第160話 廃墟ビル 3
<古野白楓季視点>
「この程度で止めることができるとは思っていない」
それなら、どうしてバリケードを?
「はあ? 何だそりゃ?」
「ふふ」
不敵な笑みを浮かべる3人はバリケードの先、階段の上。
「ひとつ教えてやろう」
「必要ねえな」
敵の言葉を無視して、武上君が今にもバリケードを破壊しようとしている。
「武上、ちょっと待て。喋らせてやれ」
「ちっ」
「筋肉馬鹿と違って、上司は物分かりがいいようだ」
「いいから、さっさと話せ」
「……人質だよ」
パーカーの男が嫌な嗤いを浮かべながら、発した一言。
人質?
あの男、人質って言ったわよね。
「ああ、何だと?」
「人質だ。大切なお友達を人質に取ったんだよ」
誰を?
人質なんか、どこに?
「人質たぁ、誰のことだ?」
「誰だろうなぁ」
「はっ、人質なんていねえんだろ」
「いるさ。教えてやろうか?」
「……」
「里村だ。里村晴海を人質に取っている」
えっ?
里村君!
「里村だと!」
里村君を人質に?
そんなことあり得るの?
意外な人物の名前を耳にして、発動しかけていた炎が消えてしまう……。
武上君も驚きで動きが止まっている。
「里村なんて、どこにいんだよ!」
「あとで教えてやる。まっ、覚悟しとくんだな」
その言葉を残し、3人は階段を駆け上がっていった。
「……」
「……」
武上君も私も足を止めたまま……。
「里村君というのは?」
鷹郷さんが私に訊いてくる。
「……大学の友人です」
「古野白君のか?」
「私と武上君のです」
「……」
「古野白の言う通りですよ、鷹郷さん」
「そうか……。人質が本当なら、厄介なことになるぞ」
「はい」
それが事実なら、単純な戦闘では済まないだろう。
とはいえ。
「それでも、今は追いかけるしかありません」
「ああ、その通りだ」
「じゃあ、こいつを壊すとすっか」
武上君がバリケードを派手に破壊し始めた。
「古野白君、さっきの敵の炎は問題ないか?」
「ええ、異能で作られた炎ですから、まず延焼の恐れはありませんし。簡単に処理もしましたので」
異能の炎は特殊だから、問題になる可能性は低い。
そうは言っても、こんな屋内で躊躇いもなく炎を使うなんて普通じゃないわよ。
「なら、あいつらを追いかけるとしよう」
「はい!」
階段を上り階上で捜索を開始。
2階、3階と異能者を探してまわるが、全く姿が見えない。
「古野白、このビル何階建てなんだ?」
「8階よ。それに屋上もあるわね」
「げっ! そんなにあるのか。まだ4階なのによ」
この廃墟ビルはそれほど広くはないけれど、それでも各階には複数の部屋が存在する。
それら賃貸用の各個室は、今やもう雑然としたもの。
襲撃を警戒しながら通路を進み、そんな各部屋を捜索するとなると……。
やっぱり、それなりに時間がかかってしまう。
武上君が嫌な顔をする気持ちも分かるわ。
「ふたりとも続けるぞ」
「はい……鷹郷さん、ちょっと待ってください」
「どうした?」
「電話です」
「大学の件か?」
「分かりませんが、おそらく」
里村君、今日は午前から大学にいるはずだから。
その安否を確認するためには、大学内にいる誰かに頼らなければいけない。
ただ、今回の敵は一般人相手でも異能を使ってくる可能性がある。
こうなると。
頼れるのは有馬君だけ。
その有馬君のポケベルに、さっき連絡したのだけれど……。
この着信が彼からのものかもしれない。
そうであってほしい。
「話してみます」
「ああ」
でも、彼のことは鷹郷さんにも武上君にも話していない。
なので、会話を聞かれないように鷹郷さんと武上君から少し距離をとって。
「はい! 古野白です」
「古野白さん、有馬です」
聞こえてきたのは、待望の声だった!
「有馬くん、よかった!」
思わず大きな声が出そうになるのを抑え、小声で話す。
「どうかしたんですか?」
その声に、少しだけ気が緩みそうになる。
今は緩んでいる場合じゃないのに。
「急いでいるので手短に話すわね」
ということで、さっそく里村君の件をお願いしたところ……。
まさかの展開。
既に里村君を保護しているなんて!
でも、偶然って?
どういうことなのか、全く理解できないわ。
「……」
あの有馬君だものね。
不思議ではない、か。
それにそう、ありがたいことなのだから。
なんて考えていると。
「助けは要りますか?」
普通人なのに異能者に手を差し伸べてくれる。
相変わらず、お人好しね。
いつも頼っている私が言えることじゃないけど。
でも、今日は。
「必要ないわ。それより、里村君をお願い」
「了解しました。それで、今は駅裏の廃墟ビルにいるんですよね?」
「っ? どうしてそれを? あっ!!」
通路の前方。
その角から、あいつらが現れた!
でも、2人だけ?
もうひとりは?
後ろ!?
気づいた時には、炎の玉が目の前に迫って!
「くっ!」
反射的に通路に身を投げる。
炎は私の髪を数本焼いて頭上を通過。
「古野白君!」
廊下で一回転して、すぐさま体勢を整える。
「大丈夫です。こっちは任せてください」
「……頼むぞ!」
「りょーかい」
今のは危なかった。
あと一瞬でも遅れていたら、顔をやられていたに違いない。
通路に落ちているのは、焼けた数本の髪と携帯電話。
「……」
安い代償じゃない!
だから、次はあなたの番よ。
「よく避けたなぁ」
「何てことないわ」
若い男ね。
私と同年代かもしれない。
「へっ、いつまで大口叩いていられるかな?」
「あなたの前では、ずっとよ!」
「ぬかせ! 炎玉!」
炎の玉が発動。
それ、もう何度も見ているのよ。
対処できるに決まってるでしょ。
「炎霧!」
まずは炎を顕現。
その炎を目の前で霧のように広げ、敵の炎を包み込み。
「消去!」
そのまま消し去ってやる。
「なっ!?」
操炎の異能も使い方次第。
単純に炎を放つばかりが能じゃないの。
「なっ!」
驚き立ち尽くしている男に接近。
「くそっ!」
男が右手、左手と闇雲に突き出してくる。
遅いし力もない攻撃だ。
「あなた、異能を使うだけなのね」
「何だと!」
突き出された男の左拳を左に避けることで躱し、左足に力を入れる。
そのまま左足を軸に横回転。
勢いをつけ。
右足の後ろまわし蹴り!
「ガッ!」
頭部に入った。
完璧だ。
「……」
炎の異能使いが、膝から廊下に崩れ落ちる。
ピクリとも動かない。
「ねっ、ずっとだったでしょ」
「さすが古野白。やるなぁ」
武上君が歩み寄って来た。
鷹郷さんは見当たらない。
「ありがと。でも、相手がだらしなかっただけよ。で、そっちは?」
「……逃げられたな」
「また?」
「……」
武上君だけならまだしも、鷹郷さんもいたのに。
「消えるようにいなくなったんだ。とんでもない逃げ足だぞ、あいつら」
「……それで、鷹郷さんは?」
「その先で何か調べてる」
「そうなの? こっちも、この男を尋問したいんだけど」
「じゃあ、呼んでくらぁ」





