第169話 廃墟ビル 12
橘と武志は隣の通りにいる。
すぐそこだ!
今度こそ逃がさない!
必ず捕まえてやる!
脚に魔力を纏い、地面をける。
必殺の思いで駆ける。
勢いを殺すことなく角を曲がり、その通りに足を踏み入れ。
見えた!
そこにいる!
幸いなことに、周りには人影もない。
よし、ここなら!
さらに加速。
「っ!?」
こちらに気付き、立ち止まる橘。
SPはほとんど残っていないように見える。
ならば、ここで終わりだ。
「どうして、何度も!」
一撃で意識を刈り取ってやる。
「まさか、転移先が分かるのか?」
決着をつけてやる。
「ほんと、何なんだ!」
もうすぐ手が届く。
「何者だ!」
「……通りすがりの普通人だよ!」
そのSPでは瞬間移動は使えないはず。
走って逃げることも不可能。
つまり、ここで終了だ。
橘を倒し。
武志を確保する。
橘の後ろにいる武志を……っ?
って!
ここで出るかよ!
なあ、幽霊少年!
「……」
武志の横に現れたその姿に、勢いづいていた俺の足が止まる。
橘まであと数歩のところで止まってしまう。
「……」
さっきと違い帽子を目深にかぶっているから、表情は良く見えない。
が、間違いない。
あの透けた少年だ。
「……」
ここでもまた、少年に意識が……。
違う!
今優先すべきは橘なんだ。
「橘さん!」
「大丈夫だ。問題ない」
こいつ、まだ?
「本当に大したものだが、残念だったな」
嫌な嗤いを浮かべる橘。
「今度こそ、お別れだ」
「逃げることができるとでも?」
「もちろん」
「……」
なぜ自信が持てる?
そのSPで。
「じゃあな」
橘が発したあまりにも軽い別れの言葉。
その言葉が宙に消えるやいなや……。
なっ、まさか!
橘の脚が薄れ……。
腰が薄れ……。
胸が薄れ……。
全てが薄れ……。
消えてしまった!
武志もあの少年も!
「……」
瞬間移動はもう使えないはずなのに!
どうして消えることが?
「……」
いーや。
まだ終わりじゃない。
橘の転移範囲なら、こっちは何度でも感知可能。
いくらでも追いかけてやる。
気配感知!
「……」
「……」
感知!
「……」
「……」
ない!
近くに橘の気配が存在しない。
範囲を少し広げて、さらに探っても
いない。
これは、いったい?
何が起こってる?
その後、何度も感知を試してみたものの、橘の気配を捉えることはできなかった。
気配の欠片すらも。
結局、橘を逃しただけでなく、武志を連れ戻すことにも失敗したんだ。
「……」
武志だけでも助けたかった。
武志のことで、ここ最近の幸奈がどれだけ悩んでいるか。
昨夜の会話からも、それが充分に理解できてしまう。
幸奈のためにも、そして武志本人のためにも橘たちから引き離したかった。
どういう理由があって、武志が橘側についているのかは分からない。
けれど、今の状況が良いことだとは到底思えないから。
武志……。
お前も異能者だったんだな。
しかも、結界の異能者。
あの公園でのことも武志が……。
「……」
正直なところ、最近の武志の問題については単に素行が悪くなっているだけだと思っていた。
そう難しい問題でもないと考えていた。
だけど、こうなると……。
不吉な想像はしたくないけど……。
「……」
前回の時間の流れの中での武志の死は、異能に関わるものだったのかもしれない。
武志は事故で亡くなった。
俺はそう聞いていただけで、詳しい事情は知らない。
前回も今も何も知らない。
俺が幸奈や武志と、和見家と近い関係を保っていれば、また違っていただろうに……。
俺は自分のことばかり考えていたから。
「……」
でも、今回は違う。
何としても武志を助け出す。
もう幸奈には、前回のような悲しい思いは絶対にさせない!
「有馬くん、どうだったの?」
何の収穫もなく廃墟ビルに戻ってきた俺を里村が出迎えてくれる。
「……逃してしまった」
「そうなんだ」
「ああ、情けない」
「そんなことないよ。あんな超能力者が相手なんだから。瞬間移動の異能者に負けていない有馬くんは凄いと思うよ」
里村の素直な称賛が心に痛い。
「でも、あんなに何度もテレポーテーションって使えるんだね。超能力って無尽蔵なのかな?」
「いや、限界はある。あいつも限界だった」
なのに、消えてしまった。
ステータス上はもう瞬間移動できないはずだったのに。
理由が分からない。
それに、最後の消え方。
それまでの瞬間移動とは違っていた。
屋上での転移も逃走中の転移も一瞬で消えていた橘が、最後のあの転移の瞬間だけは少しずつ薄れるようにして消えていったから。
まさか違う能力でもあるのか?
いや、橘のステータスには、そんなもの存在していなかった。
それなら?
「じゃあ、ギリギリのところで逃げられたんだね」
「……そう、だな」
「そういうことなら、次は有馬くんが勝てるよ」
「……」
次……。
次の機会があるなら、そこでは必ず橘を捕えてやる。
完全に身体強化して速度で圧倒してやる。
瞬間移動する隙すら与えずにだ。
「今回は突然巻き込まれたからさ。次はきっと大丈夫」
確かに、今回は予想外の展開が多かった。
武志も橘もそうだが、あの透けていた少年も。
「……」
俺以外誰も視認していない少年。
ただの錯覚かとも思ったが、最後の転移の瞬間にも橘の傍らにいるのを見てしまったから。
異能者なのか?
いや、それなら今回も介入していたはず。
では、何者なんだ?
本当に霊なのか?
「大丈夫だよ、有馬くん」
俺の顔を下から覗き込むようにして見上げてくる。
優しいな、里村は。
「……そうだな。次は必ずだ」
あの少年のことは……今は考えても仕方ない、か。
異能者なのか? 敵なのか? そもそも人なのか?
何も分かるわけじゃないのだから。
「うん、うん、間違いない。じゃあ、屋上に戻ろうよ」
「……」
そうだ。
古野白さんたちの様子を見に行く必要がある。
ちゃんと脱出しているんだろうな?
脱出できているなら良いけど、そうじゃなければ……。
この暑さで閉鎖空間に閉じ込められているんだ。
熱中症で倒れているとか、やめてくれよ。





