第153話 手料理
「ところで、もう夕食は食べた?」
部屋に入った幸奈が満面の笑みで聞いてくる。
「そんなわけないだろ。まだ4時だぞ」
「そうだよね。ということで、ジャーーン!」
「……レジ袋だよな」
スーパーのレジ袋を持っていたのは、最初から分かっているぞ。
「何でしょう?」
「いや、だから、レジ袋……」
「中身だよ。な・か・み!」
「……何なんだ?」
「それを聞いてるの!」
「……」
俺は超能力じゃないんだ。
分かるわけがない。
「もう~。お肉に、野菜に、キノコ。食材だよ!」
食材って、どうして?
「ほんと、にぶいなぁ。ここまで言って、分からない?」
「……料理か?」
まさか、作ってくれるのか?
俺に?
そんなこと、今まで一度もなかったのに。
もちろん、前世の40年でも。
「そうだよ。嬉しい?」
「ああ……」
けど、今は戸惑いの方が大きい。
「反応薄いなぁ? 嬉しくないの?」
「いや、嬉しいぞ。ただ、ちょっと驚いてな」
「そう、嬉しいならいいけど」
もちろん、嬉しいし、ありがたい。
いろいろと大変な中で、こうして気を遣ってくれる気持ちが本当に。
それでも、やはり戸惑ってしまう。
「では、今からわたしは何を作るでしょうか?」
「……何でも嬉しい、かな」
それと……。
この空気についていけない。
「何でもいいんだ?」
「いや……それで、何を作ってくれるんだ?」
「前に行ったイタリア料理のフルコース!」
「えっ?」
そんなものを作れるのか?
「うそ、うそ、さすがにそれは作れないよ。なので、今日はカレーを作りまーす。功己はカレー好きでしょ」
「……好き、だな」
「良かったぁ。じゃあ、今から作るから、キッチン借りるね」
「ああ」
「待っててね」
そう言って、キッチンに駆け込んでいった。
「……」
いや、何というか……。
嬉しいんだが、やっぱり、驚きと当惑の思いが強い。
何より、幸奈のノリについていけない。
今も鼻歌まじりで調理しているんだぞ。
あいつ、何かあったのか?
「フン、フッフ、フ~ン」
「……」
今日の幸奈は機嫌がいい。
そういうことにしておこう。
ただ、このまま待つというのも……。
「何か手伝おうか?」
「うん? 功己料理できるの?」
「簡単なものならな」
前回は40歳までひとりで暮らしていたんだ。
それなりに調理もできる。
「そうなんだ。うーん、でも、いいや。ここ狭いし」
確かに、このワンルームマンションのキッチンは狭いな。
なら。
「こっちで野菜の皮むきでもするぞ」
「でも、包丁もこれしかないんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、いいよ。功己はゆっくりしてて」
「……そうか」
ということで、幸奈がカレーを作っている姿をリビングで眺めながら待つことになってしまった。
「……」
ありがたいことだよな。
「さあ、できたよ。今日は時間がなかったから、煮込み不足なのは我慢してね」
「作ってもらって我慢も何もないぞ。で、幸奈は食べないのか?」
「うん、今夜は家で食べなきゃいけないの」
「そうか……。忙しいのに悪いな」
「もう、それはいいから、早く食べて」
「分かった」
幸奈に見つめられながら、スプーンを口に運ぶ。
「……美味いな」
「ホント? 良かったぁ!」
「うん、本当に美味しいぞ」
一口、二口と食べ進めるにつれて、旨味が口の中に広がるようだ。
カレーの辛さと、野菜の甘さ、肉のコクが絶妙だな。
「これ、カボチャか。ジャガイモじゃないんだな。それに、キノコも入っているな」
「うん。煮込み時間が短かったからね。早く味が出るかなと思ってカボチャとキノコ入れたんだ。成功かな?」
「ああ、大成功だ」
お世辞抜きで、絶品と言える。
「ふふ、功己に喜んでもらえて、わたしも嬉しいよ」
「ホント、美味いぞ。幸奈も味見したらどうだ」
「そう? じゃあ少し食べようかなぁ」
「それがいい。ほら」
目の前の皿を幸奈の前に押し出す。
「えっ、それ食べるの? わたしが?」
「ん? ああ、悪い。他の皿に盛ればいいんだよな」
少しならと思い、つい俺の皿を渡してしまった。
子供の頃は、よくこうして一緒に食べたから、そのころの癖が出てしまったか。
「ううん、いいよ。それ食べるから」
なんてことを言いながら、戸惑い気味にスプーンを手にしている。
「無理しなくていいぞ」
「……大丈夫。いただきます」
勢いよくスプーンを口に。
「んん……これ、なかなか美味しいね」
「だろ」
「うん、我ながら成功と言えるかも」
「だから、大成功って言っただろ」
「そうだね。ありがと」
「感謝するのはこっちだ。ありがとうな、幸奈」
「う、うん、どういたしまして」
はにかむ様に俯いてしまった。
「幸奈はもう食べないのか?」
「わたしは、これくらいにしとくよ」
「そうか。なら、俺が食べてもいいか?」
「あっ、ごめん」
そう言って皿を俺の前に戻し、スプーンをティッシュペーパーでふき取ろうとする幸奈。
「そんなことしなくていいぞ」
「えっ! で、でも、一応ね」
俺はスプーンをそのまま渡したのに……。
幸奈はしっかりしているよな。
「はい、どうぞ」
「おう、ありがと」
そして、また口に運ぶ。
やっぱり、美味い。
これは食が進むわ。
1杯目に続き2杯目もあっという間に食べ終えてしまった。
カレーは飲み物だとは、言い得て妙というものだな。
「ごちそうさん。大満足だ」
「いえいえ、お粗末様でした」
「いやぁ、本当に美味かった。幸奈は料理も上手いんだな」
幸奈がこんなに料理上手だったなんて。
何も知らなかったんだな、俺は。
「そこまでじゃないよ。でも、功己が喜んでくれたのなら嬉しいかなぁ~」
「喜ぶどころじゃないぞ。嬉しいし、感謝している。とにかく、ありがとな」
「もう、大げさだって」
そんなことを話しながら、食後の時間は過ぎ。
「あっ、こんな時間。そろそろ帰らなきゃ」
「そうか。なら、送って行くよ」
「大丈夫。まだ明るしい」
「そういうわけにはいかないだろ。ほら、行こうか」
「……うん」
そのまま玄関に向かっていると。
「功己、あの紫の石綺麗だね。何ていう石なの?」
玄関に置きっぱなしにしてあった紫の玉石。
あっちの世界から持って帰って来たものだ。
「石の名前は分からないな。気に入ったのか?」
「うん、綺麗だと思って」
「これは無理だけど、また今度よく似た石を買ってやるよ」
「ホント?」
「ああ。今日のお礼だな」
「お礼なんていらないけど……。でも、嬉しい」
「おう、待っててくれ」
「ありがとうね、功己」
「こちらこそだ」





