第194話 和見幸奈 6
<和見幸奈視点>
意図せず口から出てしまった結婚という言葉。
すごく焦ってしまうけれど……。
功己が珍しく動揺している。
わたし以上に?
これって、まさか!
「……」
結果として、功己の気持ちを聞く良い機会になったかもしれない。
よし!
内心の焦りを隠し平静を装って……。
「そう。できる年齢だよね」
功己、どうかな?
もう結婚できるんだよ。
わたしじゃ駄目かな?
わたしと一緒に!
わたしと……。
「……そんなの無理に決まってるだろ」
「……」
やっぱり……。
やっぱり届かない、か。
高揚が一瞬で冷めていく。
心が冷えていく。
「だいたい、ふたり共学生なんだし」
学生?
理由は学生だから?
えっ、それだけ?
「……」
功己……困ったような顔しているけど、嫌がってないよね。
それなら、まだ可能性はあるの?
少しだけ温かいものが戻ってくる。
でも……。
「……冗談に決まっているでしょ。なのに、そんな本気で答えて」
つい、こんなことを言ってしまう。
「ん、悪い。そうだな」
違う。
違うの。
わたし心にもないことを!
功己がわたしのこと、真剣に考えてくれたかもしれないのに。
ああぁ……。
ダメ!
このままじゃ、話が終わってしまう。
だから……。
「まあ、結婚は無理だろうけどさ……その、つ、つ」
頑張れ!
今度こそ、言うんだ!
「何だ?」
しっかりと。
しっかりと想いを!
「……つ、月に1回くらいは一緒に遊びに行こうよ」
わたしの口から出たのは、そんな言葉。
しかも、最後は消えるような小声で。
はあぁぁ。
バカだ。
何やってるの。
「……」
でも。
言えない。
怖い。
やっぱり、聞けない。
結婚の言葉は出せたのに、その言葉を口にする勇気は……。
だって!
一度断られたから!
あの時は、はっきりと言葉にしたわけじゃないけど。
断られたようなものだから。
もし、今回も断られたら。
そう思うと。
言葉が……。
「そうだな」
えっ?
これは、いい返事?
思わず口から出たお願いに、功己が応えてくれた?
「……」
そっかぁ。
月に1回かぁ……。
うん、今日はこれでいい、かな。
次がある。
まだ可能性があるんだ。
それなら、わたしは頑張れる。
なんて思っていたら。
「ところで、幸奈は気になる男性とかいないのか?」
「ふぇ!?」
自分でも信じられない声が漏れてしまった。
「どこから声出してんだ」
「だって、いきなりそんなこと聞くから」
急に聞かれたら戸惑うのは当然だよ。
「変なことか?」
変というか、わたしにとっては大変なことなの。
心の準備はできてないし、それに……。
「そうだよ」
それに。
何より……。
胸が痛いよ。
辛いよ。
好きな人に、そんなこと聞かれたら。
目の前で、自然にそんなこと言われたら……。
功己はわたしの気持ちなんて分かってないのかな?
多分、分かってないよね。
分かってたら、こんなこと……。
「そうかなぁ? で、いないのか?」
っ!
やめて。
そんな顔で聞かないで!
「……」
功己は昔から、こんな感じだった。
さりげなく、自然に、抉ってくるんだ。
だから。
心は痛いけど、体は反応できる。
口は動く。
慣れてるから。
舞台で振る舞うのは慣れてるから。
「うーん、いるような、いないような~」
ほらね。
できたでしょ。
こんなこと簡単。
でもさ……。
したくないよ。
功己の前で、こんなこと!
女優になるのは、家と学校だけで十分。
功己の前では……。
「何だそれ」
何だじゃないの。
分かってよ、功己。
気づいてよ!
痛い。
切ない。
「……」
わたしの気持ちなんて、そんなの決まっている。
昔からずっと、決まっているの。
気になるひとは1人だけ。
今も昔も、ひとりだけ。
功己、あなただけだよ。
ねえ……。
ねえ、功己。
あなたは、どう思っているの?
