第159話 廃墟ビル 2
「ツーツーツー」
「……」
古野白さんの声が途切れ、電子音だけが響いてくる。
嫌な予感が当たったというか、予想通りというか。
これはもう……。
異世界露見的には近づいちゃいけない状況。
距離を取るべき案件なんだろうな。
とはいえ、ここで退き返すという選択肢は俺にはない。
廃ビルに行くという一択のみ。
ただし、やみくもに動くつもりもない。
廃ビルで、古野白さんが危ないようなら手を貸す。
問題がないなら、隠れて様子を見るだけ。
この方針で進めるつもりだ。
まっ、里村が敵の手に落ちていない現状では、そこまで大きな問題もないはず。
そう思いたいものだが、電話の切れ方が気になってしまう。
「有馬くん?」
ずっと、こちらの様子を窺っていた里村。
気になるのも当然だな。
「何の話だったの?」
どう考えても、廃墟ビルは安全じゃない。
里村は連れて行かない方がいいよなぁ。
「何の電話だったの?」
「……廃ビルに来る必要はない、と」
「それ、嘘だよね」
「……」
「嘘だよね」
「……悪い」
「もう! ボクを連れて行きたくない気持ちは分かるけど、今さらだよ。何があっても驚かないからさ、一緒に行ってもいいでしょ」
「……」
「さっきは良いって言ったよね」
「まあ、な」
「じゃあ!」
仕方ないか。
「……分かった。けど、約束は守れよ」
「もちろんだよ。ありがと、有馬くん」
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<古野白楓季視点>
「鷹郷さん、あいつら本当にこのビルに現れるんですか?」
「そういう情報が入っている」
「そうでしたね。でも、私たちふたりで……」
今回は急な出動だったので、人数を集めることができなかった。
だから、鷹郷さんとふたりで事に当たっている。
「心配か?」
「いえ……」
そうは答えたものの。
「……」
鷹郷さんの力は十分理解している。
対異能における経験も能力も疑いようがない。
それでも、敵が何人いるか分からない現状。
あの橘もいるかもしれない状況。
ふたりでは心許ない、そんな気がしてしまう。
「心配は無用だ。武上も呼んだからな」
「武上君が! 連絡がついたんですか?」
「ああ、さっきまでは着信に気付かなかったそうだ」
「……」
武上君、何やってるのよ。
何のために携帯電話が支給されていると思ってるの!
本当にいい加減なんだから。
「すぐ来るそうだ。3人いれば安心だろ」
「それは、まあ……」
2人と3人では大違い。
これで少し気持ちが楽になった。
「だから古野白君、もうしばらく待機するぞ」
「はい、分かりました」
鷹郷さんとふたり、廃墟ビルを監視できる場所に姿を隠して敵が現れるのを待つ。
敵より先に、武上君に到着してもらわないと困るのだけれど。
「古野白君には苦労を掛けるな」
「いえ……」
最近は私が敵の矢面に立つことが多い。
鷹郷さんは、それを気にしてくれているのだと思う。
でも、全ては私が望んだこと。
後悔はない。
「鷹郷さんには、いつも助けてもらっていますから」
「……」
私がこうしていられるのは鷹郷さんのおかげ。
その思いに偽りはない。
ただ、このところの騒動では……。
鷹郷さんではなく、彼の力ばかり借りているような気がする。
彼の助けなかったら私は今頃どうなっていたことか?
あの結界に捕らわれて……。
想像するだけで、気分が悪くなるわね。
まあ、でも今は。
「集中しましょうか」
「そうだな」
そんな少し居心地の悪い会話をしながら待つこと数分。
「よお、お待たせ」
武上君が到着した。
「遅いわよ」
「そっかぁ? 敵さん、まだ現れてないんだろ」
「そうだけど」
「なら、問題ねえな」
相変わらず、緊張感がない。
もっとしっかりしてほしいのに!
