第154話 学食
幸奈の手料理を満喫した翌日。
寝る時間を削って仕上げたレポートを片手に大学へとやって来た俺は、提出前の確認をするため学食に立ち寄ったのだが……それが失敗だったようだ。
「おっ、久しぶりだな、有馬」
こちらに近づいて来たのは。
「ああ、武上か」
「なんだぁ、残念そうな顔して。誰か他の人でも待ってたのかよ」
「俺が? 誰を?」
「……古野白とか?」
「あり得ないな」
確かに、古野白さんとはそれなりに関わっているが、それはあくまで学外でのこと。
大学内では、まともに会話したこともない。
「まっ、そうだよなぁ。有馬だもんな」
「……」
「待つ相手なんかいねえか」
その通り。
今の時点で俺が親しくしている友人は、この大学にはいない。
前世では、4年間ほぼ誰とも親しく付き合うことはなかったんだ。
会話する程度の知り合いも数人といったところ。
その内の1人が、この武上だな。
「オレ以外は」
いや、お前も待ってないぞ。
「で、何か用なのか?」
「いいや、特に用はねえな」
「そうか」
そういうことなら。
武上を放置して、レポートに視線を向けていると。
「何だ、何だ、相変わらずつれない奴だぜ」
「……で?」
「お前、話す気ないだろ」
「武上こそ、用事もないんだろ」
「用がなきゃ、話しかけちゃいけねえのかよ」
「見ての通り、今は忙しいんだ」
タイミングが悪い。
レポート提出後に来てくれ。
「ん、レポートか? って、終わってんじゃねえか」
「最終確認中だな」
「真面目か!」
「……」
「まあ、いいや。それで、あの夜はどうだった?」
何がいいんだ。
お前、話しかけてるだろ。
「どうだった?」
「……何が?」
「古野白をちゃんと送って行ったのかよ?」
あの食事会の後のことか。
もう随分と時間が経ったような気がするが……。
そうでもないんだな。
「ああ、送って行ったぞ」
途中、結界に閉じ込められて大変だったけど。
無事に家まで送り届けた。
「……そうなのか」
「何か問題でも?」
「いや……。まあ、何も無いならいいんだわ」
「……」
こいつ、何か知っている?
まさか、古野白さんが喋った?
いや、それはないな。
あの古野白さんが部外者に話すわけがない。
だとしたら、武上は古野白さんのことが……。
うん?
電子音?
「おっ、ちょっと待っててくれ」
武上の携帯?
携帯電話なんか持ってたんだな。
「えっ! うーん……今から? ……分かりましたよ、了解」
少し離れたところで会話していた武上。
すぐに話を終え、こっちに戻って来た。
「わりぃ、急用ができたわ」
「全く悪くない」
「天の邪鬼だなぁ、有馬は」
「……早く行け」
「ホント、つれない奴」
「……」
「まっ、ちょっと行って来らぁ。じゃ、またな」
なんて軽い口調ながら、急ぎ足で出ていった。
その後、小一時間レポートの確認を行い無事に提出。
再び、学食に戻って昼食をとることに。
武上もいないことだし、静かに食事をとることができるな。
トレイの上には、定番の定食メニュー。
懐かしい学食の味。
うん、やっぱり悪くない。
ここの食事は学生食堂とは思えないレベルなんだよ。
安い、美味いとくれば、学生で溢れかえるのも納得できる。
今はまだ早い時間だから空席もあるが、あと30分もすれば満席になるはず。
その前に、俺は退散するとしよう。
と、俺の席から2列前の席に座っている小柄な学生がこっちを見ている。
里村だ。
その小柄で中性的な風貌。
昔を思い出すなぁ。
「……」
里村 晴海。
前世の俺が、この大学での4年間で最も会話をした相手。
俺が素っ気ない態度をとっても、いつも話しかけてきた。
それはまあ、武上も同じなんだが……。
暑苦しい武上と違って、小動物みたいで癒し系だったんだ。
「……」
話しかけたい衝動に駆られるが、知り合うのはまだ先のこと。
今話しかける理由はない。
というか、なぜ里村はこっちを見ていたんだ?
俺のことなんて知らないはずなのに。
「……」
もう視線は向かってこない。
偶然、か。
そうだよな、偶然だよな。
食べ終えた定食の皿を返却口に戻そうと、ゆっくりと立ち上がる。
その俺の目の前で。
「おい、お前、これ、どうしてくれんだぁ!」
怒声が上がった。
声を上げた男を含め、3人の男に絡まれているのは里村だ。
「ご、ごめんなさい」
「謝って済むわけねえだろ。弁償してもらわなきゃな」
「は、はい。弁償します」
「おお、そうか。でも、このシャツ高いんだぜ」
「いくらですか?」
「10万だ」
「そ、そんな……」
「払えないのかよ?」
「……10万なんて大金。今は持ってないです」
「それなら、ちょっと付き合ってもらうしかないな」
「えっ、そんな!」
里村のコーヒーが男のシャツにかかり、シャツが汚れてしまった。
それは確かな事実。
だが、俺は見ていたぞ。
里村に責任はない。
「ほら、立てよ。行くぞ」
周りの学生は見て見ぬふり。
運が悪いことに、里村もひとりで食事をしていたようだ。
「……」
仕方ない。
まだ知り合ってもいないが、これは放置できないな。
里村のもとに歩み寄り。
「ちょっと待ってください」
「あぁ、何だ、お前?」
「目撃していた者ですよ」
「はぁ、関係ないやつは引っ込んでろ」
「そうだぜ、黙ってろ!」
質が悪いな。
本当にここの学生か。
「黙ってられませんね。明らかにあなた達の言いがかりですから」
「何言ってんだ、お前」
「これを見てみろ! 汚されてるだろうが」
「おい、調子に乗ってんなよ」
ホント、質が悪い。
こいつら、ここの学生じゃないかもしれないな。
というか、大学生ですらないかもな。
「あの、誰か知りませんが、ごめんなさい。ボクのせいなので、だから……」
この状況でも、里村は俺に気を遣っている。
「……」
変わらないな。
って、当然か。
「大丈夫。君の責任じゃない。ここは任せて」
「何が大丈夫だ。生意気なやつだぜ」
「俺たちを舐めてんのか」
「いい度胸だぜ」
この展開。
里村が横にいるのに、笑ってしまいそうになるぞ。
だって、こんなお約束イベントが日本の大学で行われるなんてさ。
笑えるだろ。
あっちの世界でも、滅多にあることじゃないのに。
以前オルドウの知人に聞いた話だが、どうも冒険者連中は俺には下手に絡む気になれないらしい。
手を出せる雰囲気ではないようなんだ。
といっても、俺の身体つきなんて180センチほどの身長と少しばかり鍛えた身体だけ。
しかも、服を着てしまうとそんなに目立たない程度。
まあ、雰囲気と言われれば何も言えないが……。
ああ、ゾルダーは別だ。
あいつは酔っ払っていたからな。
それは、ともかく。
こいつらが実力者だとは、到底思えない。
なら、何も感じとれないただの子供だ。
「ちょっと顔貸せよ」
「外でけりつけんぞ」
「……」
里村のためでもある。
軽く付き合ってやろう。





