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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第4章  異能編
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第189話  和見幸奈 3



<和見幸奈視点>




 武志が家に戻って来なくなって、もう何日経つだろう。

 これまでも外泊することはたまにあったけれど、こんなに長い間家に戻って来ないのは初めてだ。


 それでも、何度か電話で連絡だけはあった。

 知り合いの家に泊まっているから心配はいらないという一言だけの連絡が……。


 そんな日々が続いているのだから、父や母の心が穏やかなわけがない。

 父は平然とした顔をしているが、それが表面的なものだということはわたしには良く分かる。


 だって……。



 母は……普段から厳しい母の当たりが、こんな状況の中で柔らかくなるはずもない。

 日常の些細な問題も、全てわたしのせいになってしまう。


 そんな和見家での暮らし。

 武志の心配に加え、父と母。


「……」


 でも、大丈夫。

 わたしは大丈夫。

 慣れているから平気。


 そう思っていた。

 そう考えようとしていたけど……。


 武志がいなくなってからの日々は、和見の家とそしてわたしの心に想像以上に大きな影を落としていたんだと思う。


「……」


 和見家での毎日が耐えがたい時間になりつつある。

 今はもうこの家にいるだけで、心が凍りついてしまいそう。



 日々、気力が抜けていくわたし。


 最近は功己と会っていても、上の空になってしまうことがある。

 功己に会う時はいつも、明るいわたしでいたいのに。


「……」


 功己はどう思っているんだろう?


 面倒な女だと思われていないかな?

 会いたくないと思ってないかな?


「……」


 いや!


 いやだ!


 功己に嫌われたくない。

 それだけは絶対嫌!


「……」


 わたしは、わたしのことが好きじゃない。

 嫌い。


 それなのに……。


 功己には好かれたい。

 他の誰に嫌われても、功己にだけは!


「功己……」


 今あなたに嫌われてしまったら、わたしは……。


 ……。


 ……。


 もう耐えられないかもしれない。


 功己に嫌われるという事実に。

 和見家の時間に。


「……」


 わたしがこうしていられるのは功己がいてくれたから。

 功己が笑顔を見せてくれたから。


 だから、耐えられた。

 今も昔も。


 そう。

 あの時間にも。


「……」


 あの時、耐えることができたのは功己のことを考えていたから。

 紅梅を見に行こうという約束があったから。


 それがなければ、わたしは……。



「っ!?」


 蘇ってくる。


 封印していた悪夢が!


 ……。


 ……。


 ……。


 あの日。


 暑い夏の日だった。


 初めて足を踏み入れた和見家の地下。

 わたしが15歳になる前に改装された地下室。

 父以外は立ち入ることができなかった地下の部屋。


「……」


 あのおぞましい部屋に初めて呼ばれたのは、15歳の夏だった。

 そして、それからの半年間……。


 ああ!


 思い出したくない。

 考えたくない。


 だから、ずっと記憶の奥底に封印していたのに!


 それなのに!


 それなのに!


 ……。


 ……。



 先日。

 父に告げられてしまった。


 母に聞こえないような小さな声で。

 近いうちに、また始める。

 あの部屋に来るように、と。


 また、あれが。

 20歳のわたしに、あの悪夢のような日々が……。




 15歳の夏のあの日。


 私が初めて足を踏み入れた地下室は、夏にしては涼しく感じられる空間だったけれど、なぜだか不快な空気が肌にまとわりついてくるような、そんな感じがしたのを覚えている。



 和見家の地下室はとても広くて、コンクリートが打ちっぱなしになっている部屋だった。

 そんな広い部屋の中にあったのは、父が座るソファーと最小限の家具。

 そして、縦2メートル、横3メートル、深さ50センチほどの小さいプールのような浴槽。


 それだけだった。


 そこで……。



「来たか」


「はい」


「では、脱ぎなさい」


「……はい」


 夏とはいえ地下室ということもあって、薄い上着を羽織っていたわたしは、父の言葉通り上着を脱いでシャツ1枚になる。


「何をしている、早く脱ぎなさい」


「シャツもですか?」


「シャツも下着も全てだ」


「……」


 父が15歳のわたしに興味がないことは理解している。

 興味があるのは異能だけなのも。


 だから、わたしの、その、身体なんかに興味を持っているわけはない。

 父の目を見れば良く分かる。


 でも、それでも……。


「嫌なのか」


「……」


「まあ、いいだろう。下着は着けていてもいい」


「……はい」


「早く脱ぎなさい」


 何の感情も感じさせない冷ややかな声。

 そんな父の声だけが地下の空間に深々と響いていた。





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