第166話 廃墟ビル 9
「今度はこっちの番だな!」
いまだ呆然と立ち尽くしている橘に接近するも。
「ちっ!」
またもや瞬間移動。
あと一歩のところで、逃げられてしまった。
「お前、何者だ?」
声が遠いな。
今回は俺の背後じゃないのか。
その橘は……。
少し離れた屋上の端に立っている。
瞬間移動から直接攻撃に移ることなく、俺から距離をとったと。
「本当に普通人なのか?」
「……もちろん」
こうやって逃げ回られると、捕まえるのに時間がかかってしまう。
厄介だな。
いや、そうでもないのか?
SP切れが近い今なら……。
「それが本当なら、大したものだ」
SPが底を突いた時点で終了。
ただし、橘が逃走を図らなければの話か。
「異能なしで異能者の攻撃をここまでしのぐとは」
「……」
「しかも、この俺の攻撃を……信じがたいことだな」
やつを逃がさないためには、どうすればいい?
やはり、一撃を入れて倒すしかないのか。
「ひとつ聞こう。異能者でもないお前がなぜ鷹郷に付く?」
「……」
「無関係のお前がなぜ鷹郷を選ぶ?」
それは古野白さんがいるから。
あと、武上も。
それに。
「そっちが里村を攫おうとしたからだ」
「あの人質か。なるほど……。それについては謝ろう。それに、彼を害する意図はなかった」
「だから?」
「こちらに付く気はないか?」
古野白さんを裏切れと。
そんなことするわけがない。
が……。
「何のために?」
理由だけは聞いてやる。
「我々の理念を実現するためだ」
理念の実現とは抽象的なことを。
そんなもの、古野白さんも鷹郷さんも同じだろ。
「異能者を解放するという理念だ」
「……」
解放?
「有馬、橘の話を聞く必要はねえ。全てそいつの妄言だ」」
「そうよ、私たちは自由なんだから」
そうだよな。
どう考えても、ふたりに解放が必要だとは思えない。
「そのふたりは洗脳されているだけだ」
「それも出鱈目だからな」
「いいや、真実だ。実際に、このふたりは鷹郷の指示で動いている。自由意志なんかじゃない」
「何言ってるの。私は私の意志で動いているわよ」
「本当にそうなのか? 自由なのか?」
自由。
その言葉はとても甘く、そして重い。
30年も異世界に焦がれ続けた俺にとっては、何よりも……。
「当たり前でしょ」
「ああ、オレたちは動きたいように動いてるぜ」
古野白さんと武上が真に自由なのか?
そんなこと俺には分からない。
ただ、ふたりは自身を自由だと思っている。
なら、それでいい。
確かに、組織の制約なんかは存在するだろう。
洗脳とは言わないまでも、それに近いものもあるのかもしれない。
けど、それが組織ってもんだろ。
その中で自由だと思っているなら、それが自由なんだよ。
「こちらに付いて、一緒に解放を自由を目指さないか?」
「……」
その言葉。
軽く使うもんじゃない。
「橘の話なんか、聞いちゃ駄目よ!」
ああ、分かってる。
「どうかな?」
「残念ながら、あなたに付く気にはなれない」
「ふっ。それこそ、残念な話だ」
「……」
「やむを得ない、か」
ああ。
ここで決めよう。
「本当に残念だよ」
懐から、またナイフを取り出す橘。
今度は小ぶりなナイフ。
それを2本だ!
「これで」
っ!
2本はまずいぞ。
仕方ない!
瞬時に魔力を体内に巡らせ、身体全体を強化。
効率無視の速度重視。
粗くてもいい。
とにかく強化を!
「終わりだぁ!」
立て続けに2本を投擲。
そして消失。
強化は、よし、間に合ったぞ。
「……」
どこだ?
どこから来る?
そこかぁ!
ほんの僅かな時間差で、俺の真後ろと左横に2本のナイフが現出。
橘もこちらに走り寄ってくる!
避けるか?
いや、ここは。
半身になり、後ろのナイフに上段の横蹴り!
右足裏でナイフを蹴り上げる。
バーン!
右足を蹴り上げたまま、左足を軸にして90度回転。
次は後ろ回し蹴りだ!
バキッ!
左横から飛んできたナイフを粉砕。
「なっ!?」
そこに突っ込んできた橘。
驚愕の表情を浮かべている。
また転移を使うつもりだろうが。
驚愕のその一瞬が命取りなんだよ!
回し蹴った勢いで跳躍。
空中で半回転し右足で着地。
そのまま右足を軸にした左の回し蹴りを橘に!
「ぐっ!!」
入った!
橘の脇腹に吸い込まれるように中段蹴りが入った。
「うぅぅ!」
鈍い感触が左足に……。
少しやりすぎたか。
「ううぅぅ」
膝から崩れ落ち悶絶する橘。
転移をする余裕もなさそうだ。
それでも、一応。
うつ伏せに呻いている橘の襟を持ち上げ、胸に手を当て。
「うぅぅ」
掌底を。
「っ……」
意識を刈り取ることに成功。
これで、逃げられることもないだろう。





