第23話 夕連亭 8
雷撃が発動しない!
何が起こったんだ?
良く分からない。
分からないが、もう一発だ。
「雷撃!」
……。
やはり発動しない。
すぐ目の前で消えてしまう。
なら、これは。
火炎の球を無詠唱で放つ。
が、やはり消えてしまった。
いったい、どういうことなんだ?
前回はこの雷撃の魔法を使うことができた。
何の問題もなかったのに。
意味が分からない。
分からないが、この場に何らかの力が働いているということか。
そう考えると、少し身体が重い感じもする。
「フフフ」
オルセーが俺の隠れている厨房に近寄って来る。
リルという大男はウィルさんの前で立ち止まったまま、こちらを見つめている。
「厨房に隠れて不意討ちですか」
「……」
「卑怯な手を使ったのは、どこの誰だか知りませんが、とんだ道化ですね。居場所を教えてくれるなんてね」
まいった。
魔法を使えない上に奇襲もできないとは!
……切り替えるしかないな。
オルセーは間違いなく手練れだし、リルという男も侮れないだろう。
それでも、やるしかないのだから。
今回新たに用意した片刃の剣を抜き、ゆっくりと食堂内に歩を進める。
「コーキさん、どうして」
剣を構える大男を目の前にしているのに、ウィルさんはこちらのことを心配してくれている。
「ウィルさん、逃げてください」
現状、ヨマリさんは敵か味方か判別できない。
ウィルさんだけでも逃げてもらえれば。
「そうはさせませんよ。リル、とりあえず眠ってもらいなさい」
「分かった」
言葉を発するやいなや、大男がウィルさんに襲いかかる。
「ウィルさん、危ない」
「そうはさせませんよ」
駆け出そうとする俺の前に立ちはだかるオルセー。
「くっ! 火炎弾」
やはり、発動しない。
「フフ、まだ魔法を使うとは懲りない人ですね」
「ウィルさん!」
「コーキさん、ウッ」
オルセーの背後で、ウィルさんが床に崩れ落ちる。
「!?」
大男に昏倒させられた?
意識を失っているだけだよな。
「まさか、殺していないだろうな」
「お優しいですねぇ。まあ、今は大丈夫ですよ」
「……」
本当だろうな。
「今はですけどね」
それでいい。
無事なら、あとは俺が何とかする。
「オルセーさん、そこまでする必要ないでしょ」
ずっと沈黙を保っていたヨマリさんが、ウィルさんに歩み寄る。
「これ以上のことをすると言うのなら、私にも覚悟があります」
「ほう、どんな覚悟です」
「……」
「大した覚悟ですね。ヨマリ」
「オルセー……」
「まっ、その娘のことは後にしましょうかね」
「リル、こっちに来なさい」
俺の前には、痩せ男オルセーと大男リル。
その後ろに、ウィルさんを庇うようにヨマリさんが立っている。
「ヨマリさん、ウィルさんは大丈夫ですか?」
「ええ、命に別条はないようです」
「よかった」
「でも、コウキさんがなぜここに?」
「それは…」
言葉が出てこない。
このふたりと対峙している状態で、上手くごまかすことなどできそうもないから。
「はい、はい、そんなことは後で私が聞いてあげますよ。たっぷりと身体にね。だから、ヨマリはそこで静かにしていなさい」
「……ウィルの命は助けてくれるのよね」
「うーん、どうしましょう」
「……」
「私の言うことを大人しく聞くなら、少しは考えてあげましょうかねぇ」
まさか、ヨマリさんがオルセー側につくということはないよな。
前回もそんな様子は見えなかったのだから。
……。
いずれにせよ、下手に動かれるとまずい。
ここは静観してもらう方がいい。
「ヨマリさん、そこを動かないでください。この2人は私が何としますので」
「コウキさん」
「フフ、ハハハ、本当にあなたは笑わせてくれますね、道化師さん」
「その気持ち悪い嗤いは止めた方がいいぞ、ガリガリ男」
侮ってくれるなら好都合だ。
憤慨してくれたら、なお好し。
「リル、あの愉快で汚い口を黙らしてあげなさい」
「分かった」
大男が一歩前に出る。
1人ずつ相手をしてくれるのか。
見下してくれて助かるよ。
「でくの坊からか、さあ、かかって来い」
「でくの坊じゃない」
呟くように言い捨てると、大剣を上段に構えて飛び込んできた。
この大男の膂力は半端ない。
俺の持つ安物の剣で下手にいなすと、剣刃に傷がつく恐れがある。
なので。
剣圧を肌に感じながら、一歩跳び退って避ける。
ゴン!
