表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30年待たされた異世界転移  作者: 明之 想
第1章  オルドウ編
14/701

第14話  夕連亭 1  ※




 道場での立ち合いの後、ジルクール流の稽古をしばらく見学していたため、思いのほか時間が経過してしまった。もう9の刻(18時)に近い。

 ウィルさん親子と約束していた夕食の時間に間に合うように、薄暮のオルドウを駆ける。


「何とか間に合ったか」


 ひとり言を呟きながら夕連亭に入る。


「あら、コウキさん、そんなに息を切らして大丈夫ですか?」


 部屋に戻らずそのまま食堂に入ると、そこにはウィルさんのお母さん、ヨマリさんがいた。


「すみません、大丈夫です。走って来ましたもので」


「遅れても私たちは問題ありませんのに。どうぞ、お水を召し上がりください」


 そう言ってテーブルの上にある木製のコップを手渡してくれる。


「ありがとうございます」


 ふぅ~。

 水を飲んで、人心地ついたようだ。


「ふふふ、良かったです」





「それでは、ヨマリさんとウィルさんの再会を祝して、かんぱーい!」


 ヨマリさんとウィルさんの3人で囲む食卓には大皿に盛られた料理がこれでもかとばかりに並んでいる。今夜は最初からウィルさんも参加だ。


「はい、乾杯」


「乾杯。でも、その乾杯は先日もしていただきましたのに」


「あの時はウィルさんの合流が遅かったから、仕切り直しですよ」


「はあ、では、ありがたく」


「コウキさん、ありがとうね」


「そんな、何度もお礼の言葉はいただきましたから、それに先日は御馳走になったし、お礼はもういいですよ」


「そうじゃなくてね、こうして楽しくお食事をいただけるのもコウキさんがいるおかげだと思いましてね」


「そうですよ、コーキさん。母とふたりきりなら、こんなに盛り上がりませんから」


「はあ、お役に立てたのなら嬉しいですけど……まあ、冷めない内にいただきましょうか」


「そうしましょ」


 大皿料理を3人でいただくのだが、やはりちょっと多すぎるような気がする。ふたりは気にせず食べ進めているが、こちらはペース配分を考えながらいこう。


「昨日に続き夕連亭での食事になりますが、お口に合いますか?」


「ええ、とっても美味しいです。今日は前回と違う料理も沢山あって、その点でも楽しいですね」


「オルドウは交通の要衝ですから、物資が色々と集まって来るのですよ。食材も同様でして、ですから様々な料理をお出しすることができるんです」


「なるほど。そういえば、オルドウの街中で多くの旅人や商人を見かけますが、そういうわけなのですね」


「ええ、まあ、それもありますが、ここ最近はレザンジュ王国から来られる方が多いからではないでしょうか」


「レザンジュ王国?」


 初めて聞く国名だ。


「コーキさんは噂を聞いていませんか?」


「そうですね」


「オルドウでも結構な噂になっているのですが、レザンジュ王国で内戦がありそうなのですよ」


「内戦ですか」


 そうかぁ。

 この世界でも戦争が起こっているんだな。


「レザンジュ国内のワディン辺境伯と王家との間で内戦が起こるという噂です。そのワディン辺境伯領がオルドウの東に位置しておりますので、戦から逃れるためにオルドウに来る者が多いというわけです」


