第17話 夕連亭 2
幸奈に励まされた翌日。
決意新たにオルドウに向かう準備をしている。
さてと。
「ふぅ~」
今から異世界間移動を行うとなったら、少し呼吸が荒くなるな。
やはり、まだ完全には克服できていない。
2回目もウィルさんを亡くしたショックで薄れかけていたが、あの記憶が戻ってきたみたいだ。
心臓の音がうるさい。
だが、もうこれくらいは問題ない。
もう一度深呼吸。
「ふぅ~」
さあ、準備は整ったぞ。
今度こそ勝負だ。
新たな決意。
それはウィルさんの仇を取ることではない。
ウィルさんを助けること。
なぜなら。
「ステータス」
有馬 功己 (アリマ コウキ)
20歳 男 人間
HP 110
MP 155
STR 183
AGI 125
INT 211
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解
セーブ&リセット(点滅)
<所持金>
5、260メルク
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 未
セーブが点滅しているからだ。
そう、もうひとつのセーブを俺は使っていたんだ。
そんなことも忘れていたなんて、どうかしてるよな。
本当にここ数日は普通じゃなかった。
ステータス画面をしっかりと見ることもしていなかったのだから。
情けないことこの上ない。
でも、もう大丈夫だ。
頭も正常に働いている。
問題ない。
で、このセーブだが、夕連亭での最初の事件の後、リセットして戻った時点。
つまり、20歳の俺が初めてオルドウに来たあの路地裏で死への恐怖に震えた後、身体を休めるために宿に移動したあの時。
どこかで2度目のセーブをしていたんだと思う。
あの時は普通の状態じゃなかったから、はっきりとは覚えていないが、セーブを使ったような、そんな気がする。
場所はいつもの路地裏か、大通りか、宿の中か?
リセットを使えば、そのどこかに戻ることができるはず。
しかし、セーブ&リセットがなぜ使えたのか?
2つ目のクエストをこなす前の時間に戻ったのだから、2度目の報酬はないはずなのに……。
時の流れが、俺の認識とは違うのだろうか?
正直分からないが、神様に感謝して使わせてもらおうと思う。
2回目のリセットだ。
……。
もう2回目を使うなんてな。
セーブ&リセットはなるべく使わないという俺の考えはどうなったのか。
何とも気恥ずかしいものがあるが、背に腹はかえられない。
前回も今回も人の命が懸かっているのだから。
ちなみに、所持金がリセット前に比べるとかなり減っているのだが、これは鑑定してもどういう理由か解らなかった。そんなに金銭を使った覚えはないし、リセットの対価なんじゃないだろうかと今は考えている。
「ふぅ~」
三度目の深呼吸。
不安はある、あるけど。
いくぞ!
「リセット」
眼の前が白で埋め尽くされる。
が、浮遊感などなく……。
あの路地裏に立っていた。
やはり、この路地裏でセーブしていたんだな。
で、呼吸は問題ない。
落ち着いている。
大丈夫だ。
色々と覚悟していたんだけど、一安心だな。
さて、確認からだ。
「ステータス」
<所持金>
2、630メルク
やはり所持金が減っている。半減しているな。
リセットには所持金の半分が必要になるのか。
ということは、所持金が多いほど対価が大きくなると!
これは考えものだな。
まあ、お金のことはあとで考えよう。
ここからは考えた作戦通り事を進めるぞ。
今の時間は、俺が最初にオルドウに降り立った初日の朝。
時間はたっぷりある。
ということで、まずは必要な物を簡単に買いそろえ、夕連亭の前に歩を進める。あの事件の手掛かりになりそうなものがないか調べたい。不審な人物などもいるのなら確認しておきたいと思っている。
正直なところ、今は犯人については全く見当がついていない。
俺が斬られた時は背後から急に襲われたので、犯人の姿をはっきりと見ることができなかった。
ただ、こちらに気配を感じさせず、一撃で致命傷を与えた手際は間違いなく手練れの仕事だと思う。
倒れているウィルさんを見て動転していたとはいえ、背後からの襲撃に俺が全く気付くことができなかったのだから。
そんな一流の襲撃者のような雰囲気をまとう者が夕連亭に出入りしていないかの確認だ。
それと、もうひとつ。
夕連亭の前でも平常心を保つことができるかを試す必要がある。
前回、庭に忍び込んだ時は何ともなかったが、あれはあまりにも急いでいて気が逸れていたからだ。
今でも問題ないのか試さないといけない。
問題ないようなら、宿の中の食堂で昼食も食べてみよう。
ここは宿泊客以外にも食事を提供しているみたいだからな。
その後は、あの場所までヨマリさんを探しに行かないといけない。
ヨマリさんと出会ってから、あの襲撃の夜まで。
なるべく同じような時間を過ごしておこうと思っているからだ。
そんな思いの中、ちょっとした興奮と不安を抱きながらも歩調は緩めない。
ただ前に足を進める。
この角を曲がれば、夕連亭だ。
「……大丈夫。行くぞ」
夕連亭の前を歩き抜ける。
「はあ」
少し息が荒い気がする。
もう一度、今度はゆっくりと歩き夕連亭の前に。
「……」
これなら大丈夫だ。
多少の不安感はあるが、それは仕方ない。
慣れるしかないからな。
夕連亭の前にある道具屋に入り、商品を物色しながら夕連亭の玄関を眺める。
少し乱れていた呼吸もすぐに整ってきた。
ということで、夕連亭の様子を観察してみる。
