第168話 廃墟ビル 11
やられた!
逃げられてしまった。
謎の少年に気を取られている隙に、3人に!
「っ!」
俺がすぐ動いていれば、瞬間移動を防ぐこともできたはずなのに。
まだ朦朧状態だった橘に油断して……。
橘だけならまだしも、武志まで逃すなんて!
「逃げられたか」
結界の中で、低い声を漏らす鷹郷さん。
「……申し訳ありません」
だが、まだ挽回できる。
橘を捕まえ、武志を連れ戻すことも。
「すぐ追いかけます」
「君がそこまでする必要はない。もちろん、謝る必要もない」
「いえ、私の責任ですので」
「普通人の君に責任などあるわけないだろ。それに……転移で逃げた橘を追うのは不可能だ」
不可能じゃない。
橘の瞬間移動は短距離専用なんだ。
その上、SPの残量も少ない。
気配を感知すれば追跡できる!
「転移を使えるのもあと数回だと思います。なら、可能性はありますので」
「……」
「3人を追います」
「3人? どういう意味だ?」
「消えた3人を捕まえに行くということですが」
「橘と結界異能者の2人じゃないのか?」
「……」
あの透けた少年。
鷹郷さんには見えていない?
古野白さんと武上も……。
不思議そうな顔をしている。
誰も見ていないのか、あの少年を!
あいつ……。
まさか、本当に幽霊?
そんな馬鹿な!
けど、俺以外は誰も視認できていない。
なら、幽霊だと?
それとも、単に俺の錯覚、幻覚?
いや、それも……。
「君、大丈夫か?」
「あっ、はい」
そうだ。
今は時間がない。
考えるのは後にして、すぐに動かないと!
「私の勘違いでした。では、2人を追いかけます!」
その言葉を残し、鷹郷さんの返答を待たずに走り出す。
「君っ!」
隠れていた里村に合流。
そのまま非常階段へ。
「有馬君?」
「詳しい説明は後だ。今はあいつらを追う」
「了解!」
里村が阿吽の呼吸でついて来る。
「……里村はここで待ってろ」
「一緒に追うよ」
「駄目だ」
「誰も見てないんだし、問題ないよ」
「……」
「危なかったら、すぐ逃げるから」
階段を駆け下りる俺の後ろから離れない里村。
「いいでしょ?」
言い争ってる時間もない、か。
「分かった。ただし、俺の言葉には従ってもらうぞ」
「うん、もちろん!」
歩を緩め、敵の気配を探りながら非常階段を下り続ける。
「……」
8階、7階にはいない。
6階にもいない。
どこだ、どこにいるんだ?
「……」
橘の気配ははっきりと覚えている。
多少離れていても気づけるはず。
が……5階にもいない。
「あの人たち、どこに消えたんだろ?」
「階下にいるか、既にビルの外か」
まだ掴めない。
「あれって、瞬間移動なんだよね」
「……ああ」
「この目で見たのに、まだ信じられないよ」
里村も消える瞬間を見ていたんだな。
っと、待てよ。
「里村、さっき何人消えたか分かるか?」
「……えっ?」
「瞬間移動で消えたのは何人だ?」
「……2人じゃないの?」
やはり、里村にも見えていないんだな。
「他に誰かいたの?」
「いや……2人だ」
そんな話をしながらも、足は止めず。
非常階段を下りながら感知を続け……。
「……」
「……」
鑑定によると、橘の瞬間移動の有効範囲は10~15メートル程度。
1回の発動で地上まで到達できるものではない。
もちろん、連続で転移を使っているかもしれないが。
まだビルの中に留まっている可能性もある。
3階……いないな。
2階にもいない。
1階……!?
間違いない、橘の気配だ!
正面の入り口付近にいる。
「里村、先に行くぞ。戦闘が始まったら、隠れてろよ」
「えっ、ちょっと、有馬くん!」
飛ぶように駆け。
1階、エントランスへ!
いる。
まだ、いるぞ!
が、橘と武志のふたりだけ。
あの少年はいない。
「っ! あいつ、追ってきたのか」
気づかれた。
「武志、こっちへ来い」
まずい、瞬間移動を使われる!
間に合わない。
と……。
消えてしまった。
「……」
1階、2階にはいない。
その上に転移するとは思えないから。
やはり、外か!
廃墟ビルを走り出て、道路へ。
左右を見渡すが、姿は見えない。
気配感知!
橘の気配に絞って、その痕跡を追う。
「……」
「……」
いた!
ここからの距離は30メートルほど。
交差点を曲がった地点。
そこで止まっている。
よし、今度こそ捕まえてやる。
待ってろよ。
「……」
気配を消し。
道路の上を、足音を立てずに駆け。
ここか。
目の前には雑居ビル。
橘はこの1階にいるはず。
気づかれないように注意しながら、入り口付近に忍び寄り中を覗き見る。
かなり見づらいが、気配感知を併用すると……。
ああ、そこにいるな。
橘は奥まった場所に位置するソファーに座っている。
傍らには武志。
なるほどな。
入り口からは、はっきりと視認できない場所だ。
だから、気楽に座っているのか。
「……」
そうだな。
気配感知がなければ、こんな所に潜んでいると気づくことはできなかっただろう。
余裕があるのも当然か。
けどな、俺は感知できるんだよ。
とはいえ、ここはちょっと問題だ。
中には一般の人たちもいるのだから。
さて、どうしたものか?
とりあえず、橘のステータスを確認しておこう。
あと何回瞬間移動を使えるのか、おおよその見当をつけておきたい。
「……」
SPは……ほとんど残っていない。
使えて1回だろう。
場合によっては使えないかもしれないな。
これなら、簡単に決着をつけることができそうだ。
が……。
一般人を巻き込むわけにはいかない。
かといって、橘を見逃すこともできない。
こうしている間に、SPを回復されても困る。
困ったぞ。
見張り続けること10分。
橘と武志が立ち上がった。
こっちに向かって来る。
雑居ビルを出るんだな。
これは、ついてる。
少し尾行して、周りに通行する人がいなくなったところで勝負だ。
「……」
橘の目に入らないように入り口から少し離れ、身を隠す。
2人が出てきた。
俺の隠れている場所と反対の方向に歩き出す。
気配を消して尾行開始だ。
「……」
ビルの角を曲がる2人。
少し時間を空け、こちらも左折。
「なっ!?」
いない?
2人の姿がない!
瞬間移動だ!
「やられた!」
尾行がばれていた?
俺に気付いている素振りなんか見えなかったのに?
「くっ!」
もう一度だ。
いや、何度でも探ってやる。
既に熟知した橘の気配なら何度でも。
「……」
「……」
見つけたぞ。
隣の通りを移動している。
もう逃さない!





