第191話 和見武志 2
<和見幸奈視点>
こんなわたし……。
……。
どこで間違えたんだろう。
どうすれば良かったんだろう。
父と母にわたしのことを好きになってもらおうと思って頑張ってきただけなのに。
振り向いてほしかっただけなのに……。
勉強も頑張ったし、家の事も頑張った。
家でも学校でも優等生を演じてきた。
辛いことが多かったけど……。
わたしは女優!
ここは舞台!
そう自分に言い聞かせて。
でも、父と母の心に響くことはなかった。
どれだけ頑張っても認められることはない。
優秀な成績をとっても見向きもされない。
最も認めてもらいたい父母から向けられる無関心。
存在が認められない辛さ。
生きていく意味を見出せなくて、自分の価値なんて無いように思えてきた。
気付けば、家にいるのが嫌になっていた。
家に帰りたくない、そう思うようになっていた。
外にいる時は、違う自分でいることができたから。
……。
学校でのわたしは明るく活発な生徒だった。
もちろん、それは演じていたからだけれど。
それでも、明るい優等生という仮面はいつの間にか自分のものになっていたと思う。
だから、学校には多くの友達がいた。
わたしの外面を評価してくれる友達が……。
たくさんの友達。
家では得られない好意。
でも、わたしの心の隙間は埋まらないまま。
隙間はずっと……。
……。
そんな人たちと一線を画していたのが功己だった。
幼稚園の頃からの幼馴染である功己は、わたしの外面など全く気にもしない自由奔放な子供だった。良い意味でも悪い意味でもマイペースな功己は、どんなわたしでも全く気にせず受け入れてくれた。
そんな功己と一緒にいる時だけ、素直な自分でいることができたと思う。
演じることなく、素のままの明るい自分でいることができたと。
本当に。
本当に優しい時間だった。
なのに……。
功己は急に性格が変わったように武術なんかに熱中するようになってしまって……。
それでも、小学校、中学校時代は、それなりに会って話す時間もあった。
それが年を重ねるにつれて、徐々にふたりで会う時間は減っていき……。
……。
もちろん、わたしもただ黙っていたわけではない。
その間に、色々なことをした。
功己の気を引こうと思って試したことは、1つや2つじゃない。
先輩に告白された話だってした。
ただし、結果は……。
関係が悪化しただけ。
告白の話をして以降、功己はよそよそしい態度を取るようになってしまったから。
自業自得とはいえ、功己のその態度が辛くて悲しくて、何度も泣きそうになったものだ。
それでも、功己との友達関係だけは継続することができた。
それが、わたしの救いだったと思う。
そんな関係のまま高校時代は終了。
大学生活が始まり、そして2年目の夏。
功己の様子が突然。
そう。
突然、変わった!!
……。
あの日。
大学から帰る途中、偶然会った功己。
その姿には、距離を置いているような、壁を作っているような様子がどこにも見えなかった。
なぜか、戸惑っているような仕草ばかりだったけど。
あの日のコーキは、少しおかしかったけれど。
あの高い壁が、嘘のように功己から消えていた!
消え去っていたの!!
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壬生少年たちが出て行った扉を見つめる。
気配を探る。
「……」
戻ってくることは、なさそうだ。
「ふぅぅぅ」
とりあえず終わったか。
「……」
満足する結末というわけではない。
ひとまずの決着だ。
ただ、最悪ではない。
もちろん、最善でもない。
妥協した次善。
それでも、今はこれで良かったと思える。
「……」
しかし、あいつ。
本当に厄介な相手だった。
とんでもない異能と経験を持つ、恐ろしい異能者。
少年と呼ぶのもおかしな存在。
容姿に似合わぬ老成した振る舞いは、少年どころか……。
「……」
まっ、今はそこじゃないな。
問題は武志。
こいつを、どうにかしないといけない。
さあ、話をするか。
いまだ目を覚まさない古野白さんから車の鍵を借りてと。
あっ、首の傷に治癒魔法をかけないとな。
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<和見武志視点>
「んん……えっ!?」
「目が覚めたか?」
「!?」
何だ?
それに、ここは?
敵の事務所にいたはずなのに。
今は……?
「……」
車の中?
どこかの駐車場に停められた車の中!
研究所にいた僕が、どうして車の中に?
「……」
ついさっき、能力開発研究所とかいうふざけた名前の事務所に侵入したあと。
途中までは上手くいっていた。
事務員たちを眠らせ。
あいつらを待ち伏せ、罠にはめて。
結界に閉じ込めて。
ガスで眠らせる。
ここまでは計画通りだった。
それなのに!
「……」
また失敗したんだ。
やられたんだ。
これで、3度目。
3度も結界を破られて。
負けてしまった。
「……」
情けない。
自分の力の無さが嫌になる。
こんな失敗ばかりしていたら、姉さんを助けることなんて……。
できるわけないだろ!
ああ……。
「もう話せるかな?」
「……」
そうだ。
今は落ち込んでいる場合じゃなかった。
「まだ無理か?」
「……」
しかし、この状況はいったい?
僕が車の助手席に座っていることだけでも意味不明なのに、隣には僕の意識を奪った男。
見覚えのあるあいつが……。
運転席に座るその顔を横目で覗き見てしまう。
「……」
「どうした?」
「な、何でもない」
「やっと喋ってくれたな」
「……」
この声も知ってる。
やっぱり、隣にいるのは!
「どうして……」
「ああ、意識を失っている君を車に乗せただけだ」
そうじゃない。
いや、それも知りたかったけど、今知りたいのは……。
だめだ!
こんな状況で、僕からは切り出せない。
だったら、まずは。
「……他のみんなは?」
捕まったのか?
「去って行ったぞ」
「えっ! 僕を置いて?」
「まあ、そうなるかな」
「そんな……」
僕を見捨てて逃げた?
嘘だ。
信じられない。
でも……。
1度ならまだしも、2度も3度も失敗してしまったから。
僕のことを使えないと判断して……。
「君の身柄は俺が預かることになった。あいつらはもう君には接触してこないだろう」
「預かる……。接触してこない?」
切り捨てたんだな。
「君に手を出さないように交渉したから、間違いない」
「えっ!」
交渉した?
「僕のことを? なぜ、僕を?」
「心配だからだ」
「……」
「分かるだろ、武志」
「……」
「久しぶりだな」
そういって僕の顔を覗きこんでくるのは……。
僕と姉さんの幼馴染。
忘れることのできない幼馴染。
そして、姉さんの想い人。
「……」
幼い頃、よく一緒に遊んだ功己兄さん。
超能力者や魔法使いなんかになりきって一緒に遊んでくれた功己兄さん。
いつも僕の面倒を見てくれて、助けてくれて。
優しかった功己兄さん。
あの頃と同じ優しい顔で、今も僕のことを……。
「……」
でも、でも!
兄さんは変わってしまった。
僕と姉さんから離れていった。
何より。
姉さんの手を振り払ったんだ!
姉さんが助けを求めていたのに。
一番信頼している相手だったのに。
何も気づかずに、こいつは!
そのせいで姉さんは……。
もう、こいつに姉さんを任せることはできない。
姉さんを助けることができるのは僕だけなんだ。
あの時以来、ずっとそう思ってる。
なのに。
よりによって、こんな形で再会するなんて。





