第193話 和見幸奈 5
幸奈の話を持ち出してきた直後、雰囲気が一変した武志。
幸奈のことを気にかけていたからだろうが、その変化にはちょっと驚いてしまう。
おそらく、俺の顔にも出ていたはずだ。
とはいえ、態度がやわらいだ武志相手の話し合いはかなりスムーズに進み、お互いに納得できる決着を見たと思う。
……。
正直なところ、武志については不安でいっぱいだったんだ。
俺の知らない武志になっていたら、取り返しのつかないことになっていたら?
そんなことばかり考えていたから。
けど、問題なんかなかった。
外見は変わっても、中身は昔のままの武志だった。
ホッとしたよ。
……。
ちなみに、今回の件について、武志は詳しい事情を知らなかったらしい。
橘の指示通り動いていただけだと。
そんな武志も今は事情を理解し、納得し、今後は異能を悪用しないという約束までしてくれた。
本当に、これで一安心だな。
さあ。
こうなれば、あとは俺が何とかしてやるというもの。
鷹郷さんの取り調べを受ける気があろうと無かろうと、手を貸してやらなきゃいけない。
と思って確認したところ。
武志本人が取り調べを受けると言い出したんだ。
犯した罪は罪なので、しっかりと受けてくると。
この潔さ。
俺の知っている武志だ。
正義感溢れる武志だよ。
ということで、武志を鷹郷さんのもとに連れて行くことになった。
能力開発研究所に戻ってからの鷹郷さんたちへの説明は、まあ……。
いろいろと大変だったかな。
こちらとしては、橘戦、壬生戦、武志との会話を経てのことなのだから、かなり疲れも溜まっている。
そこに、鷹郷さんへの説明とくれば、疲労もピークに達っするというもの。
それでも、鷹郷さんとの話し合いを何とか無事に終えることができた。
武志の件についても上手く話を進めることができたと思う。
取り調べや異能検査、適性検査などでの1週間の勾留は避けることができなかったけれど、今回はそれで済ましてくれそうだからな。
もちろん、1週間という期間は武志に問題がなければの話。
まっ、今の武志なら大丈夫だろう。
その後の武志は当分監視対象とはなるものの、おそらく行動自体の制限は設けられないとのこと。
そのかわり、俺がしっかりと面倒を見るようにと言われてしまった。
言われなくとも、できることはするつもりだよ。
ああ、そうそう。
武志の異能については、現状は家族にも伏せておくことに決定したらしい。
異能発現はその家族にとっても非常にデリケートな問題なので、鷹郷さんたちが今後も様子を見ながら対処を考えるそうだ。
……。
……。
幸奈に真実を伝えられない状況に、チクチクと心が痛む。
本当にそう……。
ただ、異能世界の恐ろしさを考えると。
これで良かったとも思える。
普通人の幸奈を異能の争いに巻き込みたくはないから……。
ということで、全て終了。
あとは、武志が1週間後に帰ると幸奈に伝えるだけ。
幸奈も両親も、きっと安心してくれるはずだ。
*************
<和見幸奈視点>
大学での2年目。
夏のあの日。
あの時。
いつも通り帰宅している途中に功己を見かけたので声をかけたのだけれど、一目見ただけで様子が変わっているのが分かった。
不思議に思いながら言葉を交してみると、功己の変化を確信することができた。
それも、わたしにとって良い変化を。
だって!
表情が違う。
わたしを見る目が違う。
言葉が違う。
よそよそしい様子なんてまったく。
全くどこにもなかったのだから。
……。
わたしが先輩に告白されたと告げてから、ずっと感じていた高い壁。
それまですっかり消えて!
ああぁ。
信じられない。
何年も変わることのなかった功己なのに。
こんな突然変わるだなんて。
……。
わたし自身の言動が原因だから、功己の他人行儀な態度は仕方ないものと諦めていた。
けど、こんなに長く続くとは思っていなかったから。
最近は、もう元の関係に戻ることなんてできないのではと思うこともあったから。
だから、本当に……本当に嬉しい。
わだかまりの無い功己の優しい笑顔。
昔のまま。
そんな功己と一緒にいられる。
幸せ。
言葉にすらできなかったこの感情を。
わたしは感じている。
うっ、ううぅ。
功己の前なので我慢したけれど、もう少しで泣くところだった。
功己……。
ねえ、功己。
どうして変わったの?
何があったの?
