第20話 夕連亭 5 ※
「心を落ち着けて聞いて。あなたのお父さん……」
「……」
「生きているの」
「えっ!?」
「本当は今も生きているの」
「……」
「ごめんなさい。今まで隠していて」
「そんなの……。そんなの聞いてないわ。誰に何度聞いても、父さんも亡くなったって言ってたのに」
「そうね」
「……」
「お父さんのことは秘密にする、これはあなたを私に託した姉さんの遺言だったから」
「どうして?」
「それは言えないの」
「じゃあ、それはいい。それより、本当のお父さんは誰なの? それも分かっているんでしょ」
「それも今は話せないわ」
「どうして? そこまで言ったなら話してよ」
「……」
「言えないなら、なぜ今そんな話をしたの?」
「…あなたのお父さんがあなたを探している。近々、使いの者があなたに接触するかもしれないの」
「……」
「もし接触されたら、あなたはどうする?」
「どうするって……お父さんに会いに行くに決まってるわ。そうすれば、誰がお父さんなのか分かるから」
「それを止めたら」
「止めても行く。って、どうして止めるの? そんなに知られたくないの?」
「ウチの事情よ。あなたにも分かるでしょ」
「父さんに会うことが一族の不利益になることなの?」
「……」
「どうなのよ?」
「事情があるのよ。察しなさい」
「いやよ」
「ウィル、酷なことを言っているのは承知しているわ。でも、一族のためなの。だから、会うのを止めて欲しい」
「どうして? ちゃんと理由を教えてよ」
「会わないと約束してくれるまで言えないわ」
「会うぐらい問題ないでしょ。駄目な理由は何なのよ?」
「少し落ち着きなさい。それと口調が戻ってるわよ」
「私は落ち着いてるわよ。それに今は母さんだけしかいないじゃない」
「それでもよ。あなた何のために訓練してきたの。それらしい言葉を使いなさい」
「……分かった」
「とにかく、あなたがお父さんに会わないと約束してくれるまで詳細は話せないわ」
「そんなの卑怯よ!」
「……」
「……使いの者に会ったら聞くわよ」
「会わせないわ」
「そんなこと」
「はい、はい、そこまで」
突然、2つの影が現れた。
「もういいでしょう。それくらいで」
ヨマリさんとウィルさんが腰かけたテーブルの横に突如現れた2人の影。
音もなく食堂の中に入り、気配を感じさせない動きで接触してきた。
今回は他者の介入を予想して注意していたから気付けたものの、ウィルさんとヨマリさんの会話だけに集中していたら見逃していたかもしれない。
やはり、気配を消すことができる相手だったんだな。
しかも、驚くべきレベル。
……。
で、この2人は夕食中にヨマリさんが気にしていた2人組のようだ。
こいつらが犯人なのか?
いや、まだ確定じゃないな。
限りなく黒に近いとは思うが……。
とにかく、今は気配を消して目の前の事態に備えるだけ。
いつでも仕掛けられるように、魔法と道具、武器の準備を整える。
「オルセーさん、どうしてここに? 明日の朝の予定でしょ」
「それはあくまで予定でして。そんな予定よりですね、我々に不利益が生じる場合は速やかにその禍根を絶たないといけませんので」
「母さん、誰なの?」
「ウィル、ここは母さんに任せて、少し黙っていて」
「……」
「ハハ、仲が良くていいですなぁ」
「ええ、こっちは仲よく話し合いの最中よ。だから、明日まで待ってもらえるかしら」
オルセーと呼ばれた痩せぎすの男は両手を上げておどけた仕草。
余裕だな。
もう1人の大男は黙ってオルセーの傍らに立っている。
「決裂しそうじゃないですか」
「そんなことないわ」
「いやいや、さっきから聞いてましたけど、娘さん、全く了承する気がないですよね」
えっ?
娘さん?
どういうことだ?
「いいえ、分かってくれるわ。そうよね、ウィル」
「……ええ」
「ハハハ、それは無理な話というものです。ここで頷いても、後々きっと会いに行くでしょうからね。娘さんのさっきの態度を見たら明らかです」
「そんなことはさせない」
「それが無理だと言っているのですよ。ヨマリさん、あなたも分かっているでしょうに」
「……そんなこと、ないわ」
娘という言葉については誰も否定しない。
とすると、ウィルさんは女性ということになるのか。
確かに、ウィルさんは中性的で整った容姿ではあるけれど。
ちょっと混乱してしまう。
……。
いや、今はそんな場合じゃないぞ。
ウィルさんが男性でも女性でも関係ない。
この場に集中しないと。
「はあ~、もういいです。こちらは、この娘を探し出すまで随分苦労したんですからね。この状況で取り逃がすわけにはいきません」
「何をする気?」
「そんなの、決まってます」
「……」
「母さん、いったい何なの?」
「ウィル、こっちに」
ウィルさんを庇うように身構えるヨマリさん。
「面倒なのは嫌いなんですよ」
「母さん!」
「リル、娘をやりなさい」
痩せ男の言葉に、飛び出した大男が剣を振り上げる、が。
させるか!
「雷撃!」
俺の右手から青紫の光が走る。
この距離で背後から放った雷撃が外れるわけもない。
「ウウッ」
大男に直撃。
そのまま床に倒れ伏し、昏倒。
「えっ! 何?」
「魔法!?」
「誰だ!?」
驚くウィルさんとヨマリさん。
痩せ男オルセーは、厨房を睨んでいる。
なら、これでどうだ。
「雷撃!」
大男が倒れ警戒していたオルセーに紫光が迫る。
刹那、左に身をねじるようにして跳躍。
なっ?
避けた。
10メートルもないこの近距離で、雷撃を避けた。
すごいな。
地球の常識では考えられない身のこなしだ。
「危ないですねぇ」
片膝で立ちながら、軽い調子で語りかけてくる。
雷撃を受けても余裕なのか。
「仕事の邪魔をしたのは、誰ですかね?」
腰に佩いていた細剣をこちらに向けてくる。
「……」
口調とは裏腹に、その細剣に込められた剣気は只者じゃない。
気配の消し方といい、跳躍しての回避といい、間違いなく一流だ。
想像通り、いや、想像以上の手練れかもしれない。
となると、もう一度魔法を撃つか?
どうするべきか?
「うん? ああ、食堂でヨマリと一緒にいた方ですね」
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「そうだ」
気付かれたのなら、隠れている必要はない。
「ヨマリ、これはどういうことです? まさか、漏らしたのでは? それに、魔法が使えるということは解除しているのですか?」
こちらから目を離さず、ヨマリさんに詰問する。
「分からないわ」
「分からないでは、こちらが困るんですよ」
「……」
「フム、まあいいでしょう。捕らえて尋問すればいいだけですからね」
突如、殺気が膨れ上がり。
次の瞬間、一気に距離を詰めてくる。
速い!
その速度のまま俺の首元に剣が振るわれる。





