第173話 予知
チーズとミンチのクレープ風。
俺もいただこう。
「……確かに濃い味付けですが、悪くないですね」
とろけたチーズと肉汁たっぷりのミンチ。
生地はクレープというよりはガレットに近いだろうか。
具材の濃厚な味と生地の独特の風味がよく合っている。
「はい!」
笑顔で美味しそうに、少しずつ頬張るセレス様。
広場で軽食をとるなんて、初めての経験なのに。
それでも様になっている。
セレス様のいる空間だけが、周りとは違って見えるようだ。
「……」
セレス様には、隠しても隠しきれない品が備わっている。
今さらだが、そう感じてしまうな。
「こういうお食事も、気持ちが良いものですね」
「そう、ですね」
広場のベンチでふたり並んでクレープを口にする。
穏やかで、心安らぐ時間。
この広場に来てよかった。
心からそう思う。
「……」
「……」
この広場……。
10歳のあの時、魔球合戦をしたのはこの広場の一画だった。
リーナとオズと出会った思い出の広場に、今はセレス様とふたり。
不思議なものだな。
「コーキさん! コーキさん!」
「あっ、ボンヤリしてしまって」
「それは、良いのですが……。お疲れなのでは?」
「心配をおかけして、すみません。私は大丈夫ですので」
「本当ですか?」
「もちろんです」
「セレス様こそ、お疲れではありませんか?」
領都ワディナートからテポレン山、魔落へと続いた脱出行。
少し休んだだけで、疲れが完全に取れるはずがない。
それに。
こうして無事にオルドウに到着したことで、つい安心してしまうけれど。
セレス様の問題が解決したわけでもない。
彼女自身の身の安全や、領都に残してきた家族や領民のこと。
考えることが山済みなんだ。
「私は……。ありがとうございます。でも、平気です」
そう言って微笑むセレス様。
僅かな憂いの中に、凛とした空気を漂わせている。
「……」
今目の前にいるセレス様は、魔落であの悲壮な思いを経験してはいない。
なのに、この雰囲気。
魔落で多くのことを乗り越えたセレス様が纏っていた空気に似ている。
これは……。
「コーキさん」
「はい?」
「私のこの命は、コーキさんに助けていただいた命です」
「……」
「まだまだ未熟な私ですが、助けて良かったと思ってもらえるように」
穏やな口調で、静かな眼差し。
それなのに、強い引力を感じてしまう。
「そんな生き方をしたいと思っています」
「……」
できるだろう。
このセレス様なら、きっと。
「でも、何かあったら、また助けてくれますか?」
「当然です。すぐに駆けつけますから」
「ふふ、嬉しいです」
「……」
「ところで、コーキさん。口調がずっと硬いままですよ」
「それは、セレス様も同じでしょ」
「あっ、そうでした」
一転して、ふんわりとした微笑みを浮かべるセレス様。
空気も華やいだものに変わっていく。
「シアたちもいますし、魔落でのようにはまいりませんね」
「今はふたりですよ」
「コーキさん、意地悪です!」
「すみません」
「もう!」
「では、今後ふたりの時には、もう少し砕けた口調で話しますね」
「はい、お願いします」
こうして話していると、奇妙な違和感を覚えてしまう。
さっきから、そんな感じがずっと……。
「ところで、コーキさん。ひとつ変なことを聞いてもいいですか?」
「ええ……何でしょう?」
「ワディンの地以外では、私の予知は使えないのですよね」
「トトメリウス様からは、ほぼ使えないと伺っていますよ」
「では、使える可能性も?」
「僅かな可能性ならあるかもしれませんね」
「僅かな……」
テポレン山を下りる際に話をしたセレス様のスキルの話。
成長促進、免疫力向上、HP回復、などといった生物の持つ生命力を増進させる祝福は、少し弱まるもののワディン領以外でも使える。
対して、予知はワディン領以外ではほぼ使えないとのことだった。
で、なぜ今その話を。
「何かあったのですか?」
「あの……。ただの夢かもしれないのですが……」
「はい」
「見たこともない世界に、私がいる夢を見たんです。とても清潔な部屋で、ふかふかのベッドで横になっているのです。近くに飾られている絵画は……中の絵が動いて喋るんです!」
「……」
「その部屋の窓から外を眺めると、馬なしで馬車が走っていました。とても沢山の馬車が……。空には龍のようなものが凄い音を出して飛んでいました」
それはテレビに、自動車と飛行機じゃないのか。
「そんな私の傍らには、コーキさんがいるんです」
どういうことだ?
「……」
このセレス様は異世界のことを知らない。
俺が異世界人である事実も知らない。
なのに、どうしてそんな夢を見ることができる?
いや、仮に異世界の存在を知っていても、テレビや飛行機を夢で見るなんてあり得ないのでは……。
「これって、予知ではありませんよね」
予知じゃないのか?
では、ただの夢?
「予知については、私はよく知らないのですが……。どうなのでしょうね」
「分からないのです。あれが何なのか?」
「……」
「夢だとしても、変な夢ですよね」





