第138話 転送 ※
黒炎による火傷痕が……。
ここ数日、ずっと悩まされていたあの傷が消えた。
「ありがとうございます」
『ふむ、よいよい』
これはもう、本当にトトメリウス様には頭が上がらないな。
『では、送ってやろう。どこが良いかの』
「少しお待ちください。セレス、あれから20日以上経過していますが、テポレン山の麓でも問題ないですよね」
「ええ、それで良いわ」
「では、テポレン山の麓。常夜の森との境界の手前、その山中でお願いします」
転送時、そこに誰かいたら大変だからな。
『其方ら、勘違いしておるようじゃな』
「はい? と言いますと?」
『吾が領域に、其方の世の時間など存在せぬぞ』
時間が存在しない!
まさか、時が経過していないということ?
本当に?
時を司る神様だから、あり得る?
「ということは、20日も経過していないということですか」
『其方らが吾の領域に入ってからは、そちらの世界の時は経過しておらぬ』
そうだったのか……。
なら、あちらではまだ初日の夜前。
信じがたいことだが、トトメリウス様が言うのだから間違いないのだろう。
「トトメリウス様、理解いたしました」
『ふむ』
「それでは、そろそろ、お願いいたしたいのですが」
『そうじゃな。此度は無聊を慰めるひと時になったぞ』
「とんでもございません。こちらこそ、ありがとうございました」
『ふむ。では、行くがよい。また、会うこともあろう』
神様の言葉と共に、ひときわ濃い靄が俺たちを包み込む。
次の瞬間。
……。
常夜の森の手前に存在する木々の合間に俺たちはいた。
「コーキさん、ここは?」
「テポレン山の麓付近のようですね」
「本当なのね」
トトメリウス様の力を疑っていた訳ではないのだが、やはりこうして転送が現実になると少なからず驚いてしまう。その思いは、セレス様も俺も同じだ。
「ええ」
周り茂る樹々、その合間から下方を見下ろすと見覚えのあるテポレンの麓らしきものが窺える。
間違いないな。
トトメリウス様の力によって、俺たちはテポレン山の麓まで転送されたようだ。
となると、時間も初日の日暮れ前。
「コーキさん、これ現実よね。私たち戻れたのね。よかった、本当に良かった」
俺の傍らでは、セレス様が喜びと安堵で脚の力が抜けたのか、脱力したように地面に座り込んでいる。
「よかった……」
まあ、そうなるよなぁ。
一時は俺に殺してくれと頼むほど追い詰められていたのだから。
感無量だろう。
そのまま数分ほど経過。
日暮れまではまだ少し余裕があるとはいえ、そろそろ下りる準備をしたい。
準備というのは話し合いのことだ。
ヴァーン、ギリオン、シア、アルと合流したら、セレス様とゆっくり話をする機会もなかなかないだろうから。
「セレス、下山の前に少し話があるのですが」
「私も。もう色々なことがあり過ぎて混乱してしまって」
逃亡して、遭難して、彷徨って、死にたくなって、神様に会って、恩恵を貰って、転送されて……。
混乱して当然だよ。
「何から話したら……。この仔はどうしましょ? 停滞の緩和って何なの? シアは近くにいるのかしら? トトメリウス様の加護って? 異世界ってどういうこと? コーキさんは異世界人なの?」
うん、軽いパニック状態だな。
「セレス、少し落ち着いて。ひとつずつ整理して話そうか」
「うん、そうね。ひとつずつ。でも、異世界人って何?」
そうだよなぁ。
やっぱり、それが引っかかるよな。
まあ、それについては、あとで話すよ。
秘密にしたかったけれど、トトメリウス様にあそこまではっきり言われるとさ。
どうしようもないよな。
「それはあとで話すから。まずは、このダブルヘッドについて話そうか」
「分かったわ」
「まずは、お前」
ダブルヘッドに言葉をかけてみる。
こちらを凝視しているな。
「言葉が理解できるのか?」
トトメリウス様の神域では、口に出さずともこちらの考えが通じていた。
