第182話 能力開発研究所 5
「異能を使えないお前には、これが一番だ!」
まずい!
銃弾はまずいぞ!
「くっ!」
前方に橘の拳銃。
さらに、左右と後ろにナイフが出現!
考える余裕もない。
咄嗟に、右前に身体を投げ出す。
ダン、ダン!
と同時に、2発の銃声。
重く暗い金属音とともに、銃弾がすぐそこをかすめていく。
ギリギリだ!
が、何とかなった。
ナイフを掻いくぐり、銃弾も避けることができた。
「っ!? これも避けるのか! なら」
ダン、ダン!
再び火を噴き、銃弾が飛来!
の直前に、横に跳躍して床を転がる。
「……」
これも紙一重。
それでも、回避に成功だ。
「くそっ!」
今ので4発。
残りの銃弾数は?
「この!」
橘の指に力が入るのが見える。
今回ははっきり見える。
撃鉄を起こし、引き金を……。
それを見極め、また跳躍。
ダン、ダン!
三度静寂を斬り裂いた銃弾が空を切り、壁に沈んでいく。
よし!
タイミングがつかめてきた。
しかも、もう6発を撃ち終えている。
残る弾数も少ないはず。
あと1度か2度避ければ終わりだ。
「お前!」
「……」
「拳銃を、銃弾を……」
今の俺はレベルも上がっている。
だから銃弾にも対処できたんだ。
これが以前の俺だったら。
「……」
拳銃の弾丸の速度を秒速400メートル、時速1440キロメートル前後だと仮定しても……。
とてもじゃないが、この距離で避けることなんてできない。
レベルアップした今の肉体でも、発射後に避けるのは不可能だ。
発射寸前に動いてギリギリといったところ。
あるいは、武志のように防御壁を構築すれば防ぐこともできるだろうが、これも構築時間が問題になってくる。
何より、ここでは魔法を使いたくない。
「本当に普通人か?」
「……」
もちろん、今よりレベルが上がった身体を魔力で限界まで強化すれば、もう少し余裕も生まれるだろう。
が、今度は思考がついてこない。
対処は困難だってことだ。
ただし、魔力で肉体強度を高めた状態なら、急所にでも当たらない限りは1発で致命傷を負うこともないはず。
痛みは変わらないが……。
「いったい何者だ?」
「……」
「黙ってないで答えろ!」
「……」
「名乗れないのか!」
うるさいやつだな。
「……名乗る気がないだけだ。それより、拳銃を使うのは反則だぞ」
いや、犯罪か。
「反則? 何だそれは。そんなものあるか!」
言われるまでもなく、分かってる。
分かってはいるが、異能者は異能で戦うもんだろ。
というのは、ただの俺の理想か。
「普通人相手にはなあ、銃が一番効果的なんだよ!」
「……」
そうだな。
普通人どころか、異能者にも効果はあるだろうよ。
けど、今は……よし!
身体の最大強化完了だ。
「ただ……お前、普通人じゃないな。スピード特化の異能持ちか?」
「異能は持っていない」
「嘘をつくな!」
嘘じゃない。
「まっ、今さら普通人でも異能持ちでも、どうでもいい。これで最後だからな」
その言葉と共に消える橘。
「……」
後ろか!
ダン、ダン!
姿を現した途端、至近距離からの2発!
とはいえ、予想通りの動き。
しかも、今の俺の身体は完全完璧な強化状態。
後ろに気配を感じた時点で既に動いている。
銃声が響く直前に予備動作なしのノーステップで右に跳び、そこで反転。
そのまま橘の懐に!
「なっ!?」
銃を構えなおす暇も瞬間移動の暇も与えず、掌を橘の顎に!
顎を揺らしてやる。
「うぐっ!」
当然、揺れた脳は動きを止め。
「ぅぅぅ……」
力が抜けた体は膝をつき。
そして……。
橘が沈んだ。
さてと。
何とか倒すことができたが、前回のこともある。
今回は逃げられないように、まずは橘の異能を抑えないとな。
いまだ目を覚まさない鷹郷さんのもとに歩み寄り、スーツのポケットから異能抑制具を取り出す。
この抑制具を橘の腕にはめてやればいい。
そうすれば無事終了だ。
さっそく、と。
橘の方を振り返った、その時?
っ!
あれは?
少年!
幽霊少年だ!!
「……」
「……」
今日は現れないのかと思っていた。
けど、そんなわけないか。
ここで登場しないなんて。
そんなこと……。
俺の足下には、床に横たわる鷹郷さんたち3人。
デスクの周りには、職員たち。
通路には、武志と女性異能者。
そして、橘。
全員が倒れ伏している中、立っているのは俺と幽霊少年のみ。
その少年が橘の傍らに立ち、こちらを見つめている。
少し透けた身体を俺に正対し、ただ見つめている。
「……」
「……」
僅かばかりの沈黙の時間が、こちらの心をざわつかせ。
奇妙で不愉快な感覚にとらわれてしまう。
「……」
「……」
沈黙の中、静かな微笑みを見せる少年。
漆黒を映す瞳には、好奇心。
新月の弧を描く唇には、驚嘆。
隠しきれない感情が、こぼれている。
「……いったい、君は?」
「ふふ」
口の端から声が。
ついに、声が!
「やっぱり、見えるんですね」
「……ああ」
「はじめまして、いや、お久しぶりです、がいいのかな?」
これまで沈黙を守っていた口から流れ出る声音。
あふれ出る笑顔。
「君は……」
透けも消えている。
やはり幽霊じゃない。
「そうです。ぼくは幽霊じゃありません」
なっ、心が読める?
「心は読めませんよ」
また読んだ?
「読んでませんって。有馬さんの顔に出ているだけですよ」
「……」
「って、うそ、うそ。嘘ですよぉ。皆さんぼくを見ると幽霊と間違えるんで。有馬さんもそうかなぁって、思っただけです」
何だ、この少年。
ずっと口を閉ざしていたのに、一度開くと人を食ったようなことばかり。
「有馬さん、そんな顔しないでくださいよぉ」
それに、どうして俺の名前を?
「有馬さんと呼ばれているのを聞いたんです」
やっぱり、読んでるぞ!
「だから、顔に出てるんですって」
「……」
「また、そんな怖い顔してぇ。ぼくの方は、有馬さんと仲良くしようと思ってるのになぁ」
仲良く?
「それは……どういうことかな?」
「言葉通りです。ぼくは有馬さんと仲良くなりたいんですよ」
「君は橘の仲間じゃ?」
「うーん、仲間ではないですねぇ。ぼくがちょっと面倒を見ているだけです」
面倒を見ているだと。
橘より立場が上なのか?
こんな少年が。
「……」
いや、違うな。
確かに、外見は幼いとさえ思える容貌をしている。
けど、この少年の持つ雰囲気……。
透けていた時は分からなかったが、今ならはっきりと分かる。
この雰囲気は、とてもじゃないが少年の持つものじゃない。
それどころか……。
とんでもない圧力を感じる。
あどけない少年が笑顔で話しているだけなのに。
「……」
日本では感じたことがないような、重く鈍い圧力。
あのオルセー以上の圧力。
いったい、どういうことなんだ?