その理由を聞きたい。
聞きたいけど、それを口に出せば功己が元に戻ってしまうような気がして……。
結局聞けなかった。
でも、でも、そんなこと聞けなくてもいい。
優しさと親しみのこもった功己の様子が嬉しすぎて、理由なんてすぐにどうでも良くなってしまったから。
それからの数日は信じられないくらい幸せな時間だった。
今まで色々あったわたしへのご褒美かな、なんて思うくらい。
沢山の辛いことを忘れてしまえるくらい。
そんな日々を過ごしていたからだろう。
気づけば、わたしの中に欲が生まれていた。
功己の気持ちを知りたい。
確かめたい。
それで、もし功己がわたしに好意を持っていてくれたら……。
その時は……。
……。
あの日以来、聞けなくなってしまった功己の気持ち。
あの日、確認した功己の気持ち。
あの時は……。
はっきり告白したわけじゃなかった。
かなり遠回しな形だった。
だけど、功己はわたしが他の人と付き合うのを止めてはくれなかった。
だから、功己はわたしのことを女性として見ていないんだと、そう思っていた。
悲しかった。
でも、本当にそうなのかな?
功己はわたしの真意に気づいていなかっただけ。
そう思っちゃ駄目かな?
最近の功己の態度を見ていると、そんなことを考えてしまう。
……。
家では何も言えない私なのに。
功己に対しては、どこまでもわがまま。
わがままを抑えられない。
今度こそは、はっきりと功己の気持ちを!
知りたい。
でも、知りたくない。
……。
もし断られたら、今度こそふたりの関係は壊れてしまう。
やっと功己との関係が元に戻ったのに。
こわい、怖い!
知りたいのに、知るのが怖い。
ふたつの想いに心が張り裂けそうになる。
子供のようなことを言っているのは理解している。
でも、これが正真正銘わたしの本音。
そんなふたつの想いを密かに胸に抱きながらも、最近の功己との時間はいつもとても心地の良いもの。
功己はかなり丸くなったというか穏やかになったというか、とにかく話しやすくなった。
だから、わたしも遠慮なく喋ることができている。
少し前までの話したいことも話せない状態が信じられないくらい。
そんなある日。
功己と一緒に珈紅茶館にやって来た。
楽しくて嬉しいはずなのに、今日は心が晴れない。
武志が問題を起こしているから……。
「それで、少しは落ち着いたか?」
功己がいつもより元気のないわたしを心配してくれている。
その言葉がありがたい。
これまではこんな言葉も聞けなかったから。
「うん。……全部解決したとは言えないけど、家の方も少しずつ落ち着いてきたよ」
そう答えたものの、実際は状況が改善しているとは言えない。
だから、功己と会っているのにこんな気持ちになってしまう。
楽しいはずなのに。
功己はどう思っているんだろう。
「……詳しいことは聞かないんだね」
だから、思わず口に出てしまった。
「幸奈が話したかったら、いつでも聞くけど」
「……」
「無理に聞く気はないよ。この前も、いや、いつもそうだけど、幸奈だって俺が話したくないことを強引には聞かないだろ」
「そうだけど」
「まっ、また、気が向いた時にでも話してくれたらいい」
「……うん」
嬉しい。
こんな状況なのに、そんな感情が浮かんでくる。
だって、功己がわたしを気遣ってくれている。
表面的なものではなく、本当に心から。
それが分かるから。
「いつも、ありがと」
「お礼を言われることじゃない」
「そんなことないよ。でも……その時が来たら聞いてね」
「もちろん。嫌と言っても聞いてやるから」
「フフ、ありがと!」
「これ以上ありがとは要らないぞ」
そんな話をしている内に、いつの間にかわたしの心が軽くなっていた。
やっぱり、功己はすごいな。
おかげで、楽しい時間を過ごすことができる。
などと考えていると。
さらに嬉しいことが起こったの。
「じゃあ、今度飲みに行くか」
功己がわたしを飲みに誘ってくれた。
しかも、ふたりきりで。
嬉し過ぎる!
とても嬉しくて、でもすぐには信じられなくて、何度も聞き返してしまった。
すると。
「やめとくか」
そんなことを!
「行くよ、行く、行く」
だから、思わず立ち上がって叫んでしまった!
「分かったから、落ち着けって」
「……ごめん」
恥ずかしい……。
なんてことがあったけれど、功己とふたりだけの飲み会は無事決定。
楽しい予定が決まって、気分が高揚したのかな。
だから、思ってしまった。
功己の気持ち……。
今日は少しだけ聞いてみようかな。
でも、こわい。
よそうかな。
でも、やっぱり。
……。
冗談のように話せば大丈夫。
うん、大丈夫。
きっと今日のわたしはついているから。
……。
この夢がかなうなら。
世界が変わる。
全てが変わる。
わたしはもう……。
だから……。
「でもさぁ、わたしたちもうお酒を飲める年齢なんだよねぇ」
頑張れ、わたし!
「そうだな」
「それに……結婚もできる年齢なんだよ」
「……そうだな」
「お酒も一緒に飲みに行くことだし、その…………次は私と結婚でもする?」
「!?」
あっ!?
やってしまった!
言葉を間違えた!
「っ!? な、何言ってんだ」
功己の気持ちを知りたかっただけなのに。
どうして、結婚なんて言っちゃったんだろ。
「結婚?」
でも、功己が動揺している。
これって……。
後半の幸奈と功己の会話は36話、37話、38話での話となっております。





