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30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第3章  救出編
143/701

第142話  どうして…… ※



「では、コーキさん、参りましょうか」


「ご随意のままに」


「ふふふ、行きましょう」


 差し出した俺の右手を取るセレス様。

 さっきまで残っていた疲労は鳴りを潜め、夕日に照らされたその瞳には柔らかい笑みが浮かんでいる。


「シアとアルに会うのが楽しみです」


「ふたりとも、きっと喜びますよ」


「私はもう喜んでいますよ」


「はは、そうですね」


「はい!」


 新雪を思わせる頬にさした朱が輝きを放ち、揺れる豊かな銀糸は周りの空気さえ弛緩させてしまう。

 それでいて、立ち姿は気品に満ち溢れたもの。


 美しいという言葉なんかで表せるものじゃないな。


「……」


「オルドウの街も楽しみです」


「いい街ですからね。気に入ると思いますよ」


「コーキさん、その……」


「何でしょう?」


「オルドウの街を、一緒に歩いてもらえますか?」


「もちろん。私でよければ喜んで」

 

「約束ですよ」


「ええ、約束です」


「ふふ、嬉しいです」


 良かった。

 こんな表情を見せてくれるようになって、本当に。

 心からそう思える。


「では、みんなのもとに参りましょう」


「はい」


 ふたりで一歩を踏み出す。

 二歩、三歩……。


 みんなは、すぐそこにいる。

 シアとアルの笑顔が待っている。

 ヴァーンとギリオンも喜んで迎えてくれるだろう。


 セレス様もオルドウに馴染めるはず。

 そして、新たな生活を始めるんだ。


 ワディンの神娘としてのセレス様でも、ただのセレス様でもいい。

 ゆっくり考えればいい。


 セレス様が選ぶんだ。

 新しい生活、新しい人生を。


 さあ、もうすぐだぞ。


 と……。


「っ!?」


 どうした?


「セレス様?」


 さっきまで笑顔だったセレス様が足を止め。

 その場に蹲ってしまった。


「コ、コーキさん……」


「どうしました?」


 疲れたのか?


「っ! ゴホッ」


 何だ?

 急に何が?


「く、苦しい……」


 苦しいだって?


「どこが苦しいんです?」


「ゴホッ!」


 また、咳だ。


「セレス様、大丈夫ですか?」


「ゴホ、ゴホッ」


 咳がひどい。

 いったい、どうしたんだ?


「コーキさん、ゴホッ!」


「セレス様?」


「む、胸が……」


 その言葉が終わらぬうちに。


「ゴホォッ!!」


 口から……!?


 えっ!

 何だよ、それ?


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホゥ!」


 セレス様の白い口元には赤。

 鮮やかな赤!?

 赤?


「苦しい……」


 大量の血!?

 喀血!?


 その事実を前に俺は、俺は……。


「コーキ、さ……苦し、い」


 セレス様、倒れて!

 まずい!

 呆けている場合じゃない。


「ゴホォ!!」


 セレス様を抱え。

 俺の膝に頭をのせて、気道を確保。


「セレス様、待ってください。今治癒魔法を使いますから!」


 急げ!

 すぐだ、今すぐだ!


「ゴホッ、ゴホッ」


 溢れ出る大量の喀血に手が震える。足が震える。

 急いで治癒魔法を発動しようとするが、ままならない。


 でも、なんとか。


「セレス様、治癒魔法です。これで、楽になります! 楽になりますから!」


「コ……キ、さん」


「セレス様!」


「はぁ、はぁ……くるし……」


「大丈夫です、頑張って!」


「ん、ん」


「もうすぐ効きますからね、セレス様!」


 頼む!

 効いてくれ!

 頼む!


「あり、がと」


「大丈夫、大丈夫ですよ!」


「ゴホッ、ゴホッ……く、るしい」


「セレス様、セレス様!」


「ゴホッ」


「治癒魔法使ってますから。大丈夫ですから!」


 効いてくれよ!


