第186話 魂を揺らす者 3
止まることなく映像が浮かび続けている。
……。
こんなのはまがいものだ。
ただ、この感情は……。
確かに、俺が抱いたもの。
……。
頭では全て理解できている。
なのに、心に残る痛みは……。
……。
大丈夫……これは全て克服済み。
大丈夫だ!
ゆっくりと呼吸を繰り返し、身体に力を入れる。
そして、前を見据え……。
「おや、もう動けるんですか!」
「……」
「トラウマを過剰に刺激したんですよ。普通なら、しばらくは動けないんだけどなぁ」
やってくれたな。
よくも、こんな映像を……。
けどな。
俺は何度も経験しているんだ。
何度も経験し、乗り越えてきたんだよ。
だから、動ける。
動けるはず!
「ホント、脱帽ですよ」
ゆっくりと足を前に。
「でも、それじゃあ。非力なぼくにも勝てませんよ」
と、頭に浮かんでいた映像が消え、また圧力。
身体が押し戻される。
「……どうかな」
確かに、感情の名残はある。
それでも。
「動けるんだよ」
まだ少し重い身体に鞭を打ち、壬生に迫る。
「おっと、危ない」
予想外のスピードで避けた壬生が俺から離れる。
「……」
さすがに、この速度では難しいか。
「そろそろ諦めませんか。ここまでやっただけでも大したものですよ」
「……」
魔力と気を循環。
身体を正常に戻していく。
「また、黙っちゃって」
まだ不十分だが、いけるか。
「強情だなぁ」
足に力を入れ、床を蹴る!
「っ!?」
驚いた表情のまま跳び退る壬生。
あと一歩のところで取り逃がした。
が、次は捕まえる。
「ホント、凄いとしか言えないや。でも……」
壬生の輪郭が揺らぎ、上半身から消えていく。
これは、転移じゃない。
揺魂を使った認識阻害か。
……。
完全に消えてしまった。
が、壬生の気配はもう完全に把握している。
それに、あいつはまだこの室内にいるはず。
いると分かっていれば……。
目に魔力を集め壬生が消えた場所を凝視。
すると……薄っすらとではあるが、浮かんできたぞ。
いる。
確かに、そこにいる。
なら。
一息で距離を詰め、壬生に迫る。
「なっ!」
逃げようとする壬生の腕を押さえた。
「ここまでだな」
「ぼくが見えるんですか?」
「ああ、そうだな」
「……どうして?」
「目がいいんだよ」
「……はは、ホント。本当に恐ろしい人だ」
この状態でも余裕の表情……。
ただの強がりか?
それとも、まだ何かあるのか?
いや、問題はない。
ここで終わりだ。
「じゃあ、眠ってもらうぞ」
「それは、どうでしょ」
口の端を歪める壬生に掌底を繰り出すべく構えた右手が……。
止まる!?
止まってしまった。
……。
また動かない。
映像なんか浮かんでないのに!
と……。
さっきとは比べ物にならないような震えが襲ってきた。
「今のは危なかったなぁ。でも、もう動けないでしょ」
急激に襲って来た震えで身体に力が入らない。
動かないが動けないに変わっていく。
手も足も、まったく……。
「くっ!」
これは、まずい。
震えがきつすぎる。
力の抜けた俺の左手から壬生の腕が離れる。
もう一度捕まえようと思っても。
手が伸ばせない。
あまりの震えのため、身体が言うことをきかない。
「ぅぅ……」
身を屈めてしまう。
駄目だ。
動けない。
震えが止まらない。
「……」
これも揺魂なのか?
「もう感嘆の言葉もないですよ。これを受けて倒れないなんて、ホント」
「な、な、んだ?」
「それに喋ることもできる」
「……い、の、うか?」
「ええ。震えが止まらないでしょ」
「……」
映像はない。
恐怖もない。
もちろん、寒くもない。
それなのに、震えが止まらない。
これも揺魂の力……。
「ぼくの異能は揺魂と言いましてね。魂に働きかけることができるんですよ。効果は様々あるんですけどね。今の有馬さんのように魂に直接恐怖を与えてやると、大抵は震えで動けなくなりますね。中には、すぐに失神する者もいますし」
魂に直接恐怖を?
俺自身全く恐怖など感じていないのに、魂が恐怖を感じていると?
「……お、お、、し、えて、いい、のか」
「有馬さんは特別ですよ。まっ、ぼくの異能を知ったところで対処なんてできないでしょうから、問題はないですし」
すぐ目の前にいるというのに、何もできない。
「ぅぅぅ……」
これ以上、立っていられない。
我慢しきれず膝をついてしまう。
「膝立ちで耐えるんですね。うーん、恐ろしいなぁ」
「……」
「でも、どうです。そろそろ、ぼくに手を貸す気になりましたか?」
「そ、んな、わけ、な、い」
「そうですか」
壬生少年が震える俺のもとから離れていく。
「こういうの趣味じゃないんだけど」
鷹郷さんたちのもとに歩を進めている。
「強情な有馬さんが悪いんですよ」
「な、にを」
「それと、手を出してきたのは有馬さんが先ですから。許してくださいね」
「な、に、する?」
「うん? 脅すんですよ。有馬さんを」
橘の投げたナイフを拾い、古野白さんに近づく壬生。
「こういうことです」
そのナイフを古野白さんの首筋にあてた。





