第167話 廃墟ビル 10
さて、これで一段落といったところだが……。
「馬鹿な! あの橘さんが、やられるなんて!」
「武志に続いて橘さんまで!」
「そんな! そんなこと……」
「さすがだわ」
「あいつのあの動き、何だよ? オレの身体強化より上なんじゃねえのか!」
「そうかもしれないわね」
「そりゃねえぜ」
「自分で言ったんでしょ」
「……」
「……」
結界の中の反応は様々。
って、そんな場合じゃないだろ。
今は結界の破壊に集中してくれよ。
まあ、結構派手な戦いを目の前でやってしまったからなぁ。
「あいつ、普通人なんだよな、古野白」
「そう言ってるわね。本人は」
「ホントかよ。普通人なのに、あそこまで」
完全に目撃されてるよな。
はぁぁ……。
それでも。
それでもだ。
今回魔法は使っていない。
最後に少しだけ魔力で身体能力を底上げしたけれど、あの程度なら見逃してくれるはず。
露見的にも何とか……。
何とかならないものか……。
「……」
ステータスを見るのが怖いな。
喋っている4人とは異なり、鷹郷さんは黙ったままだ。
ずっと、こっちを見つめている。
その視線。
居心地の良いもんじゃない。
まいった。
正直、このまま去りたいくらいだよ。
けど、この結界を無視して立ち去ることはできない。
それなら、まずは。
倒れている橘を武志の傍に横たえて。
「結界は解けそうですか?」
結界に近づき、鷹郷さんに話しかけてみる。
「……時間はかかるが可能だろう」
自力で解けると。
確かに、最初から自信ありそうだったな。
なら、俺が助ける必要もないのか?
「問題はないのですね」
「ああ、心配無用だ」
そうか。
これは悪くない状況だぞ。
ここで結界の破壊まで俺がしてしまったら、疑ってくれと言っているようなもの。
今さらだとも思うが、もうこれ以上俺の力は見せたくないからな。
自力で結界を解くことができるというのなら、任せるだけだろ。
「今回は君のおかげで助かった。心から感謝したいと思う」
「いえ……」
「それで、君は何者かな?」
「……」
「古野白君と武上は君のことを知っているようだが」
これ、どこまで話していいんだ?
古野白さんは俺のことを鷹郷さんに伝えているのか?
どうなんだ?
うん?
古野白さん、首を振っているな。
伝えていない。
そういうことか。
なら。
「通りすがりの者、ということで」
「通りすがりか」
「……」
「都合の良い通りすがりもいたものだな」
「ええ、まあ」
「通りすがりで、武術の達人。さらに、このふたりの知り合いだと」
「……そうですね」
「それで私が納得すると思っているのかい」
「……」
思ってはいない。
けど、仕方ないだろ。
簡単に話せることじゃないのだから。
それにだ。
仮に話すとしても、どこまで話していいものか。
まずは、古野白さんに相談したい。
鷹郷さんの後ろで、古野白さんも頷いている。
と、鷹郷さんの顔色が?
「っ!?」
どうした?
「君、後ろだ!」
鷹郷さんの言葉に、後ろを振り向く。
「!?」
そこには意識を取り戻した橘。
もう目覚めたのか?
その早さには驚きだが、もう一度眠らせればいいだけだ。
瞬間移動を使う前に、さっさと片付け……!?
何だ?
あれは?
橘のすぐ後ろにひとりの少年が立っている。
明らかに武志より年少。
小学生か、いや、中学生ぐらいなのか?
そんな少年が、年齢にそぐわない老成したような笑みを浮かべて立っている。
「……」
どこから現れた?
存在も気配もなかったのに?
が……。
そんなことより奇妙なのは……。
透けている?
いや、少し違う。
何というか、幽霊のように存在が曖昧な……。
いったい何なんだ?
その透けるように薄い存在感。
しかも、さっきまでいなかった。
まさか、本当に幽霊?
なっ?
今、こっちを見て微笑んだ。
確かに、俺の目をみた。
「……」
その奇妙な少年に、思考が捕らわれる。
身体が止まってしまう。
すると。
「今日はここまでだ」
その言葉と共に、橘と武志、それに透けた少年が消えてしまった。





