第184話 魂を揺らす者 1
「有馬さん、難しい顔して、どうかしました?」
「……読めばいい」
「だから、読めませんって」
実際はどうだか分からない。
ただ、そういう異能は持っていないか。
「で、何を考えているんですか?」
「君が普通の少年じゃないと考えていただけだ」
「ぼくは、ただの13歳の中学生ですよ」
「……ただの少年は消えたりしない」
「ああ、そうかも」
どこまでも余裕を崩さない。
それどころか、人を食ったような、小馬鹿にしたような表情を見せてくる。
威圧感と不快感を同時に与えられているようだ。
「……ただの少年は異能など持っていない」
「うん、うん、なるほど」
「何より、複数の異能を持っているわけがない! そうだろ、壬生伊織君」
俺がその事実を口にした瞬間。
壬生少年の目から笑みが消え。
余裕が消え。
空気が変わる。
研究所内の空気が変わっていく。
「……」
重さを増した空気が体にのしかかり、皮膚にはひりつくようなプレッシャーが。
やはり普通じゃない。
想像以上だ。
「……どうして?」
「何がかな?」
「どうして知っている?」
「さあ」
さらに増すプレッシャー。
凍りつく空気。
「……」
要らぬ一言だったな。
不要な刺激を与え、情報まで。
そう、自ら手の内を明かす必要はなかった。
「異能と名前を……」
「……」
未熟にも、壬生少年の言動に影響を受けてしまったか。
が、今さらだな。
口にしたものは仕方ない。
「読めるのか?」
「それは、君だろ」
「……」
「……」
瞳から光を消した壬生少年の威圧感は凄まじい。
もうオルセーどころじゃないぞ。
ダブルヘッド、いや、トリプルヘッドの放つ存在感にも負けていない。
「……」
「……」
沈黙の中、プレッシャーが増していく。
それが突然。
「!?」
消し飛んだ!
「くく、くくく、ははは……」
「……」
「面白い。実に面白い」
登場時と同等の空気に戻っている。
壬生少年の瞳にも光と余裕が。
「有馬さん、あなたは面白い人だ」
「……」
「想像以上ですよ」
想像以上なのは、そっちだ。
「面白いし、恐ろしい」
それこそ、そっちだ。
「ふふ」
さっきの威圧感もとんでもなかったが、それ以上に恐ろしいのは壬生少年の持つ異能。
揺魂
人の魂に直接干渉し様々な影響を与える。
効果は対象者の精神力によって変動する。
魂移
自分の魂を他者に移すことにより、その身体を自分のものとする。
複数持ちというだけでも常識外れなのに、持つ異能が規格外すぎる。
まず揺魂。
鑑定では具体的な影響については分からなかったが、それはこの異能の用途が多岐にわたるから。非常に厄介な能力だ。
誰もこの少年を認識できなかったのは、揺魂の力が使われていたからなんだろう。
俺が認識できたのはステータスのおかげ、ということか。
魂移。
自分の魂を他人の肉体の中に移すことで、その身体を乗っ取ることができるという常軌を逸した異能。
ただ、異能行使の対象は魂の質が似ている者、さらに自我が確立する前の肉体に限定されるらしい。
つまり、自分によく似た幼児しか乗っ取れないと、そういうことか。
「……」
制約があるとはいえ、人が持っていい異能じゃないだろ。
この異能を使えば、身体を何度でも奪うことができる。
永遠に生きることができるのだから。
こいつ……。
中身は何歳なんだ?
「また、考え事ですか?」
「……そうだな」
この壬生少年。
身体の中は30歳や40歳じゃ済まないはず。
100歳を超えていても全く不思議じゃない。
いや、それどころか、幾つもの身体を経てこの身体を得ているのだとしたら……。
信じがたいほどに老成した熟練の異能者。
そう考えた方がいい。
熟練の異能者だと思って対処すべきだ。
「ぼくと一緒にいるのに、考え事ばかりですね」
「……」
「別にいいですけど……それで、どこまで知ってるんです? どうやってそれを知ったんです?」
「……勘かな」
「面白くない冗談ですね」
「異能があるんだから、第六感もあるだろ」
「話したくないなら……聞くのは止めておきましょうか」
「……」
「それにしても、有馬さんはこれだけのことができるのに、異能者じゃないって言うのだから。でも、本当に異能者じゃないんですか?」
「何度も言っているように異能は持っていない」
「では、あの速度は何なんです? およそ、常人の出せる速さじゃないですよ」
「……」
「異能でないとしたら……魔法とか?」
「!?」
「えっ、何です、その反応?」
顔に出た?
まずい、読まれるんじゃ?
「まさか、魔法を使えるんですか、この現代日本で?」
「……そんなわけないだろ。魔法なんか存在するわけがない」
「そうですよね。ぼくの知る限りでは、そんなものはこの世界に存在していませんから」
そうだろうな。
「ぼくが知らないということは、存在しないということ。そのはずなんです……」
そこまで言うとは……ほんと、何歳なんだ?
「存在しないはずのものが存在する……。有馬さん、この世界の外から来ました?」
「……」
鋭すぎる。
こいつと話していたら、いずれ露見してしまいそうだ。
「うーん。さすがに、それはないかぁ」
「……」
「まあ色々疑問はありますが、それはまた教えてもらうとして。そろそろ本題に移りましょうか」
「……ああ」
それがいい。
この話題は危険すぎる。
「え~、それでですね」
本題は何だ?
こっちとしては、こいつが敵なのか味方なのか知りたい。
味方とは思えないが、橘の仲間じゃないと話していたしな。
実際、前回も今回も橘には加勢しなかったという事実もある。
「ぼくの希望はひとつだけです」
「それは?」
「有馬さんに、ぼくの仲間になってもらいたいんですよ。そして、力を貸してほしいんです」
そう言って口の端を上げる。
どこまでもふてぶてしい態度を崩さない年齢不詳の少年。
「鷹郷さんや古野白さんと離れて、橘たちと手を組めと?」
「いえいえ、さっきも言ったように橘はどうでもいいんですよ。それに、そちらの方々もどうでもいい。彼らとは関係なく、ぼくに力を貸していただければと」
「橘の面倒を見ていたんじゃないのか?」
「そうですね。でも、有馬さんと橘なら有馬さんを選びますので。だから、どうです?」
「……」
「そもそも、ぼくは有馬さんの不利益になるような事してませんよね。ビルの屋上でも公園でも、ぼくは何も手を出してませんよ」
確かにその通り。
俺に対しても鷹郷さんたちに対しても、こいつは直接何もしていない。
「ぼくに力を貸してくださいよ」
「俺は異能者じゃないぞ。どうして、そこまで評価しているんだ?」
「異能云々は、この際問題じゃないです」
「普通人である俺より瞬間移動の異能を持つ橘の方が手を組む価値があるんじゃないのか」
「普通人とか異能者とかいう定義はですね、この国が勝手に決めたものです。そんなものどうでもいい。ぼくは有馬さん自身を評価しているんですよ。まっ、何らかの力は持っているんでしょうけど」
「……」
「今は話さなくていいですよ。でも、いつかぼくのことを信じてくれたら、話してくださいね」
「そんな未来は来ないと思うぞ」
「はは、そんなことないですって」
「大した自信だな」