とするなら、当然言葉も理解できるはず。
「ワン」
ひと鳴きして頭を下げる。
その鳴き声……。
ホント、鳴き声といい動作といい、まるで犬だな。
でもまあ、通じてはいるようだ。
それでは。
「お前の意志をこちらに伝達はできないのか?」
「クゥーン」
今度は悲しそうに左右に頭を振る。
会話や念話的なものは無理か。
それでも、可否、是非を知るだけなら、その動作で充分だな。
「かわいい……」
セレス様、こいつに夢中だな。
確かに、愛らしいけどさ。
頭が2つあるからなぁ。
「コーキさん、先に名前を付けましょうよ」
「分かりました。セレス様の希望はありますか?」
「セレスです」
分かっています。
でも、たまに間違うんだよ。
他の人が傍にいる場合はセレス様と呼ぶ必要があるので、普段から心の中ではセレス様と呼ぶことにしているからさ。
セレス、セレスさん、セレス様。
混乱しそうだな。
「……セレス、希望はありますか?」
「私が決めてもいいの」
「ええ、どうぞ」
「本当に? それなら……。クロなんてどう?」
「えっ?」
いや、まあね。
好きに名付けたらいいんだけどさ。
さすがに、クロってどうなのよ。
「ダメ?」
ダブルヘッドの頭をなでながらの上目遣い。
そんな可愛らしい仕草で聞かれてもなぁ。
「駄目ではないですが、もうひと捻りしませんか」
「うーん、だったら……。ゴホッ」
考えている途中に、咳込むセレス様。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。それで名前だけど、ノワールはどう?」
クロより響きは良くなった。
でもさ、それ同じ意味だよな。
俺の多言語理解って、どうなってんの?
セレス様はクロとノワールをどう使い分けてるんだ?
はあ~。
まあ、どうでもいいか。
「では、ノワールにしましょうか。お前もそれでいいか?」
「ワン」
いいらしい。
「よかったわ。ノワール、よろしくね」
「ワン、ワン」
ホント、犬だよ。
頭2つあるけど。
その後、ノワールとの対話で判明した身体に関する能力は。
身体の大きさを、今の仔犬くらいの大きさと通常の大きさの2段階に調整できる。
なんと、頭の数を1つにすることができる。
さらに、ノワールは体外に滲み出てしまう程の威圧感を備えているのだが、その調節も可能と。
そして、濡れたような体毛を乾燥させることもできる。
以上全てを実行すると……。
可愛らしいふさふさの黒毛の仔犬にしか見えない。
「あぁ、もう、なんて可愛いの」
「クゥーン」
「ふふ」
セレス様がノワールを抱きよせて撫でまわしている。
「……」
頭が2つの時は魔物感が僅かに残っていたが……。
そうだな。
今はもう完全に愛らしい仔犬だよ。
セレス様の気持ちも分かるってものだ。
こうやって眺めていると、俺も撫でたくなってしまうから。
「ノワール、ふふ」
「クゥーン」
さて、セレス様がノワールを可愛がっている間に、俺の方は素早くステータスを確認と。
有馬 功己 (アリマ コウキ)
レベル 5
20歳 男 人間
HP 165
MP 218
STR 262
AGI 182
INT 301
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定改 多言語理解 アイテム収納
時間遡行(1刻)1
<アイテム>
・ショルダーバッグ
・イビルリザードの背肉 6
・イビルリザードの腹肉 5
・イビルリザードの腿肉 4
・イビルエッグの腹肉 5
3,530メルク
<クエスト>
1、人助け 済
2、人助け 済
3、魔物討伐 済
4、少数民族救済 済
5、貴族令嬢救出 済
<露見>
地球 2(点滅)/3
エストラル 1/3
時の神の加護、トトメリウス神の加護
強烈に突っ込みたいところが1つある。
が、ここは落ち着いて確認していこう。





