第22話 夕連亭 7
21話後半で登場したベリルさんは、10話で名前だけ登場している夕連亭の主人です。
「はあ、はあ、はあ……」
首は……?
大丈夫だ。
血は出ていない。
問題ない。
生きてる!
「はあ、はあ……」
今回もリセットに助けられた。
くそっ、またも!
同じことを……。
……。
……。
で、ここは、路地裏じゃない!?
どこだ?
室内??
「……」
そうだった、夕連亭の部屋でセーブしたんだ。
頭が働いていないな。
今回も死にかけたのだから、まあ……。
2度同じような経験をしたが、こんなものは慣れるものじゃない。
慣れたくもない。
それでも、1度目よりはまし、か。
そう……。
前回よりは苦しくない。
呼吸ももう落ち着いてきたし、恐怖もそれほど残っていない。
パニックになるような感じもしないな。
ただ、こうして戻って来た違和感が少し残っているだけ。
……。
やっぱり、少し慣れたのか?
そうかもしれないな。
これ以上経験したくはないが。
ともあれ、前回の様な醜態をさらさずに済むのは助かる。
しかし、今回もやられてしまった。
油断していた。
情けない。
……。
ヨマリさんかぁ。
犯人はあの2人組だと断定してしまっていた。
俺を斬った相手があの2人組とは限らないのに。
本当に甘い。
命がかかっている状況で油断するなんて。
これで2度目。
セーブ&リセットがなかったら、2度死んでいるところだ。
これでもかというくらい異世界への準備をしてきたつもりだったのに。
「はぁ」
……。
でも、それでもだ。
こうして生きている。
自分の力ではなく、神様のおかげではあるけれど。
またやり直せる。
なら、今回はまっすぐ進んでいこう。
恐怖も不安も1度目ほどではないのだから。
すぐに行動に移せるはず。
そして、今度こそやり遂げてみせる。
今度こそだ。
まずは、少し落ち着いて現状確認。
「ステータス」
有馬 功己 (アリマ コウキ)
20歳 男 人間
HP 110
MP 155
STR 183
AGI 125
INT 211
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解
<所持金>
1、170メルク
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
やはり、セーブ&リセットは残っていない。
次に失敗したら終わりだ。
そう、死ぬかもな。
……。
決意が萎えかける。
……。
いや、違うぞ。
何のために異世界に来たのか。
それを前回のことで充分確認したはずだろ。
なら、迷うことはない。
失敗が許されない状況でも、それは同じだ。
まずは、日本に戻ってから。
それからだ。
**********
<ベリル視点>
「よく見つけられたもんだな」
深夜。
ヨマリが宿を訪れたその夜。
皆が寝静まった時間に私の部屋に顔を出した。
「予言があったからよ。それに、あの子、少し変な魔力を持っていたから」
「それも超越者の特徴だったか」
「そういうこと」
予言の話をしたかったようだ。
私も少し話しておきたかったから、丁度いい。
「しかし、予言には時刻までは記されていなかっただろうに」
「今日という日が分かっていれば何とでもなるわ。私にとっては楽な仕事よ」
「ヨマリなら、そうかもな」
確かに、ヨマリなら問題ないのだろうな。
「私以外でも同じよ」
「俺は無理だぞ」
「あなたは例外でしょ、ベリル」
「フッ、そうだな」
「でも、本当にあの子が予言の子なのかしらね」
「『死ヲ超越セシモノ、漆黒ヲイタダキ、オルドウニオリタツ』だったか」
「ええ、そう。でも、漆黒ってあの髪色のことかしら?」
「それ以外に黒という色はないな」
「確かに、黒という髪色は珍しいけれど、漆黒をいただくという表現がねぇ」
「まあ、予言とはそういうものだ」
予言とは総じて曖昧な表現が多いもの。
「そうね…」
「ああ」
まだ何かを考えているようなヨマリの表情。
「どうした」
「死を超越……。あの子が死を超越しているのかしら。あなたも気になるでしょ」
それは気になる。
が、おそらく……。
「分からないわねぇ」
「それはそうだ。試してみなけりゃ分からんだろ」
「その通りだわ。殺してみる?」
「物騒だな」
「一族には必要なことよ」
「……」
ヨマリなら、やりかねない。
十分にそれが理解できる。
「でも、あの子のこと気に入っちゃったから、死んでほしくはないのよね」
「それなら、止めておけばいい」
「そうね……。今のところは様子見になるかしら」
「そうしておけ」
「ええ」
**********
「ふぅ、今回はすんなり戻ってくることができた」
夕連亭の一室、俺が借りている部屋の中。
オルドウの時間で3刻。
事件が起こる日の早朝だ。
「3度目の朝だな」
2度目のリセットの後、いったん日本に戻り休憩。
ゆっくりと考えをまとめ、その後は前回とほぼ同じように行動し当日を迎えた。
「肉体的にも精神的にも問題ないはず」
あのトラウマは乗り越えた…多分。
……。
セーブがないのは正直言うと不安ではある。
だからと言って、することに変わりはない。
今回失敗したら次はないが、後戻りせず前だけ向いて進もう。
「コーキさん、おはようございます。お早いですねぇ、よく眠れましたか」
「おはようございます。おかげさまでよく眠れました」
真実を知ってみると、ウィルさんは確かに女性だな。
こんな美しい女性が男性であることに疑いを持たなかったなんて、自分の見る目の無さにあきれる。
まあ、その服装や本人と周りの態度で、思い込んでしまったんだろうけど。
ホント、ウィルさんのことといい、死への恐怖心といい、脳というのは厄介なもんだ。
こっちが制御していると思っていたら、逆に制御されていたんだからな。
「そうでしょう、ウチの宿のベッドは寝心地が自慢なんですよ」
「良いベッドですね」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ああ、朝食はもうすぐできますので、少し待っていてくださいね」
いい笑顔だ。
この笑顔を守らないとな。
食堂の椅子に腰を掛け朝食を待っていると。
「おはようございます、コウキさん」
ヨマリさん……。
今は屈託のない微笑みを見せてくれる。
この人が……。
「……おはようございます」
「御一緒してよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
思う所はもちろんあるが、この時間の流れの中では昨夜一緒に夕食を楽しくいただいた翌朝になる。断るのもおかしいだろう。
「コウキさんは、もうしばらくオルドウに滞在されるのですよね」
「そうですね、オルドウでゆっくりする予定です」
ヨマリさんとウィルさんには、旅の途中でオルドウに立ち寄ったという設定を伝えている。
「でしたら、ぜひ訪れていただきたい場所がありますので、後ほどお伝えしますね」
この時点では、良い関係が築けてるんだよな。
「ありがとうございます」
「コウキさんにオルドウを楽しんでいただければ、私も嬉しいです」
「もう十分楽しんでいますよ」
しかし……。
あんなことがあったのに。
どうしてだろう?
