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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第4章  異能編
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第196話  依頼


 ベールを外したセレス様を見て、「白と黒」と呟いたフォルディさん。

 白は当然、セレス様のことを指しているのだろう。

 なら、黒は何なんだ?


 まさか、俺?


 いや、それはおかしいな。

 フォルディさんが俺のことを黒なんて表現したことは、これまで一度もないのだから。


 しかし、だとしたら……。



「そりゃあ、見惚れるよなぁ。何といっても、セレス様の美しさは特別だからさ」


 うん?

 ああ、フォルディさんが見惚れたって話か。


「アル、何を言っているのですか」


「えっ? 本当のことですよ」


「アル……」


「アル君の言う通りです。セレス様のお姿に、思わず見惚れてしまいました」


「……」


「すみません。失礼だとは分かっているのですが、つい」


「フォルディさん、そんなこと……」


「セレス様の美しさに魅了されない者はいないと、わたしも思いますよ」


「シアまで何を言い出すの!」


「セレス様、これは本当のことですから」


「そうです、そうです!」


「もう……」


 微笑ましい会話のはずなのに、フォルディさんの顔からは笑顔が消えている。


「……お茶にしましょ。シア、準備はまだかしら」


「ここに、できておりますよ」


「それなら、お出しして」


「はい。コーキ先生、フォルディさん。お茶菓子と一緒にお召し上がりください」


「シア、ありがとう」


「……ありがとうございます」


 その後。

 お茶を飲みながら世間話をして時間を過ごしたのだが、フォルディさんだけは心ここにあらずといった様子だった。


 さりげなく白と黒について聞いても、言葉を濁すだけだった。


 やはり、何かあるのか?

 フォルディさんのことは疑いたくないが……。


 いや、ここは慎重に考えないといけないぞ。

 何と言っても、セレス様はテポレン山で命を狙われているんだ。

 些細なことでも見逃せない。


 とはいえ……。


 フォルディさんをはじめ、エンノアの人たちがセレス様に害意を持っているとも思えない。


「……」


 気をつけるしかないか。

 ああ、今後は少し気をつけながらフォルディさんとエンノアの様子を見ることにしよう。



「では、ボクはこれで失礼します」


「もう帰られるのですか?」


「すみません、少し用事がありまして……」


「それでしたら仕方ありませんね。シア、お見送りを」


「はい」


 フォルディさんが帰るというなら。


「私もお(いとま)しますね」 


「コーキさんも、このあと御用が?」


「いえ……」


 用事という程じゃない。

 フォルディさんに話を聞こうと思っただけだ。

 まっ、さっきの様子だと何も答えてくれないだろうけれど。


「でしたら、少しお時間をいただけないでしょうか?」


 セレス様がこんなことを言うとは、珍しい。


「……ええ。問題ありません」


「よかった」






「実は、話がありまして」


 屋敷をあとにするフォルディさんを玄関で見送り、さっきの部屋に戻ると。

 さっそくセレス様が切り出してきた。

 

「はい?」


「それは……」


「セレス様、わたしからお話しましょうか?」


「そうね。お願いするわ、シア」


「はい、お任せください」


 何の話だ?


「話というのはワディンの情勢についてです」


「……」


「ここまで、わたしたちを助けていただいたコーキ先生にはお伝えした方が良いと思いまして」


「……なるほど」


 この世界の貴族家の事情に興味はないし、しばらくは関わるつもりもなかったが、セレス様の家となるとそうも言ってられない。


「わたしたちが得た情報によりますと……。ワディン領都近郊でレザンジュ王軍との戦闘が始まったようです」


 そうか。

 ついに始まったか。


「戦況は?」


「まだ小競り合いの段階ではありますけど、ワディンが優勢だと聞いています」


 そうか!


「本格的な戦闘には程遠いですが、それでも序盤の戦況は悪くありません」


 良い情報じゃないか。

 なのに、浮かない顔だな。


「ただ、王軍はこちらの想定以上の大軍勢のようなので……」


「……」


 シアの得た情報によると、王軍は想定の倍以上の大軍でワディン領都近郊に陣取っているらしい。

 今回の遠征は牽制的な意味合いの侵攻ではなく、本気でワディンを攻略するつもりだってことか。


「ですので、本番はこれからになります」


 なるほど。

 序盤の優勢に浮かれてる場合ではないな。


「……」


「もちろん、地の利は我らにあります。領城の防備も万全ですから、王軍が大攻勢を仕掛けてきても撃退できるはずです」


「敵は想定以上の大軍ではあるものの、撃退できる状況ではあると?」


「……はい」


「それなら、悪い状況ではないだろ?」


「それが……王軍は長期戦を狙っているようなんです」


 長期戦?

