手も足も全く動かない!
これは……。