「……ゴホゥ!」


「セレス様!」


「い、きが……」


 息が!

 そんな!


「くる、し……」


「っ! 治癒魔法が効きます!」


「ゴホッ!」


「もうすぐ効きますから!」


「ゴホッ……」


「セレス様!」


「……」


 目が虚ろに! 


「ゴホッ、ゴホゥ!!」


 地面が真っ赤に!


 まずい、まずい!


「コー……さん、もう……」


「セレス様!?」


「……だめ、か、も」


「な、何を言ってるんですか! 大丈夫ですから!」


 治癒魔法を使い続ける。

 全力で!

 全魔力で!


「……あ、りがと……」


「セレス様!?」


「ゴホッ、ゴホッ!」


「セレス様、セレス!」


「オルド……いきた……」


「行きましょう、オルドウに!」


「いっしょ……あるき、た、かっ」


「歩けますよ。一緒に歩くんですよ!」


 治癒魔法、俺の魔力全てやるから、何とかしてくれ!


「……う、れし、い」


 何とかしてくれよ!

 誰か、何か!!


「はあ、はあ……」


「セレス!」


「たのし、み……」


 何だよ。

 何だよ、その笑顔は。


「セレス!」


 神様!

 トトメリウス様!


 見てますよね。

 見てるんだろ!


 何とかしてくれよ!


「ゴホゥッ!!」


 真っ赤に!

 真っ赤に!!


「セレス!!」


 何とかしろ。

 助けてくれよ。


 加護だってあるんだろ。


 何とか!


「ゴボッ……」


 くそっ!


「一緒に行こう。ほら、そこがオルドウだから。なぁ、セレス!」


「う、ん……」


「新しい人生が待ってるんだ!」


「……ん……」


「セレス!」


 駄目だ。

 いやだ。

 やめてくれ!


「……」


 お願いだ!


 こんなこと。

 こんなこと!!


 挿絵(By みてみん)


「泣か、な……」


 セレスの美しい指が俺の顔に伸び。

 頬に触れ。


「……ない、で……」


 頬に触れ。


 頬に触れ。


 そして……。


 ……。


 ……。


 地に……落ちた。


 ……。


 ……。


「セレス?」


「……」


「セレス??」


「……」


「セレス、セレス!!」


「……」


「やめてくれ!」


「……」


「冗談はやめてくれよ!」


「……」


「そんな、セレス! 嘘だろ? 嘘だよな?」


「……」


「目を開けてくれ!」


「……」


「笑ってくれよ!!」


「……」


「嘘だ……」


「……」


「嘘だぁぁ!!!」


「……」


「セレス……」


「……」


「ここまで来ただろ……」


「……」


「ふたりで、ここまで……」


「……」


「どうして……」


「……」


「どうしてぇぇ!!!」


「……」


「……」


「……」


「ああぁぁ……」


「……」


「ああぁぁぁぁ!!!」


「ああっ、ああっ!」


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「……」


「ぁぁぁぁぁ……」


「……」


「……」


「……」





 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。





 ただ。


 ただ……。


 セレスは眼を閉じたまま。


 ……。


 ……。


 ……。


 もう……。


 その美しい瞳を見せてくれることはなかった。









 第3章 完




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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回から、こんなことになっていたのには、驚かされました。コーキでなくともびっくりですね。まさか、というのがとてもよく伝わってきました。正直、私もとても驚かされました。続きも目が離せません。…
[良い点] 二人のやり取りがほのぼのとしていて、これから始まるであろう日常へと思いが馳せて、希望に満ちていますね。 と思いきや、急展開!? あの咳はただの咳ではなかったんですね。 胸部からの内出血によ…
[一言] セレスティーヌ様! せっかく苦しい想いを抜け出せたのに! これから楽しく生きて行けるのかと思ったのに!辛い(泣) コーキさん、頑張ってセレスティーヌ様を助けてあげて欲しいです(泣)
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