 その大軍勢で長期戦を?


「どうして分かるんだ?」


「布陣から見て明らかだと、そう伝え聞きましたので」


 そこまでの情報を得ているんだな。


「しかし、長期戦だとまずいのか? 領城での守備戦なら長期でも問題ないのでは?」


「兵糧です」


 ああ、そういうことか。


「兵糧はどれくらい持つ?」


「正確なことは、分かりません」


「……」


「ですが、領城には30日程度耐えられるだけの糧食は常備しているはずです。今回はあらかじめ戦支度をしていましたから、それ以上はあるかと」


「なら、問題ないじゃないか」


「王軍は、30日でも60日でも戦うつもりのようなんです」


 そこまで!

 レザンジュ王家がワディンにそれだけの価値を見出しているとは……。


「領都ワディナートを落とすまでは撤退しない。そういうことだな?」


「おそらくは……。もちろん、ワディンが王軍を壊滅させれば話も違ってきますけど」


「簡単ではない、か」


「……はい、兵力差を考えると籠城戦が基本になると思いますので」


「……」


 これは難しい戦いになりそうだぞ。

 とはいえ。


「いずれにしても、先は長そうだな」


「そうなると思います」


「なら、今悩んでも仕方ないな。今後は戦況を注視して、できることだけ考えればいい」


 もちろん、3人でできることなど限られてはいるだろうが。


「……はい」


「コーキさんの良いこと言うよな。ってことで、今考えても無駄だぞ、姉さん」


「……」


「昨日も言ったけどさ。おれたちは、オルドウでやれることをやるしかない。そうだろ」


「……ええ」


「セレス様にも昨日話しましたよね」


「……」


「ここはもう、ゆっくり朗報を待ちましょうよ。30日以上悩んでも仕方ないですし。それに、せっかく無事にオルドウに着いたんですから、今は元気に過ごすことが一番だと思いますよ」


「そう、ね」


「そうですよ!」


「本当に……。コーキさんとアルの言う通りだわ。私たちがここで鬱々と暮らしても何も変わらないのだから。それなら、気を楽にして過ごした方がいい。そして、朗報を待ちましょうか」


「で、もしもの場合にも一応備えておくってことで」

 

「ええ」


 実際のところ。

 オルドウにいる彼女たちが悩んでも、落ち込んでも、良いことなど何もない。

 健全に日々を過ごし、時を待つしかないんだ。

 アルの言う通りだよ。



「コーキさん、これは私たちの問題ですのに、申し訳ありません」


「いえ、今は私の問題でもありますから」


「……ありがとうございます」


「感謝されることじゃないですよ」


「……」


「ところで、この情報はいつ入手したのですか?」


「昨日です」


「では、さっきのお茶会は無理をされてたんですね」


「それは……少しはそうかもしれません」


「……」


「実は昨日も3人で話をして、切り替えたつもりだったんです。それなのに、一度考え始めると……駄目ですね」


「けど、もう平気なんでしょ」


「ええ、もう平気です!」


「そもそも、セレス様も姉さんも悩む必要はないんだって。 ワディン領軍が王家の兵を追い払ってくれるからさ。数ばかりの烏合の衆の王軍と違って、領軍には精鋭が沢山いるんだから」


「ふふ、そうね、アル」


 そう言って笑顔を浮かべるセレス様。


「へへ、セレス様は笑顔が一番ですよ」


「アルの言う通り、セレス様には笑顔が一番お似合いです!」


「アルもシアも、そんなことばかり言って……」


 アルは大したものだ。

 完全に空気を変えてしまったよ。

 俺じゃあ、こう上手くは話せないな。




「ところで、コーキ先生。次の魔法の授業はいつになりそうですか?」


「……」


 そういえば、最近指導していなかったか。


「明日なら時間が取れそうだが、シアの都合はどうだ?」


「明日は……。セレス様、明日、少し出かけてもよいでしょうか?