が、特に不審なところもない。
まあ、そうだろうな。
想定内だ。
長時間道具屋にいることもできないので、買い物をして店を出る。
「ふぅ~」
さあ、夕連亭に入るか。
意を決して、夕連亭の門をくぐり食堂へ。
何も考えず、一気に食堂内の席に着く。
「……」
食堂の中のあの場所、あそこにウィルさんが横たわっていた。
そして、その後……。
情景がよみがえってくる。
「うっ」
やはり、気分が悪くなる。
「お客さん、顔色良くないですけど、大丈夫ですか?」
ウィルさんではない店員。
よかった、今はまだ顔を合わせたくない。
「問題ないです。ちょっと急いでいたもので」
「そうですか? では、ご注文は?」
「日替わりのスープとパンを下さい。それと、まず水をお願いします」
「承りました」
水を飲みこみ、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
そうすると、かなり楽になってきた。
そう。
こんなものはただの心の反応にすぎない。
脳と心が勝手に反応しているだけ。
俺の身体には何ら異状はない。
まったく何も問題はない。
目を閉じ、心を落ち着かせる。
「……」
目を開きウィルさんが倒れていた場所を再び眺める。
あの日の情景を思い浮かべる。
……。
良い気分ではない。
が、大丈夫だ。
これくらいなら、問題なく行動できる。
それに、すぐに慣れるだろう。
「パンとスープです」
「……ありがとう」
あまり食欲はないが。
いただこうかな。
少し余裕ができてきたところで、周囲を見渡してみる。
この中に俺を殺した犯人がいるかもしれない。
そう思うと、また嫌な気分に襲われるが。
……。
あらためて周囲を見渡す。
客はそれなりに入っているが、今のところ怪しい素振りを見せる者はいない。
ウィルさんも奥にいるのか、姿が見えない。
店内には特に問題もないし、食事客もいたって普通。
まだ、ここにはいないのかもしれないな。
この時点では宿に宿泊していないと。
まあ、そもそも宿泊客が犯人だと断定はできないが。
外からの侵入者という線もある。
そんなことを考えている内に、何とか食事を終えることができた。
少しだけ席で休んで店を出る。
犯人特定のための収穫はなかった。
それでも、無事に夕連亭で時間を過ごすことができたのが何よりの収穫だな。
その後、夕連亭の前を歩いたり離れた場所から眺めたりして時間を過ごしたのだが、やはり、全く成果はなかった……。
鼠色の帽子と外套を身につけた女性が重い荷物を抱えて歩いている。ヨマリさんだ。
ここでいきなり声をかけるのもどうかと思いながら傍らに歩み寄ると、前回同様によろめき座り込んでしまった。
時間と場所を選んでいたとはいえ、そのタイミングの良さに、つい驚いてしまう。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、でも大丈夫です。ちょっと疲れてしまっただけですので」
「とても辛そうですよ。目的地まで荷物をお持ちしますよ」
「いえ、本当に平気です。あっ」
そう言って立ち上がろうとするが、足もとがおぼつかない。
恐ろしいくらい前回と同じだ。
手を差し伸べる。
「すみません」
やっぱり美しい女性だな。
ここでもまた同じ感想を抱いてしまう。
「いえ、問題ないですから」
「あの、荷物?」
「良ければお持ちしますよ。遠慮なさらないでください」
「……ほんとにいいのですか?」
「気になさらないで下さい。では行きましょう」
荷物を持って一緒に歩き出そうとすると。
「あの……すみません。道が分からないんです」
「ああ……」
そうだったな。
前回はここで道行く人に尋ねたんだった。
「行先はどちらですか?」
「夕連亭という宿ですが、ご存知ですか?」
「夕連亭でしたら、分かります。行きましょうか」
「本当ですか。それは助かります」
問題なくヨマリさんと合流し夕連亭に到着することができた。
ここまでは順調だが……。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえ、無事に到着できて良かったです」
ここで俺だけ帰るという選択肢はない。
ないのだけど、ウィルさんが出て来てくれない。
早く着き過ぎたようだ。
どうしたものか。
「あの、よろしければ、夕食を御馳走させていただけませんか?」
これは、助かる。
「よろしいのですか」
「あれ? 母さん!?」
ウィルさん。
夕連亭の入り口からウィルさんが出てきた。
「ウィル、元気にやっていましたか?」
「母さん、急にどうしたんですか?」
元気なウィルさん!
よかった。
当然だけど、まだ生きてくれている。
安堵と懐かしさが込み上げてくる。
「ウィル、こちらは大通りで迷っていた私を案内してくれたコウキさん」
「そうでしたか、母がお世話になり、ありがとうございました」
「コウキさん、こちら息子のウィルです」
「あっ、はじめまして、コウキと申します。今回のことは気になさらないで下さい」
「そんな訳にはまいりません。お礼をさせていただかなければ」
「そうですよ、コウキさん。私からもお礼をしないと」
「いえ、少し案内しただけですので」
「それがありがたいのです」
「そうですよ。お礼させてください」
にっこりと微笑むウィルさんとヨマリさん。
「ありがとうございます」
ウィルさんを助けてみせる。
ヨマリさんを悲しませたりしない。
結局、その夜は夕食を御馳走してもらうことになった。