なぜか、憎めない。
「ああ、朝食がきましたね」
「そうですね、いただきましょうか」
朝食後、場所を記したメモを渡してくれたヨマリさんは部屋に戻っていった。
こちらは食堂でゆっくりお茶を飲みながら、食堂内の人々を観察中。
特に気になることはないな。
さらに、ゆっくり過ごしている内に食堂内に残る客は俺だけになってしまった。
「お客さん、エピ茶が気に入りましたか?」
この宿の主人のベリルさん。
少し話をしたかったんだ。
「そうですね」
この世界の紅茶なのかな。味は烏龍茶に近いが、違和感なく口にすることができる。
「そうですか。では、もう1杯入れましょう」
「ありがとうございます。ところで、こちらの宿は営業を始めて長いのですか」
「もう10年近くなります」
「長く営業されているのですね」
「まだ、10年ですから。オルドウの宿の中では新興ですよ」
「なるほど」
「ベリルさんは、その当時から?」
「そうですね、宿を始めた頃からですね」
色々と雑談をしたのだが、今夜につながるような情報は見つけることができなかった。
ただ……。
このベリルさんから醸し出される雰囲気は、宿屋の主人のそれではない。
初めて夕連亭に来た頃は、異世界に浮かれていたためか何も気づかなかったが、今こうして眺めてみると、ベリルさん、ヨマリさん、ウィルさん、全員が一般的な市民の持つ雰囲気とは異なるものを持っているような気がする。
もちろん、みんな隠してはいるけれど。
もっとも、2度もあんな目にあった俺が疑心暗鬼になっているだけなのかもしれない。
それほど、彼らの隠し持つ雰囲気は些細なものなのだ。
ベリルさんとの会話の後、するべき事を色々とこなしたが、結局新しい情報を得ることはできなかった。
そこはまあ、あまり期待していなかったので問題はない。
やることは充分分かっているのだから。
ちなみに、空いている時間は、1度目と同じような行動をとって過ごした。
そうして迎えた夜。
前回同様、まずは厨房の片隅に身を潜め成り行きを見守ることにする。
あの2人組にしろヨマリさんにしろ、何の行動も起こさない内から拘束することなんてできないのだから。
いや、やろうと思えばできるか。
とはいえ、理由を説明できない。
何の罪も犯していない相手を倒して拘束。
それは犯罪だな。
なので、今は待つだけ。
今回はリセットを使えない。
だから、慎重に。より慎重に。
常に油断せず、周囲の気配を察知し続ける必要がある。
……。
死への恐怖は今も俺の心の奥に確実に存在する。
リセットを使えない現状ではなおさらだ。
が、もうそれは考えない。
今に集中。
これからのことに集中だ。
1時過ぎ、食堂の入り口の方から物音。前回と全く同じ。
ウィルさんとヨマリさんが入って来た。
「母さん、こんな時間に何なの?」
「話があるって言ったでしょ」
「部屋ですればいいのに」
話の内容も前回と同じように進んでいる。
……。
……。
2度も盗み聞きしているようで、何とも妙な気分になってくる。
おっと、あいつらが入って来たようだ。
「はい、はい、そこまで」
すごいな。
この2人組の気配遮断は見事としか言いようがない。
分かっていても察知が難しいレベルなのだから。
俺も気配を消すことができるけど、ここまでは無理だと思う。
「もういいでしょう。それくらいで」
どうやって気配を消しているんだ?
ギフト的なものか、それとも鍛錬の成果か。
「オルセーさん、どうして? 明日の朝の予定でしょ」
「それはあくまで予定でして。そんな予定よりですね、我々に不利益が生じる場合は速やかにその禍根を絶たないといけませんので」
「母さん、誰なの?」
「ウィル、ここは母さんに任せて、少し黙っていて」
……。
……。
話は続いているが、もうすぐだ。
こっちの準備は万端。
「何をする気?」
よし。
「リル、娘をやりなさい」
前回より少し早め。
大男が剣に手をかけた瞬間に。
「雷撃!」
雷光が走り大男に直撃…しない!
それどころか、発動しかけた魔法がすぐ目の前で霧散した!?