 内戦の原因は、オルドウでも一般には知られていないそうだが、宿という職業柄さまざまな情報が入ってくるウィルさんはいくつかの推測を語ってくれた。


 王国の4分の1の領土を有するワディン家が王家にとって目障りになった、ワディン家が独立を狙った、ワディン家が神娘と呼ばれるその長女と王家との縁談を断った、など。


「実際に戦火から逃れるためにワディン領からやって来た人が街中で多く見られるということは、内戦の可能性も高そうですね」


「ええ。そして、内戦が現実化しますと流入者は更に増えるはずです」


 となると、宿に客が溢れるのでは。


「部屋が足りなくなる可能性もありますか」


「当分はそういうこともないでしょうが。もしそうなると、ワディン領の方には申し訳ないですが、我々のように宿を営む者にとってはありがたいことですね」


 これは、部屋がなくなる前に追加で予約しておく必要があるな。


 しかし、戦争とは嫌なものだ。

 どこの世界でも同じだな。


「そんな話より、コーキさん。食事が冷めてしまいます。どうぞ召し上がってください」


「そうですね、いただきます」


 とりあえず、酒を一杯。

 うん、うまい。


「このヴィーツ酒はいいですね」


「それは嬉しいですねぇ。ヴィーツはオルドウ名産の果実ですから、ヴィーツ酒もこの辺りではよく飲まれているんです」


 ヴィーツとはレモンによく似た果実。

 オルドウの果物屋でいただいた、あの甘くて爽やかな果実だ。


「本当に美味しいです」


 さっぱりと口当たりはいいのに何とも言えないコクがある。ヴィーツをそのままいただくのとはまた違った風味があるな。これは、いくらでも飲めそうだ。


「ウィルさんも、ヴィーツ酒はお好きなんですか?」


「ええ、私も飲みますね」


 17歳のウィルさんが酒を飲むのは問題ない。キュベリッツでは飲酒は15歳から許可されているらしいから。


「ヨマリさんは、どうです?」


 先程から静かなヨマリさんにも訊いてみる。


「私はあまり飲みませんね」


「あの、故郷の村ではヴィーツ酒はあまり見かけませんので」


 ウィルさんの説明。


「なるほど」


 夕食が始まって少し経つ頃から、ほとんど俺とウィルさんばかりが話している。ヨマリさんはあまり会話に加わってこない。昨夜などはかなり俺に話しかけてくれたのにと不思議に思い、さりげなくヨマリさんを注視してみると、顔色があまり良くないようだ。


「ヨマリさん、顔色が良くないようですが、お疲れですか?」


「えっ? いえ、大丈夫ですよ」


「そうですか」


 明らかに反応がおかしい。

 とはいえ、追及するのも失礼か。


 しかし、体調が悪くないのが本当だとすると。


 ……。


 他のテーブルに座っている2人組の客の方に、ヨマリさんの注意が向いているような気がする。

 ヨマリさんは気付かれないようにしているつもりだろうが、たまに投げかけるヨマリさんの視線から、そう思わずにはいられない。


 それが原因?

 不機嫌そうに酒を飲んでいるあの2人組がヨマリさんの知り合いなのか?

 全く話しかけもしないのに?


 少しばかり考えていると。


「母は少し疲れているのかもしれませんね。母さん、夕食後は早く休んだ方がいいよ」


「……そうね。そうした方がいいかもしれないわね」


「それより、コーキさん、ガンドはいかがですか?」


 ウィルさんに気を遣わせたかな。

 まあ、今はヨマリさんのことを考えていても仕方ないな。


「これも食べやすいですね」


 ガンドとは骨付きの肉の塊のような料理。じっくりと煮込まれたおかげか、肉の繊維など全く感じさせない柔らかな食感で、見た目の豪快さとは裏腹に簡単に食べることができる。 


 肉には若干の臭みがあるが俺は嫌いじゃない、むしろ好きな部類だ。

 しかし、このガンド、地球の香辛料を使えばもっと洗練された味になりそうな気がするな。


「そうなのですよ。あんなにうるさいガンドも煮込み料理になればさっぱりした味わいになるんだから不思議ですよね」


「うるさいんですか?」


「そうですよ、朝夕に大声で鳴き続けていますから。ガンドの飼育所の近くでは暮らしたくないですね。コーキさんの故郷では、ガンドは珍しいのでしょうか?」


「……ええ、あまり見かけないですね」


 俺は遠国の出身でオルドウには来たばかりだと伝えている。


「そうなんですね。ガンドの煮込みもオルドウの名物ですから、たくさん召しあがってくださいね」


「ありがとうございます」



 昨夜も今朝もそうだったが、食事の間は料理の話が多い。オルドウに来たばかりのこちらに気を遣って説明してくれているのだろうが、とても参考になる。料理の話題の合間に話される地方の特色や現在の情勢などの話もありがたい。そして、夕食後には俺の質問に答えるように色々な話を聞かせてくれる。


 この2日間、ウィルさんとヨマリさんのおかげで、かなり勉強になった。

 遠国から来た田舎者という設定の俺のことを怪しみもせず、まあ本心では怪しいと思っているのかもしれないが少なくとも態度には出さず、丁寧に説明してくれたウィルさんとヨマリさんには非常に感謝している。何かお礼をしないといけないな。