「……」
でも、言えない。
聞けない。
だから……。
わたしは演技する。
笑顔で精一杯。
まるで、道化のように。
「乙女心は複雑なのです」
「さいですか」
「もっと勉強しなさい」
でも、どうしてだろ?
演技なのに。
切ないはずなのに。
それでも、功己と一緒だと沈まないの。
ううん。
沈まないどころか……。
嫌じゃない。
心と裏腹なことを喋っていても、軽くなってくる。
「はい、はい」
楽しく笑って話ができる。
演技の笑顔が、本物にすり替わっていく。
信じられない。
「……」
功己、あなたは魔法使いなの。
あなたは、あなたは……。
わたしは……。
だいすき……。
あなたのことが大好きだよ。
駄目かな?
わたしじゃ、駄目かな?
こんな汚れた私じゃ……。
でも、もし 受け止めてくれたら。
汚れたわたしを受け入れてくれたら。
そうすれば……。
何もかもが変わるかもしれない。
世界が……。
諦めかけていた世界が……。
*************
能力開発研究所での騒動があった夜。
「会えなくてごめんね」
「体調が悪いんだろ。そんなこと気にしなくていいから」
電話口での幸奈は確かに元気がなく、その声からも体調の悪さが伝わってくる。
「それで、身体は大丈夫か」
「うん、少し疲れているだけだから」
「疲れているだけなら、いいけど……」
本当に元気がない。
「何かあったんじゃないのか?」
「……」
「話せるなら、何でも話してくれよ」
「……」
話したくないのか、話すことがないのか?
「……父が…………」
「ん? どうした?」
「……ううん、何でもない。ちょっと神経質になってただけ。大丈夫だから」
「……そうか」
最近はずっと武志の心配ばかりして大変な思いをしていたのだろうからな。
幸奈と両親の神経が過敏になっていても不思議じゃない。
それでも。
いや、それだからこそ、幸奈の身体が心配になってしまう。
「……」
ただまあ、この憂慮ももうすぐ終わるはず。
武志が帰って来るのだから。
まずは武志の言葉を聞いて安心してもらいたい。
「今日はいい報告があるぞ」
「何かな?」
「実はな……」
本来なら直接会って伝えたいところだが、体調不良なら仕方ない。
電話で簡単に伝えさせてもらう。
内容は、武志が1週間後に家に戻って来ること、その後は外泊などせず家で真面目に暮らすつもりでいることなど、武志から幸奈への伝言だ。
「……と、今はそういう状況かな」
「えっ!?」
受話器越しの幸奈の声。
息を飲むのが感じられる。
「本当なの?」
「間違いない」
「本当なのね! ……良かったぁ」
心からの安堵がこもった幸奈の声に、こっちも一安心だ。
「功己、ありがとう」
「……ああ」
幸奈には、俺がしたことについては何も話していない。
それなのに、感謝の言葉をくれる。
「でも、どうして1週間後なの?」
「それは……」
なのに、俺は秘密ばかり。
話せないことばかり。
「うん?」
ごめん、それも話せないんだ。
真実は話せない。
本当に、ごめん。
そう心の中で謝罪しながら、武志の現状や、帰宅が1週間後になる理由、また俺がこの件を知っている理由などを適当にごまかすことで話を終了させてもらった。
「そう、なんだ」
いつもの元気な幸奈なら、簡単には納得してくれないだろう俺のごまかし。
体調が良くないからか、今回はすんなり納得してくれたように見える。
とはいえ、あまりにも淡白じゃないか?
話すのも辛いくらいの体調だと?
「……」
言い知れぬ不安が静かに鎌首をもたげてくる。
「……」
いや、大丈夫なはず。
1週間も経てば解消されるはずなんだから。
そう言い聞かせるように受話器を置き。
俺は懸念を振り払ってしまった。
前話に続き、幸奈と功己の会話は第38話の内容となります。





