第158話 廃墟ビル 1
里村とふたりで歩を進め駅の表から裏に回る。
廃墟ビルは、すぐそこだ。
ところで。
さっきまでは里村の身の安全ばかりを考えていたんだけど……。
里村は古野白さんの異能なんて知らないんだよな。
だとすると、連れて行って大丈夫なのか?
このあと、場合によっては古野白さんが異能を使っている姿を目撃してしまうかもしれない。
それって見られても?
いいはずないよな。
里村が異能を知ってしまうと、いろいろと面倒なことになりそうだぞ。
「……」
いや、既に里村が異能を知っている可能性もあるのか?
「里村さ、超能力に興味あるよな」
「もちろん。そういうサークルにも入っているしね。って、いきなり何?」
「ちょっと疑問に思ってな。それで、超能力と言うか魔法と言うか、そういう不思議な力を見たことあるか?」
いきなり変な質問だと思うが、里村なら大丈夫。
「うん、あるよ」
即答。
って、あるのかよ。
ホントかぁ……。
古野白さんといい里村といい、実はこの世界では超常の力は一般的なものなのか?
俺の周りでは普通に見られる現象なのか?
そんなわけない。
ないよな?
「……それ、どんな力だ?」
「スプーン曲げ」
そっちか!
はぁ~、それはトリックの類だろ。
「あぁ、疑ってるでしょ。スプーン曲げって言っても、手品なんかじゃないからね。両手でも曲げられないような硬いスプーンをボクの目の前で一瞬で折ってしまったんだから。それも、人差し指と親指で挟んだだけでだよ。これって、超能力でしょ。間違いないよ」
「ふーん、そうなんだ」
それは確かに凄いな。
超能力とは限らないけどな。
「気のない返事だなぁ」
「いや、凄いとは思ってるぞ」
「ホントに?」
「ああ。それで、他に派手なやつは見たことないか? 例えば、こう炎を出すなんてのは?」
古野白さんの炎の異能とかさ。
「……」
「どうした?」
「えっ! どうしてそんなこと聞くのかなと思って……」
「それは……里村がそういうサークルに入ってるから、興味あるかと思ってな」
「なるほど。そういうことかぁ」
「で、どうなんだ?」
「そんなの、あるわけないでしょ。まさか、有馬くんは見たことあるの?」
うっ、また目を輝かせているよ。
「……ない、かな」
思わず嘘をついてしまった。
この純粋な目を前にして、嘘をつくのは心が痛い。
けど、俺から話せる内容じゃないしなぁ。
「そっか……残念。でも、もし知り合いにそんな力を持つ人がいたら教えてよね」
もう、知ってるんだよ。
しかも、里村も知っている相手なんだ。
「……」
この後で、もし古野白さんの異能を目にしたら?
俺は何て言えばいいんだ?
まいったな。
そんなドツボにはまっていると。
俺のポケットから聞き慣れない電子音が。
これは?
ポケベルの音?
滅多に使うことはないが、日本にいる時は携帯することにしているポケベル。
古野白さんからの連絡専用のポケベルの音だ。
取り出したポケベルの表示は。
『49106』
これは……どういう意味だったか?
4、9……至急。
そう、至急TELだ。
古野白さんの方にも動きがあったということだな。
「それ、ポケベル?」
「ああ。里村、携帯電話持ってるか?」
「ゴメン、持ってないや」
「持ってないかぁ……」
「公衆電話を探そうよ?」
「そうだな」
里村とふたり、周りを探してみると。
すぐに発見。
20年後と違って、この頃は街にも公衆電話がかなり存在しているんだった。
ということで、さっそく古野白さんに。
「はい! 古野白です」
受話器の向こうからは慌てているのか、余裕のない声が聞こえてくる。
やはり、そういうことか。
「古野白さん、有馬です」
「有馬くん、よかった!」
「どうかしたんですか?」
「急いでいるので手短に話すわね」
「はい」
「あなたと同じ学部の里村君って知ってる?」
「……ええ、まあ」
さっき知り合ったばかりで今一緒にいますけど。
「彼が危ないかもしれないの。いいえ、もう手遅れかもしれないわ。でも……悪いのだけれど、あなた彼を探して保護してくれないかしら」
これは、俺が大学にいて里村も大学にいるという前提での話か。
「そんなこと普通人に頼みます?」
「あなた普通の普通人じゃないでしょ」
普通じゃない普通人は、既に普通人ではないと思うぞ。
「今はあなたにしか頼めないの。詳細は後で話すから、お願い。って、あなた今どこにいるの?」
「駅近くにいますね」
「なら、早く大学に行って里村君を探して。おそらくトラブルに巻き込まれているはずだから」
もうとっくにトラブルに巻き込まれてますよ。
「……助けたらどうすればいいんですか?」
「そうね……。安全な場所にいてくれたらいいわ。後で連絡するから。お願い」
「分かりました。まあ、もう助けたんですけどね」
「えっ!?」
「里村は、既に保護済みです」
「なっ! ……どういうこと?」
「偶然ですね」
「偶然って、そんな……でも、助かったわ」
受話器越しにも、安堵した様子が伝わってくる。
「それで、古野白さんは今どこにいるんです?」
「……今は取り込み中よ」
何をしているかではなく、どこにいるかを聞いたんだけど。
「助けは要りますか?」
「必要ないわ。それより、里村君をお願い」
なるほど。
急いではいるけど、助けが要る程ではないと。
「了解しました。それで、今は駅裏の廃墟ビルにいるんですよね?」
「っ? どうしてそれを? あっ!!」
「古野白さん、どうしました?」
「……ツーツーツー」
受話器からは聞こえるのは電子音だけ。
明らかにトラブルの匂いがする。