「オレに任せとけ」
「……」
これでいて実戦では頼りになるのだから、あまり文句も言えないのよ。
ほんと、彼の身体強化は凄いから。
「静かに!」
鷹郷さんの低く鋭い声。
「どうやら、来たみたいだ」
鷹郷さんの言葉通り、廃墟ビルの入り口前に3人の男が現れた。
そのうちの1人には見覚えがある。
あの公園でやりあった、パーカーの男。
氷を使う異能者だ。
「ほお、3人かぁ。なら、問題ねえなぁ。ですよね、鷹郷さん」
「……油断するなよ」
「もちろん」
「鷹郷さん、行きます?」
「ああ、3人がビルに入ったら、すぐに追うぞ」
「廃墟ビルの中で戦闘か。こりゃ、面白くなりそうだぜ」
「武上君、真面目にやりなさいよ」
「はあ? いつも真面目にやってんだろ」
もう……。
「よし、行くぞ!」
「はい」
「おう」
鷹郷さんの掛け声とともに走り出し、ビルの中に突入する。
と!?
「避けろ!」
入り口を入るとすぐ、氷の矢!?
3人それぞれが左右に跳んで避ける。
氷の矢は勢いを緩めることなく壁に激突。
ガシャーン!
派手な音を立てて砕け散った。
「……」
廃墟ビルに入った途端の攻撃。
少し驚いたものの、難なく避けて体勢を立て直す。
すると、そこに今度は炎の玉が飛んできた!
狙いは私?
この速度なら問題ないわ。
私の炎を使う必要もない。
「っ!」
再び回避して、物陰に隠れる。
「古野白君!」
「大丈夫です」
とりあえず、敵の初撃、氷と炎の回避には成功した。
けれど……。
これ、待ち伏せされていたのよね。
こっちが入手した情報は餌だったということ?
「武上は?」
「オレも問題ないですよ」
「よし。なら、分かっているな」
「はい」
「もちろん」
ただ、こういう事態も想定済み。
状況に応じた対応訓練も数えきれない程行っている。
私も武上君も身体に染みついている。
だから。
「敵はあの3人だけだ。進め!」
それぞれが隠れていた物陰を出て、敵に向かう。
先頭は武上君。
あの動きは既に身体強化済みね。
その後ろに鷹郷さん、そして私。
敵は2階に上がる階段の手前。
3人が集まっている。
「食らえ!」
「アイスアロー!」
発動が早い!
先頭の武上君に、さっきと同じような炎の玉と氷の矢が飛来する。
その距離は、ちょっとまずい!
「ウインド!」
と一瞬思ったけれど、問題なし。
鷹郷さんが発動した突風を真横から受けて進路が変わる氷の矢。
武上君から外れて飛んで行ってしまった。
炎もかなり弱まっている。
こうなると。
武上君の独壇場かな。
近接戦で身体強化した彼に勝てる相手など、そうはいないのだから。
「おりゃ!」
弱まった炎など気にもかけず突進して行く。
避けきれずに少し身体に浴びているけど無視して猛進。
「だぁ!」
そのまま、気合一閃。
拳と共に飛び込んだ!
「危な!」
「回避だ!」
ちょっと大振り過ぎよ。
敵3人が階段を上って避けてしまったじゃない。
「馬鹿力は分かってるんだよ」
「これでも食らえ」
床に落ちていた複数の廃材が、武上君に襲い掛かる。
これは念動力?
「武上君!」
「おう!」
右拳で廃材を破壊し、左手で受け止め、蹴りでまた廃材を粉砕。
3つの廃材に対し、流れるような動きで対応した武上君。
さすがね。
「っ! ……全く効かねえなぁ」
ひとつ貰ったみたいだけど……。
「こんなもんで、オレを止められると思ってんのかよ?」
武上君が念動力攻撃に対処した直後。
いつの間にか、階段の下には廃棄されていた椅子やテーブルが集まり山ができている。
バリケードのつもり?
「……」
この僅かな時間で、瓦礫の山を作りあげた念動力は素晴らしいものがある。
でも、それじゃあ、せいぜい数秒程度の足止めにしかならないわよ。
今話に名前が出た橘は、第75話に少しだけ登場しています。





