第185話 魂を揺らす者 2
「ええ、自信はありますね」
「……」
それだけ自分の持つ異能に自信があるってことか。
それにしても、俺にこだわる理由が分からない。
壬生少年の前では身体強化こそ見せたものの、あからさまな魔法は全く使っていないのに。
「……」
まさか、魂移で俺の身体を狙っている?
いや、それはないか。
鑑定によると、自我の確立前の身体にしか移れないはずだから。
それとも、何か抜け道が……。
「その沈黙は、ぼくに手を貸そうと考えてくれているんですか」
「違うな」
「残念。まっ、今はしょうがないのかなぁ」
「それで……俺を仲間にして何をするつもりだ?」
「うーん、まだ話せないですねぇ。だって、有馬さんも秘密だらけですし」
「……」
「有馬さんが話してくれたら、ぼくも話しますけど」
それは無理な相談だ。
ただ。
「目的が分からないと、そもそも考慮すらできないぞ」
「なるほど。それは困りますねぇ……。では、少しだけ」
少しなら話せるのか?
「まずは、この近辺の異能者たちを従えましょうか。放っておくと厄介ですからねぇ」
「そうすると、鷹郷さんたちとも対立することになるが」
「素直に従ってくれるなら対立しませんよ」
「従わないなら?」
「はは、そんなの従わせるだけです」
こいつ、ここでも自信満々なのか。
「まあ、彼らは従ってくれると思いますけど」
「……今回の襲撃は、その野望の第一歩というわけだな」
「違いますよぉ。これは橘たちが計画したことですって。ぼくは関係ないですね」
廃墟ビルの件も、今日の襲撃も自分は関与していない。
その主張は変わらない、か。
「いずれにせよ、鷹郷さんたちとは対立するってことだ」
「だからぁ、従ってくれたら対立しませんって」
そんなわけないだろ。
「君の考えは理解した」
「そうですか。嬉しいなぁ」
「勘違いするなよ」
「勘違い、ですか?」
「ああ。君に手を貸すことはできない。決裂だ」
「うーん、結論を出すのが早いのでは?」
「いや、対立するに決まっているからな」
こいつの言葉は信用ならない。
それに、今この時点で既に揺魂を使っている可能性すらある。
少しずつ感情や思考が誘導されている可能性も。
「この話はここまでだ」
「悲しいなぁ」
茶番はもういいだろ。
「問題ないようなら解放してやるが、とりあえず拘束させてもらうぞ」
この異能抑制具を使ってな。
「はぁ~~。仕方ないですねぇ」
その嘆息を無視して傍らまで接近……できない?
身体が重い!?
いや、違う。
身体が押し戻される!
前に進むのを押しとどめようと何らかの力が俺に働いているんだ。
これは、あいつの異能か?
人体を止めるほどの念動力を使えると?
廃墟ビルで異能者が使っていた念動力とは比べ物にならない。
「なかなか効くでしょ」
「……そうだな」
信じがたいほどに強烈な力だよ。
普通なら、自由に動けなくなるところだろう。
ただ、俺を止めるには足りないな。
「どうです、仲間になる気になりました?」
「お生憎様だ」
「強がらなくていいですよ」
強がりじゃない。
「……」
強化した身体で四肢に力を入れ、念動力を……押し返してやる!
「えっ! そんなに動けるんですか?」
まずはゆっくりと動いてみたが、大きな問題はなさそうだ。
「凄いなぁ。やっぱり普通じゃないや」
俺が動いても、壬生少年の余裕に変わりはない。
崩れない、か。
「普通人だけどな」
「絶対違うでしょ」
「違わない」
無駄口を叩いている間に少年に接近。
あと少し……。
「!?」
さらに圧力が増した。
かなりの力が身体にかかってくる。
「これで、どうです?」
「……」
「さすがの有馬さんも、きついみたいですね」
確かに、これはきつい。
が……動けないほどじゃない。
充分に力を発揮できないが、それでも動ける。
強引に前へ。
「うわっ! すっごいなぁ」
後退する壬生少年。
残念、この状態でも俺の方が早い。
よし、部屋の隅に追い詰めた。
「じゃあ、これで」
「!?」
なっ!
何だこれは?
震える!
身体が震える。
そして……。
まるでフラッシュバックするかのように、映像が目の前に!
頭の中に浮かんでくる!
これは……。
40歳の俺。
絶望の淵に追いやられていた俺。
自室でただ空を睨んでいる……。
もう何もやる気になれない。
けど、異世界を諦めきれない。
つらい、つらい、痛い!
この感情は?
そんな映像が消え。
次は……。
実家の俺の部屋。
ベッドの中にいる俺。
「うっ!?」
あの感覚がよみがえる。
首を斬られたあの感触、冷えていく身体、薄れていく意識。
恐怖!
何も考えられない、あの死への恐怖!
心が震える。
気持ちが悪い!
吐きそうだ……。
また映像が消え。
次に浮かぶのは、真っ赤に染まった地面に倒れ伏すユーリアさん!
傍らではフォルディさんの慟哭。
「……」
寝具に横たわるのは……アデリナさん。
息をしていない。
「……」
夕連亭の食堂に横たわるウィルさん。
上半身を鮮血に染め、うつ伏せに倒れたまま。
「……」
セレス様。
絶望した目で、俺に死をせがんでいる。
「……」
テポレン山の麓。
俺の手の中には……セレス。
もう息をしていない。
「……」
幸奈。
武志の棺の前で泣きじゃくる幸奈。
……。
……。
……。
……。
無力感が襲ってくる。
絶望が心を押さえつけ。
虚無が身体を……。
……。
……。
……。
幾つもの映像が消えては現れ、また消えて現れる……。
「くっ!」
分かってる。
こんなものはまやかしに過ぎない。
壬生の異能による偽物だ。
だけど、この感情は……。
感情は本物なんだ。
「苦しそうですねぇ。仲間になるなら助けてあげますよ」
壬生の声が通り過ぎていく。
「まだ、頑張りますか?」
「……」
「忍耐力もあるんですねぇ。でも、これなら有馬さんの身体は傷つかない。最高でしょ」
「……さい」
「はい?」
「……うるさい。黙れ!」





