第157話 里村 晴海
里村に褒められるようなことじゃない。
異世界生活のために用意しておいた録音機を、たまたま持っていただけだ。
こういう時、スマホがあればもっと便利なんだが、この時代にはまだ存在してないんだよなぁ。
ちなみに、この録音機、地名や人名なんかを覚える際に役に立つ。
あっちの固有名詞は難しいから……。
と、それはさておき。
「これを大学や警察に提出したらどうなるか、お前らでも分かるよな」
「……」
「……」
「……」
「大学は退学、警察には逮捕されるかもな」
「……」
「……」
「……」
「ここからは、お前らの態度次第だぞ」
「くそっ」
「……」
「……話したら見逃してくれるのか」
「考えないこともない」
内容次第で、多少は考えてやる。
「本当だな」
「ああ」
「それなら……」
「おい、待て。話していいのかよ」
「こうなりゃ、仕方ないだろ」
「……」
「……」
ようやく、話す気になったか。
「それで?」
「……ある男に頼まれたんだ。古野白楓季の親しい友人を連れて来るようにって」
古野白さん!
ここでその名前が?
ということは、異能関係の可能性もある。
「……」
穏やかな話じゃないな。
厄介なことになってきたぞ。
その後、3人から聞いた話によると。
今回の件は、街で偶然知り合った黒いスーツの不気味な男からの依頼だったらしい。
とても断れる雰囲気じゃなかったとのことだ。
まず古野白さんと親しくしている者を調べるよう命じられ、後日里村の名前を出すと、今度は里村を連れて来るように命令されたらしい。
報酬を貰っているので命令ではなく依頼なんだろうが、実際は命令みたいなものだと。
断ったら何をされるか分からない雰囲気があったということだ。
信用できるかどうかは別にして。
これが本当だとしたら、こいつら3人はただの使いっ走りの下っ端にすぎない。
ある程度、分かってはいたが……。
ここで、これ以上時間を過ごすのも無駄というものだな。
ところで。
「里村君は古野白さんとは親しいのかな?」
「親しいというか、同じサークルで仲良くしてもらってはいるけど……」
なるほど、同じサークル。
あのサークルか。
なぜ里村を選んだのか?
その理由を3人に聞いてみると。
古野白さんには友人と呼べる存在が少ないらしく、その少ない友人の中で御しやすい相手を探したところ、里村が浮かび上がったということらしい。
確かに……。
その話は納得できる。
しかし、里村と古野白さんが同じサークルに所属していたとは知らなかった。
きっと前世でも、そうだったんだろうな。
前世でも、古野白さんが俺の知人の近くにいたのか。
「……」
ちなみに、そのサークルは超常現象研究会という怪し気なサークルで、あの武上も所属している。
なぜ武上がそんなサークルに所属しているのかと前回の俺も不思議に思ったものだ。
まあ、あいつはああ見えて、ただの筋肉男ではないからな。
超能力とか魔法とかに興味がある筋肉男なんだよ。
と、それより。
これはもう、間違いなく異能関係の相手だろ。
そして古野白さん、おもいっきり身元がばれてるじゃないか。
組織の力はどうなったんだ。
さらに、古野白さん。
あなた、それ系の能力持ちでしょうが。
サークルなんか入ってどうすんの。
何か研究すんのか?
いや、いや、そういうことは組織でやってくれ。
ホント、超常現象好きかよ。
「有馬君、これからどこに行くの?」
校門を出てしばらく歩いたところで、里村が話しかけてきた。
「あいつら1時間後に駅裏の廃墟ビルに里村君を連れて行く予定だったらしいからな」
大学から最も近い駅の裏に、取り壊し予定の廃墟ビルがある。
俺たちはその廃墟ビルに連れて行かれるところだった、というわけだ。
「一緒にいたんだから、それはボクも聞いたよ。そうじゃなくて、今はどこに向かっているのかってこと」
「ビルに行く前に、里村君を家まで送っているところじゃないか」
「何それ? っていうか、ボクの家知ってるの?」
「……知らないな。教えてもらっても?」
本当は知っているが、この時間軸でそれはおかしい話だ。
「それはいいんだけど、どうしてボクの家に?」
「……心配だから、かな」
「大丈夫だよ。彼らのことは話も済んだしさ。それに、もうあまり時間ないから、廃墟ビルに向かった方がいいよ」
「里村君は、ひとりで帰るのか?」
「もちろん、ひとりで帰れるけど、今は帰らないよ」
「……」
「ボクも一緒に行く」
「危ないから、家で大人しくしておいた方がいい」
「そういうわけにはいかないよ。元はといえばボクが原因でしょ。古野白さんのことも気になるし、一緒に行くよ」
「何が起こるか分からないんだ。里村君は家で待機してもらえないか。結果の連絡はするからさ」
「有馬くんといれば大丈夫でしょ。だから、ボクも行く」
「……」
確かに、俺が力を出して良いのなら、里村ひとりを守ることは可能だと思う。
だが、それをすると俺の能力がばれてしまう。
結果、異世界の露見につながる可能性も否定できない。
それは避けたいところだ。
となると、里村を連れて行くのは危険すぎる。
おそらく、相手は古野白さんと敵対する異能者。
何が起こるか想像もできないのだから。
「有馬くんがひとりで行っても、後からボクも行くから。場所は知ってるんだし」
そこが問題だ。
あの3人に洗いざらい喋らせた場には、里村もいたんだよなぁ。
「いいでしょ?」
そう言えばこいつ、言い出したら聞かない奴だった。
見た目に反して強情なんだよ、困ったことに。
「駄目かなぁ?」
その上、この上目遣い。
分かってやってるのか?
……。
はぁぁ。
下手にひとりで行動されるより、俺が監視した方がまし。
まだ一緒の方がいいか。
仕方ない。
「……責任は持てないぞ」
「大丈夫だよ」
「指示には必ず従うように」
「うん、分かった」
「無茶は禁止」
「分かってるよ。もう、心配性だなぁ」
いや、危険を分かってないのはお前の方だ。
「……それと、簡単な変装も必要だな」
「分かった。じゃあ、駅前のキンドに寄ろうよ」
ということで、キンドで購入した帽子とサングラスで軽く変装。
その姿で駅裏に向かっていると。
「ボクたち、もう友達だよね」
突然、里村がこちらを見あげてきた。
「……」
友達。
友達かぁ。
前回の人生では、ほぼ使うことのなかったこの単語。
今回の人生では……。
「ああ……里村君とは友達だな」
「だよね!」
そうだな。
けど、そんな目で嬉しそうに俺を見つめるなよ。
「あっ、里村でいいよ」
「……なら、俺も有馬でいいから」
「有馬……ううん、やっぱり有馬くんって呼んでいいかな? そっちの方がしっくりくるから」
「いいけど」
「うん、うん。それと、もう気を遣って話さなくていいからね。友達なんだから」
「……分かった」
これに近い会話を前回も里村とした記憶がある。
どの時間軸でも、里村はやっぱり里村だ。