剣が床を破壊する。
が、遅いな。
オルセーと比べたら雲泥の差だ。
この大男、力は侮れないが敏捷性はない。
「おぉ!」
さらに大男の追撃。
これも剣を合わさず避ける。
この速度に対応するのは今の俺でも余裕だが、この後の戦いを考えると大剣と打ち合いたくはない。
また避ける。
さらに避ける。
避けるだけなら容易いもの。
さらに、こいつは隙だらけだ。
罠と思えるくらいに。
ふぅ。
後ろに控えるオルセーがいつ手を出してくるのか?
警戒しながら戦っているのだが、今のところオルセーには動く素振りがない。
本当にこのまま1人で戦うのか。
「何をやっているのです、リル。さっさと片付けてしまいなさい。それとも、助けが必要ですか?」
「いらない」
「そうですか。まあ、逃げ回っている道化にふたりで対するのも興ざめですからね」
避ける。
「そういうことなら、早く片付けなさい。私はここで見ていますからね」
それが嘘でないなら、楽なんだが。
あいつの言葉など信用できない。
まっ、今はこの大男を倒すだけだな。
オルセーには隙を見せず、大男を倒してやる。
大男が大剣を高々と構え、ゆっくり近づいてくる。
「ウィル、気が付いたの?」
ヨマリさんの声にオルセーが振り返る。
と同時に大男の大剣が空気を切り裂く。
好機到来。
大剣を受けることなく前に出て、振り下ろされる寸前に大男の脚を切りつける。
そのまま大剣を掻い潜り、大男の脇に抜けたところで大剣が床に衝突。
ガゴン!
その隙に、大男の手の腱を切り裂く。
「ウッ!」
さらに、返す剣の峰で胸を強打。
そのまま、オルセーを正面に見据える。
よし、仕掛ける隙を与えなかったぞ。
それに、手応えもあった。
「ウグッ!」
大男が床に膝をつく。
胸のあそこを峰で強打すると軽く意識が飛ぶはずだ。
でも、まだ足りないか。
さすが、大男。
もう一丁だな。
今にも倒れそうな大男の顎に掌底を当ててやる。
「……」
大男リルが声もなく床に崩れ落ち昏倒した。
と、正面から。
「おっと」
突き出されたオルセーの細剣を横に跳んで避ける。
正面からの素直な突きをくらうわけがない。
「リルを倒すとは、思ったよりやりますねぇ」
「まだ余裕か」
「当たり前です」
俺の傍らには床に伏すリル、前にはオルセー、さらにオルセーの後ろにはヨマリさんとウィルさん。
「なら、相手をしてもらおうか」
「いつまで大口叩けますかね」
「そっちこそ」
「フン……アイスアロー」
えっ?
魔法?
って、危ない。
驚きで一瞬身体が止まってしまった。
「ほう、今のを避けますか?」
俺の服をかすめた氷の矢が厨房の方に飛んでいく。
危うく当たるところだった。
でも、こいつが魔法を使えるなら。
「雷撃!」
また、消えた。
……。
「残念ですねぇ。あなたは使えそうにないです」
どういうことだ?
あいつは魔法を使えるのに、こっちが使えないというのは?
「私は使えますけどね」
「その魔法が余裕の理由か」
「どうでしょうかねぇ。まっ、あなたもあれを避けるとは大したものですよ」
「……」
まだまだ何かを隠し持っているみたいだな。
前回同様こいつが奥の手を出す前に倒したいところだが、こちらだけ魔法を使えないという状況は簡単なものではない。
素早い奴だから、逃げに専念されると魔法なしでは難しいものもある。
となると、油断させてカウンター狙いになるか。
魔法さえ使えたら、こっちの速度を上げることも可能なんだが。
「さて、これはどうです。アイスウォール、アイスボール」
俺の右側に2メートル四方の氷の壁が出現。
正面からは野球のボール大の氷の塊が飛んでくる。
そして、その後ろからオルセーの刺突!
左に避けるのは、当然読まれている。
なら、こうだ。
氷の塊を剣の峰ではじき飛ばし。
突っ込んでくるオルセーの剣先を身をねじることで回避。
ほぼゼロ距離で胸に掌底。
大男と同じように意識を刈り取りにいく。
「オボッ」
掌底は胸に当たったが……。
こいつ、突っ込んできた勢いを消すようにして後ろに跳んだ!
おかげで掌底の手応えはすこぶる悪い。
しかし、すごい動きだ。
まるで曲芸のよう。
前回も感じたことだが、こいつの身のこなしは侮れない。
今回はそこに魔法と剣を織り交ぜてくる。
厄介だな。





