第179話 能力開発研究所 2
腹を割って話す、か。
これはつまり、ある程度のことは話せ、と。
そういうことなんだろう。
「……」
許されるなら、ここで帰りたいよ。
「まずは、当研究所について簡単に説明したいと思う」
それから鷹郷さんが話してくれた内容を要約すると。
能力開発研究所とは国によって設立された異能関係の様々な業務を行う機関ではあるが、現在は一部を除き民間の団体として活動しているらしい。
この事務所は全国に複数ある出張所の1つ。古野白さんや俺たちが通う大学周辺の地域はこの事務所の管轄下にあるそうだ。
研究所では異能者たちの保護と指導を行っており、保護下にある一部の異能者は研究所の依頼を遂行することで報酬を受け取っているとのこと。要するに、研究所と嘱託所員のような関係を結んでいるってことだ。
その中において、古野白さんと武上からなる異能者のグループは、鷹郷さんが統括する複数のグループの1つで、通常は割り当てられた地域の異能関係の業務を請け負っているらしい。橘や武志の一件はまさに担当地域での異能者の取り締まり業務にあたると。
「こんなところよ。何か質問あるかしら」
鷹郷さんに促され、古野白さんが俺たちに訊ねてくる。
「あのぅ、こちらの業務って他に何があるんですか?」
「里村君、それは……。色々ね」
「色々って……」
「色々な業務があるのよ」
「……」
「古野白君、私が話そう」
「……はい」
「簡単に言うとだね……様々な脅威の排除のために動いているといったところかな」
「脅威ですか?」
「ああ、脅威だ」
「それは、どんなものなんです?」
「……警察などの手に負えないようなものだね」
「例えば?」
おいおい。
容赦なく追及しているぞ。
里村、すごいな。
「……」
「……」
「教えてもらえないんですか?」
この空気にも屈しないなんて、恐れ入るよ。
「はぁ。これは、ここだけの話にしてもらえるかな」
「はい、もちろんです」
ちょっと待て。
「そういうことなら、私は席を外しますので」
そんなもの聞いたら面倒しか残らない。
「いや、有馬君にも聞いてもらおう」
「……遠慮したいのですが」
「そう言わず、まあ座りなさい」
「……」
「それで、脅威って何なのですか?」
里村ぁ……。
「……常ならざるもの、怪異、異形だ」
「異形?」
「簡単に言うと化物よ」
怪異に異形、化け物!
「化け物って、あのバケモノ?」
「そうね」
「ホントに? ホントに化け物が!」
「え、ええ」
「化け物が存在する! 超能力に化物まで……」
「……」
予想外の返答に興奮の表情で呆けている里村。
俺も同じく混乱中だ。
だって、この現代日本に異形が存在するなんて!
「そんなものが本当に存在していたんだ! すごい、すごいや!」
「里村君、少し落ち着いて」
「えっ! あっ、ごめんなさい」
「謝らなくていいけど」
「うん、うん……それで、古野白さん、ネッシーとか雪男とかヒバゴンとか見たことあるの?」
「ネッシーも雪男も日本の化け物ではないでしょ。ヒバゴンって何?」
「知らないの! 中国地方に生息している日本版雪男だよ。ちなみに、比婆山で目撃されたからヒバゴンね」
「そ、そうなんだ」
「で、古野白さんはどんな化け物を退治したのかな?」
「ちょっと誤解しているわ、里村君。異形は確かに存在する。でも、そんなあからさまな化け物ばかりじゃないのよ」
異能という超常の力に加え、異形が実在するという事実。
そりゃあ、ここだけの話だわ。
ただ、あからさまじゃないとは?
「えっ? どういうこと?」
「……」
困ったような顔で鷹郷さんの様子を確認している古野白さん。
「……」
頷いているな。
話を続けるようだ。
「人に憑依している異形が多いわね。稀に、霊体が実体化した化け物なんかもいるけど」
「じゃあ、雪男はいないんだ……。鬼とか妖狐とかゴブリンなんかも」
「憑依された人間や実体化した霊体が鬼や妖狐のような姿になることはあるわね。ゴブリンはさすがにいないわよ」
「鬼や妖狐はいるんだ! でも、ゴブリンはいないのかぁ」
憑依とはいえ、いわゆる鬼や妖狐なんかも実在するとは!
本当に驚いてしまう。
でもさ、ゴブリンはないだろ、里村。
そこでがっかりするなよ。
「異形の案件は決して多くはないわ。ただ、私たちはそんな感じで異形対策も行っているのよ」
「そうだったんだ。……古野白さん、ボクも異形に会えるかな?」
「難しいでしょうね。何より、危ないわよ」
「そっかぁ……。確かに危ないよね」
ところで、異形対策って人に憑依した異形への対応が主な仕事なんだよな。
それ、憑き物落としの類じゃないのか?
