第148話 魔落再び 2
<セレスティーヌ視点>
7日が過ぎました。
まだ脱出はできていません。
ですが、こんな地底でのものとは思えないような日々を送っています。
もちろん、快適とは言えません。
それでも、安楽と言える程度の毎日なのです。
そのような信じがたい日々の中。
何もできない私。
どう考えても、コーキ様のお荷物にしかなっていません。
ですから……。
自分の不甲斐なさに気分が沈むこともあります。
そんな時は、コーキ様が私を励ましてくれるのです。
コーキ様の言葉で驚くほど心が軽くなって、気分が晴れて……。
そんな毎日だからでしょうか。
もう少しここで暮らしたいという不埒な思いが芽生え始めているのです。
早く地下を出てシアたちのもとへ、オルドウへ向かいたいという気持ち。
ここで暮らしたい、コーキ様ともう少し一緒に過ごしたいという思い。
相反する二つの感情を私はどうしたら良いのでしょう?
「……」
私はワディンの神娘。
その責務が何より優先される神の娘。
それなのに……。
……。
……。
ワディンの神娘ではない生活。
ただのセレスとしての毎日がこんなものだなんて!
今まで知らなかったのです。
無知な私にコーキ様が教えてくれました。
こんな自分があっても良いのだと。
だから、私は!
「……」
私はワディン家の神娘だけれど。
でも、ここにいる間だけは……。
8日目。
あまり変わりのない日々の中、ひとつ変化がありました。
私たちの距離が少しだけ近づいたのです。
お互いの呼び方が変わったのです。
口調も少し砕けた感じになりました。
ふふふ。
なんだか嬉しいです。
こんな地下にいるのに嬉しいなんて、本当に……。
でも、気になることもあります。
深夜、コーキさんが真剣な表情で考え事をしていたのです。
その後、何かを決心したようでした。
気になって声をかけてみると。
「そろそろ脱出できると思います。ですので、心配は要りませんよ」
笑顔でそう答えてくれただけ。
コーキさんは何かを隠しているのでしょうか?
「……」
隠し事は気になりますが。
もうすぐ脱出できるという事実の前では、少し霞んでしまいます。
やっぱり、地下から脱出できるのは嬉しいことですから。
ただ、ここから出てしまうと……。
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魔落に来て8日が経った。
今回は俺のレベルも上がっているし、何より一度経験している魔落だ。
ほとんど問題なく過ごすことができている。
魔物相手に大きな怪我をすることもない。
食料も休憩所も問題なし。
脱出口を探すというのも、ここで数日過ごすための口実。
セレス様相手の名目に過ぎない。
目的は当然、セレス様の治療とセレス様を助けるための他の手段を探すことだ。
そんなわけで、魔落に来て以来ずっとセレス様の治療を続けている。
治癒魔法、その応用、気功を使った治療など。
考えつく術を全て試してみた。
たっぷりと時間もかけている。
けれど、その成果が分からないんだ。
セレス様の体内をめぐる魔力も気も問題はない。
鑑定で調べてみても何も異状は見つからない。
でもそれは、初日からずっとそう。
これでは、完治できたかどうかを判別することなどできるわけもない。
「……」
これ以上、ここで治療を続けても結果は変わらないんじゃないか。
今では半ば以上そう思っている。
「……」
もちろん、治療以外の他の手段もいろいろと考えてみた。
が、現状これといった解決策は見出せていない。
こうなるともう……。
トトメリウス様の知恵を借りるしかないのか?
「……」
その思いが強くなり。
結局、あの神域中枢を訪れることを決意したんだ。
そして今。
うっすらと霞がかった空間。
トトメリウス様の神域空間に俺とセレス様は足を踏み入れた。
「コーキさん、ここは?」
「ええ、神域です」
セレス様には、ここがトトメリウス様の神域だと説明済み。
なぜ俺が知っているんだ、もっと早く来れば良かったんじゃないか、なんていう疑問をセレス様が抱かないように、適当に話は作っている。
いい加減な作り話ではあるが、それなりに信じてくれたようだ。
「……」
魔落に来てから、俺は嘘ばかりついているな。
おかげで嘘が上手くなってしまった。
まったく嬉しくないよ。
嬉しくないし、申し訳ない。
セレス様、こんな嘘は今だけですから、どうか許してください。
「大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、問題ないはずです」
とはいえ、トトメリウス様の対応は読めない。
今回が2回目だと認識してくれているのかどうなのか?
時を司っているのだから、全て了解済み。
時間遡行など関係なく、トトメリウス様は俺のことを覚えている。
そう思いたいが……。
もし覚えていなかったら。
俺はどういう態度をとればいいんだ?
「……」
今さらながら不安になってくる。
まあでも……。
どちらにしても、目的に変わりはない。
お願いするだけだ。
「……」
ゴーレムが現れないな。
二度目だからか?
前回俺が倒したからなのか?
「……」
そもそも、トトメリウス様は?
現れてくれるんだろうな。
まさか、姿を見せないなんてことは……。
「コーキさん?」
セレス様の表情が曇っている。
こんな謎空間にずっと立っているだけなんだ。
当然か。
「もう少し待ってください」
「……はい」
「……」
やはりゴーレムは現れない、か。
それなら。
(トトメリウス様)
心の中で呼びかけてみる。
(トトメリウス様。 トトメリウス様!)
すると……。
いきなり空気が変わった。
その威圧感に身体が重く感じられる、が……。
あの空気だ。
「コーキさん、これは!?」
曇っていたセレス様の顔色が変化している。
「大丈夫です。任せてください」
と、目の前にはあの異形。
トトメリウス様だ!