「ええ。もちろんよ」


「ありがとうございます」


 シアの嬉しそうな顔を見ていると、申し訳ない気持ちになってくるな。

 まあ、明日はしっかり指導できるはずだから、許してくれよ。


「シアも時間を自由に使っていいのだから、気にしないで」


「でも、セレス様の側にいないと」


「時間がある時だけ、傍にいてくれれば十分。ここはオルドウで、あなたは冒険者なのだから、ある程度は自由に動きなさい」


「セレス様……ありがとうございます」


「それはもういいの。それより、シアはコーキさんに魔法を教えてもらっているのね?」


「はい、そうです!」


「そう……。コーキさん、もしよければ私も一緒に教えていただけませんか?」


「セレス様も魔法を?」


「いえ、その、スキルの練習をしたいなと思いまして」


 スキルを俺が教えると?


「やっぱり、駄目でしょうか?」


「駄目ではないのですが、私にスキルの指導ができるとは思えませんので」


「大丈夫です。問題ないです。一緒に練習さえできれば」


「そうですか……そういうことなら、分かりました。明日一緒に練習しましょう」


「はい、よろしくお願いします!」


「セレス様、一緒に練習できますね!」


「ええ、よろしくね。シア」


「こちらこそです」


 スキルの指導なんてできるとは思えないが、セレス様をひとりで残すのも気が引けるしな。


 こうして喜んでいるんだ。

 やれるだけやってみよう。


「コーキさん、おれからも話があるんだけど。というか、話すように言われてるんだけど」


「何の話だ?」


「冒険者ギルドのマスターがコーキさんを探しているからさ。コーキさんを見かけたら、ギルドに来るように伝えるよう頼まれてたんだ」


 ああ、そっちにも顔を出していなかったか。


「コーキさん、ダブルヘッドの報酬もまだ貰ってないんだろ。早く行った方がいいぜ。すごい大金なんだから」


 それは、分かっているんだけどな。

 いろいろと大変そうなんだよなぁ。


「おれと姉さんや他の皆でさえ、結構な金額を貰ったんだぜ。これもコーキさんがダブルヘッドを倒してくれたおかげだよ」


「本当にそう。全てコーキ先生のおかげです」


「だから、早くギルドに行きなって」


「……分かった。時間ができたらな」


「時間ができたらって。まだ行かないつもりかよ」


 できたら、そうしたいが。


「数日中には顔を出す、つもりだ」


「ホントかぁ? あっ、それと前にも話したと思うけど、ここの領主もコーキさんに興味があるみたいだぜ」


「……」


「わたしもその話は聞きました。ギルド経由でコーキさんを自宅に招こうとしているとか」


 ますます厄介だ。

 やっぱり、当分はギルドに足を運びたくないな。





 セレス様のもとを辞して、次に向かうは夕連亭。


「クゥーン」


 隣には、セレスさんのもとから連れて来た小型のノワール。

 甘えた声で鳴きながら時折鼻面を擦りつけてくる。

 相変らず犬のようなやつだ。


 が、可愛いな。


「……よろしく頼むぞ」


「アン」


 自分で言葉こそ使えないものの、こちらの言葉を理解し意思を感じ取ってくれるのは助かる。


 愛らしく従順で賢い、その上強い。

 申し分ないんだよなぁ。


 あの戦闘の記憶さえなければ……。





「せっかく訪ねていただいたのに申し訳ない。ウィルは今日休みなんですよ」


 出迎えてくれたのは夕連亭のベリルさん。

 ウィルさんはいないようだ。


「それにしても、お久しぶりです」


「そうですね。お元気でしたか?」


 夕連亭に足を運んでも、ベリルさんとは顔を合わすこともなかったから、本当に久しぶりだ。


「元気ですよ。コーキさんもお元気そうで。ご活躍はよく耳にしておりますが、こうしてお会いできて嬉しいですね」


「活躍ですか?」


「ダブルヘッドを討伐されたとか」


「ああ……」


 その話が街に出回っているのか。

 領主の耳にも入るわけだ。


「お忙しいでしょうが、時間がある時にでもまた夕連亭の食事を楽しんでください。待ってますよ」


「ありがとうございます。また伺いますので」


 ウィルさんと会えなかったのは残念だが、また夕連亭を訪れればいいだろう。

 今は特に重要な予定もないのだから。


 さて次の用事に向かうため、大通りに戻り歩いていると。

 前から歩いて来るのは……ウィルさん!


 こんなにすぐに会えるとは。


「コーキさん!」


 上ずったような声?


「ウィルさん、どうかしましたか?」


 そんな声を出して。


「よかったぁ、コーキさんに会えて」


「……」


 ホント、どうしたんだ?


「あっ、ごめんなさい」


「いえ。それで、何か急ぎの用ですか?」


「はい! あの……私と一緒に王都に行ってもらえませんか?」







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