 そんなことを考えながら、夕食後は日本に戻ることなく、夕連亭の部屋で眠りについた。

 異世界で初めての宿泊だ。


 少しばかり心躍ってしまうのは仕方のないことだろう。







「うん?」


 興奮のため眠りが浅かったわけではないだろうが、夜中に目が覚めてしまった。

 階下から物音が聞こえたような、そんな気がしたからだ。


 腕時計を見てみると、こちらの時間で午前2時。

 まだまだ起きる時間じゃない。

 もうひと眠りしようとするが、トイレに行きたくなってきた。

 昨夜は結構な量のお酒を飲んだからな。


 眼をこすりながら部屋を出て階下へ。

 この宿の難点は風呂とトイレが部屋にないことなんだよな。

 まっ、そもそも風呂そのものがこの宿にはないんだけど。


 そんなわけで階下へ足を運んでいるのだが、トイレのためにわざわざ1階に行くのは面倒だ。


「ふぁ~」


 あくびが出てしまう。

 トイレは食堂の手前だったな。


 深夜なので、足音を立てないように歩く。


 うん?


 食堂への扉が開いている

 うっすらと明かりも灯っている。

 誰かいるのか?


 食堂内に一歩足を踏み入れると。


 何か違和感が……。

 空気が変わったというか何というか説明できないが、変な感じがするのは確かだ。


「……」


 とりあえず、中に入ろう。

 歩きながら、寝ぼけ眼で食堂内を眺めていると。


 ……あれは?


 倒れている?

 誰かが倒れているぞ!


 さっきの物音はこの人が倒れた音だったのか。

 眠気が急激に覚めてくる。


「大丈夫ですか?」


 薄暗い食堂に入り、うつ伏せに倒れているその人を肩を揺するも反応がない。

 脳の問題か、心臓か?


 これはまずいんじゃないか。


 ゆっくりと抱え、仰向けにする。


「なっ!?」


 ウィルさん!


「ウィルさん、どうしました、ウィルさ……!!」


 倒れていたのはウィルさん。

 その胸からとんでもない量の出血!!


「えっ??」


 脈と息を確認する。


「……」


 いや、そんなはずは!

 もう一度確認だ。


 もう一度……。


「……」


 ……脈も呼吸も確認できない。


 なんだそれ?

 どういうことだよ。


 ……。


 まだ覚醒しきっていない頭が混乱する。


 ウィルさんが?

 そんなバカな。


 さっきまであんなに元気だったのに。


「うっ……」


 胸から込み上げるものを感じ、思わず床に手をついてしまう。

 飲み過ぎていたアルコールが逆流する。


「はぁ、はぁ」


 何なんだよ……。


 頭が回らない。

 気持ちが悪い。


 息が荒くなってしまう。


 けど……。


 今はウィルさんを何とかしないと。

 何とかって、何を?


 何でもいい。


 そうだ。

 魔法だ。


 治癒魔法は得意じゃないが、使えないことはない。

 この状態で効果があるかは分からないが、試してみないと。


 出血しているウィルさんの胸に手を近づけ。


 と?


 ……。


 えっ!?


 背後から衝撃。


「!?」


 首に熱いものが走る。


 何が?


 誰かいたのか?

 あんなに修行をしていたのに、背後の気配に気づかないなんて。


 床に膝をついたまま振り返る。


「……?」


 誰だ?

 よく見えない。


 詰問しようとするも、


「カハッ?」


 むせる。


 えっ?

 何?

 声が出ない?


 熱い?

 首が?


 首に手をやると。


 ……。


「えっ?」


 血!?


「カッ、カハッ」


 えっ?


 急速に手足の力が抜け始める。


 えっ??


 膝が崩れる。


 えっ???


 床に倒れてしまう。


「ハァ、ハッ、カハッ」


 うまく息ができない!?

 目がかすむ!?


 ???


 混乱した頭の中に疑問だけが回り続ける。


 どうして??


 さ、寒い!?


 今まで感じたことのないような寒さに震えが止まらない。

 いや、震えているのかもよく分からない。


 かすむ目の前に誰かの足?

 誰かが俺を見下ろしている。


「&%#$&$」


 何か言ってる?

 よく聞こえない!?


 聞こえない!

 見えない!

 寒い!


 まずい、まずい!!


 焦っているのに、頭はまわらない。


 さむい……。


 これは……もう……。


 もう……。


 ……。


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ここをクリックして、異世界に行こう!! 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[一言] かまいたちの夜のBGMを幻聴しました
[良い点] 急展開でしたが、日本と違う異世界であり、気をつけるべきこと、違和感あれば、警戒すべきということを思い起こさせられて面白かったです。 [一言] てっきり金銭トラブルかなとか思っていたので、主…
[一言] うわあああああnコウキーーーーーー!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