異能者というか、霊媒師の仕事なのでは?
いや、霊媒師が実在するのかも知らないんだけどさ。
「……」
まあ、聞くのはやめておこう。
もちろん、興味はあるが深入りは良くない。
「それで、古野白さんが退治した化け物ってどんな種類の化け物なの? 憑依体ばかりなのかな?」
「それは……憑依せず実体化した化け物と遭遇したこともあるけれど……」
「やっぱり、経験あるんだ!」
「……」
「鬼かな、妖狐かな? それとも土蜘蛛とか? うん? 強い化け物って何だろ?」
「鬼や蜘蛛の類もいたわね。ただ、手強かったのは……邪狼狗」
ジャロウク?
聞いたことない化け物だ。
「っ!?」
この表情。
さすがの里村も知らないよな。
「邪狼狗……」
「狼のような姿をした人型の化け物よ」
「人型の邪狼狗……」
そうか。
人型もいるのか。
人型の化け物というと。
「狼男のような姿でしょうか?」
「少し違うわね。見た目は線が細いというか……説明が難しいわ」
「オホン。古野白君、今はこれぐらいにしておこうか」
「あっ……すみません、喋り過ぎました」
「……」
「ごめんなさい。ボクが興奮しちゃったから」
「質問を許したのは私の方だから、気にしなくていい。ただし、里村君、他言は無用だよ」
「……はい」
「有馬君も」
「もちろんです」
「ならば好し。それで他に質問はないかな?」
「……」
「有馬君は何かないのかい?」
深入りする気はないが、武志の件もある。
少しくらいは聞いても……。
「……異能者の人数は? 日本にどれくらい存在するのでしょうか?」
「ふむ。現在確認できている異能者は、300人もいないな」
多いな。
いや、少ないのか?
「異能の種類は? 強力なものが多いのですか?」
「種類は様々だな。ただし、大半はそれなりの力に過ぎない」
「瞬間移動や結界は強力ですよね」
「ああ、そのような異能は上位と考えられている」
やっぱり、そうなんだな。
「では、異能者の誕生に規則性は?」
「……ここだけの話だと思って聞いてもらえるかな」
「機密でしたら結構ですので」
「いや、関係者なら皆知っていることだ。君たちもすでに関係者みたいなものだから問題はない。ただ、異形の話同様、外には漏らさないでほしい」
そういう話はあまり聞きたくないんだが、今さらか。
「……分かりました」
「よろしく頼む。それで、異能者の誕生については、君の言う通り規則性が存在する」
「……」
「日本には古来より異能を司る家門が存在しているんだよ。歴史の表舞台には表れていないが、その家門の中で異能を持って生まれた者たちがその力を用いて……」
「……」
「力を用いて様々な問題を解決してきたと、そういうわけだな」
「昔から歴史の裏で活躍していたんですね。凄いなぁ。ねえ、有馬くん」
大人しくなっていた里村が、また喋り出したぞ。
「……ああ」
「ホント、凄いや。でも、その家って、どれくらいの数があるんですか?」
「最盛期には100家門にも上ったという異能家門も、現在では最盛期の半分にも満たない。数世代に1人の異能者を生むような家門はそれなりに存在するのだが、継続的に異能者を輩出している家となると、そういう状況になる」
「そっかぁ、そうなんだぁ。すごいなぁ」
ああ、凄い。
50家という異能家門が日本に存在するのだから。
「えっと、鷹郷さんも異能家門の出身なんですよね」
「ああ、私も家門出身だ」
「やっぱり! そんな感じします!」
「……」
異能の家門。
それらが国の管理下にあって、そこで生まれた異能者が鷹郷さんのような役職に就く。
そういう仕組みなんだろう。
本当に凄いことだよ。
「でも、それだと、現在の異能者の数は多すぎですよね?」
「その通り。継続的に異能を生む家門といっても、家の者全てが異能者というわけではないのだから数には合わない」
「ですよねぇ」
「ふむ……。例外的なことだが、一般の家庭からも稀に異能者が生まれることがあるのだよ。その多くは些少な異能を持つだけなのだが、極稀に古野白君のような強い力を持った者が生まれることもある」
「古野白さんは異能家門の出身じゃないんだ!」
「ええ、私は一般的な家庭で生まれ育ったわ」
「発芽した能力を持て余しているところを私がスカウトしたというわけだ」
「そうなんだぁ。大変だったんだね、古野白さん」
「……」
「それで、何歳で異能に目覚めたの?」
「中学の頃ね」
「一般家庭で中学生の頃かぁ。ホント、大変だぁ」
「……まあ、それなりにはね」
異能に関係のない家で、異能が何かも分からない状態での発現。
苦労したんだろうな。
「……」
武志も古野白さんと似たような状況か……。





