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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第1章  オルドウ編
23/701

第23話  夕連亭 8



 雷撃が発動しない!


 何が起こったんだ?


 良く分からない。

 分からないが、もう一発だ。


「雷撃!」


 ……。


 やはり発動しない。

 すぐ目の前で消えてしまう。


 なら、これは。

 火炎の球を無詠唱で放つ。


 が、やはり消えてしまった。


 いったい、どういうことなんだ?


 前回はこの雷撃の魔法を使うことができた。

 何の問題もなかったのに。

 意味が分からない。


 分からないが、この場に何らかの力が働いているということか。

 そう考えると、少し身体が重い感じもする。


「フフフ」


 オルセーが俺の隠れている厨房に近寄って来る。

 リルという大男はウィルさんの前で立ち止まったまま、こちらを見つめている。


「厨房に隠れて不意討ちですか」


「……」


「卑怯な手を使ったのは、どこの誰だか知りませんが、とんだ道化ですね。居場所を教えてくれるなんてね」


 まいった。

 魔法を使えない上に奇襲もできないとは!


 ……切り替えるしかないな。


 オルセーは間違いなく手練れだし、リルという男も侮れないだろう。

 それでも、やるしかないのだから。


 今回新たに用意した片刃の剣を抜き、ゆっくりと食堂内に歩を進める。


「コーキさん、どうして」


 剣を構える大男を目の前にしているのに、ウィルさんはこちらのことを心配してくれている。


「ウィルさん、逃げてください」


 現状、ヨマリさんは敵か味方か判別できない。

 ウィルさんだけでも逃げてもらえれば。


「そうはさせませんよ。リル、とりあえず眠ってもらいなさい」


「分かった」


 言葉を発するやいなや、大男がウィルさんに襲いかかる。


「ウィルさん、危ない」


「そうはさせませんよ」


 駆け出そうとする俺の前に立ちはだかるオルセー。


「くっ! 火炎弾」


 やはり、発動しない。


「フフ、まだ魔法を使うとは懲りない人ですね」


「ウィルさん!」


「コーキさん、ウッ」


 オルセーの背後で、ウィルさんが床に崩れ落ちる。


「!?」


 大男に昏倒させられた?

 意識を失っているだけだよな。


「まさか、殺していないだろうな」


「お優しいですねぇ。まあ、今は大丈夫ですよ」


「……」


 本当だろうな。


「今はですけどね」


 それでいい。

 無事なら、あとは俺が何とかする。


「オルセーさん、そこまでする必要ないでしょ」


 ずっと沈黙を保っていたヨマリさんが、ウィルさんに歩み寄る。


「これ以上のことをすると言うのなら、私にも覚悟があります」


「ほう、どんな覚悟です」


「……」


「大した覚悟ですね。ヨマリ」


「オルセー……」


「まっ、その娘のことは後にしましょうかね」


「リル、こっちに来なさい」


 俺の前には、痩せ男オルセーと大男リル。

 その後ろに、ウィルさんを庇うようにヨマリさんが立っている。


「ヨマリさん、ウィルさんは大丈夫ですか?」


「ええ、命に別条はないようです」


「よかった」


「でも、コウキさんがなぜここに?」


「それは…」


 言葉が出てこない。

 このふたりと対峙している状態で、上手くごまかすことなどできそうもないから。


「はい、はい、そんなことは後で私が聞いてあげますよ。たっぷりと身体にね。だから、ヨマリはそこで静かにしていなさい」


「……ウィルの命は助けてくれるのよね」


「うーん、どうしましょう」


「……」


「私の言うことを大人しく聞くなら、少しは考えてあげましょうかねぇ」


 まさか、ヨマリさんがオルセー側につくということはないよな。

 前回もそんな様子は見えなかったのだから。


 ……。


 いずれにせよ、下手に動かれるとまずい。

 ここは静観してもらう方がいい。


「ヨマリさん、そこを動かないでください。この2人は私が何としますので」


「コウキさん」


「フフ、ハハハ、本当にあなたは笑わせてくれますね、道化師さん」


「その気持ち悪い嗤いは止めた方がいいぞ、ガリガリ男」


 侮ってくれるなら好都合だ。

 憤慨してくれたら、なお好し。


「リル、あの愉快で汚い口を黙らしてあげなさい」


「分かった」


 大男が一歩前に出る。

 1人ずつ相手をしてくれるのか。

 見下してくれて助かるよ。


「でくの坊からか、さあ、かかって来い」


「でくの坊じゃない」


 呟くように言い捨てると、大剣を上段に構えて飛び込んできた。

 この大男の膂力は半端ない。

 俺の持つ安物の剣で下手にいなすと、剣刃に傷がつく恐れがある。


 なので。


 剣圧を肌に感じながら、一歩跳び退って避ける。


 ゴン!


 剣が床を破壊する。


 が、遅いな。

 オルセーと比べたら雲泥の差だ。


 この大男、力は侮れないが敏捷性はない。


「おぉ!」


 さらに大男の追撃。

 これも剣を合わさず避ける。

 この速度に対応するのは今の俺でも余裕だが、この後の戦いを考えると大剣と打ち合いたくはない。


 また避ける。

 さらに避ける。


 避けるだけなら容易いもの。

 さらに、こいつは隙だらけだ。

 罠と思えるくらいに。


 ふぅ。


 後ろに控えるオルセーがいつ手を出してくるのか?

 警戒しながら戦っているのだが、今のところオルセーには動く素振りがない。

 本当にこのまま1人で戦うのか。


「何をやっているのです、リル。さっさと片付けてしまいなさい。それとも、助けが必要ですか?」


「いらない」


「そうですか。まあ、逃げ回っている道化にふたりで対するのも興ざめですからね」


 避ける。


「そういうことなら、早く片付けなさい。私はここで見ていますからね」


 それが嘘でないなら、楽なんだが。

 あいつの言葉など信用できない。


 まっ、今はこの大男を倒すだけだな。

 オルセーには隙を見せず、大男を倒してやる。


 大男が大剣を高々と構え、ゆっくり近づいてくる。


「ウィル、気が付いたの?」


 ヨマリさんの声にオルセーが振り返る。

 と同時に大男の大剣が空気を切り裂く。


 好機到来。


 大剣を受けることなく前に出て、振り下ろされる寸前に大男の脚を切りつける。

 そのまま大剣を掻い潜り、大男の脇に抜けたところで大剣が床に衝突。


 ガゴン!


 その隙に、大男の手の腱を切り裂く。


「ウッ!」


 さらに、返す剣の峰で胸を強打。

 そのまま、オルセーを正面に見据える。

 よし、仕掛ける隙を与えなかったぞ。


 それに、手応えもあった。


「ウグッ!」


 大男が床に膝をつく。

 胸のあそこを峰で強打すると軽く意識が飛ぶはずだ。


 でも、まだ足りないか。

 さすが、大男。

 もう一丁だな。


 今にも倒れそうな大男の顎に掌底を当ててやる。


「……」


 大男リルが声もなく床に崩れ落ち昏倒した。


 と、正面から。


「おっと」


 突き出されたオルセーの細剣を横に跳んで避ける。

 正面からの素直な突きをくらうわけがない。


「リルを倒すとは、思ったよりやりますねぇ」


「まだ余裕か」


「当たり前です」


 俺の傍らには床に伏すリル、前にはオルセー、さらにオルセーの後ろにはヨマリさんとウィルさん。


「なら、相手をしてもらおうか」


「いつまで大口叩けますかね」


「そっちこそ」


「フン……アイスアロー」


 えっ?

 魔法?


 って、危ない。

 驚きで一瞬身体が止まってしまった。


「ほう、今のを避けますか?」


 俺の服をかすめた氷の矢が厨房の方に飛んでいく。

 危うく当たるところだった。


 でも、こいつが魔法を使えるなら。


「雷撃!」


 また、消えた。


 ……。


「残念ですねぇ。あなたは使えそうにないです」


 どういうことだ?

 あいつは魔法を使えるのに、こっちが使えないというのは?


「私は使えますけどね」


「その魔法が余裕の理由か」


「どうでしょうかねぇ。まっ、あなたもあれを避けるとは大したものですよ」


「……」


 まだまだ何かを隠し持っているみたいだな。


 前回同様こいつが奥の手を出す前に倒したいところだが、こちらだけ魔法を使えないという状況は簡単なものではない。


 素早い奴だから、逃げに専念されると魔法なしでは難しいものもある。

 となると、油断させてカウンター狙いになるか。


 魔法さえ使えたら、こっちの速度を上げることも可能なんだが。


「さて、これはどうです。アイスウォール、アイスボール」


 俺の右側に2メートル四方の氷の壁が出現。

 正面からは野球のボール大の氷の塊が飛んでくる。

 そして、その後ろからオルセーの刺突!


 左に避けるのは、当然読まれている。

 なら、こうだ。


 氷の塊を剣の峰ではじき飛ばし。

 突っ込んでくるオルセーの剣先を身をねじることで回避。

 ほぼゼロ距離で胸に掌底。

 大男と同じように意識を刈り取りにいく。


「オボッ」


 掌底は胸に当たったが……。


 こいつ、突っ込んできた勢いを消すようにして後ろに跳んだ!

 おかげで掌底の手応えはすこぶる悪い。


 しかし、すごい動きだ。

 まるで曲芸のよう。


 前回も感じたことだが、こいつの身のこなしは侮れない。

 今回はそこに魔法と剣を織り交ぜてくる。


 厄介だな。




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― 新着の感想 ―
[良い点] オルセーとの手に汗握るやり取りがとても楽しかったです。読者としてはさらにヨマリさんが何考えてるか分からないということもあって、さらに緊迫です。戦闘の駆け引きの病者がいつもとてもお上手で、勉…
[良い点] 空間が魔法が使えないのではなく、コーキさんだけが魔法を使えないようですね。 使えないのに何か、深い理由がありそうですね!? 大男の名前はリルだから、意外とかわいいんですよね。 武器は大剣…
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