第137話 智と時と魔法を司るもの 3 ※
しかし、こいつ……。
この空間に突然現れたダブルヘッド。
俺を視認した途端、俺の前で仰向けに横たわってしまった。
その上、腹まで見せている。
それは服従するという意志なのか?
これはやはり、あのダブルヘッドなんだろうな。
……。
すっかり忘れていたが、こいつを追うことも俺の目的だったんだよなぁ。
「それで、私はどうすればよろしいのでしょうか?」
こいつが俺の知っているダブルヘッドだとしても、トトメリウス様が俺に何を望んでいるのかは分からない。
『其方に服従したいと言っておるのじゃ』
やっぱり、そうなのか。
でもさ、俺が殺しかけたんだよな、こいつ。
それに、俺から逃げただろ。
なぜ、今になって服従したいと思うんだ。
どうしてそうなった?
「この個体は私が殺しかけたダブルヘッドですよね?」
『そうじゃの』
「それなのに、私に服従したいと?」
『そういうことじゃ』
「このダブルヘッドは一度私から逃げたのですよ。それなのに、どうしてなのでしょう?」
『此奴、強きものに従いたいと言っておる』
それなら、なぜ逃げたんだ。
「……」
まあ、あの時あの場にとどまっていたら、間違いなく命はなかっただろうが。
『とにかく、其方に従いたいという強い意志を持っておるわ』
「そうですか……」
こうなると、トトメリウス様からの話だからなぁ。
「ちなみに、このダブルヘッドはトトメリウス様の眷属なのですか?」
『いいや、ただ吾の領域に棲むだけのものじゃな』
領域に棲むものを保護しているのか。
うん?
ということは。
「私が地下大空洞で倒した魔物たちも、トトメリウス様の保護下にあるのでしょうか?」
沢山始末してしまったんだけど……。
『保護しておる訳ではないのう』
「ですが」
『ふむ、其方が気にすることではない。人と魔物の生殺は世の常じゃ。そもそも、人も魔物も吾と特別な関係にはない。人は人らしく、魔物は魔物らしく生きれば良いだけじゃ。小さきものの縁など吾が関知することではないからの』
よかった。
大空洞内で魔物を殺した責任をとれ、なんて言われたら大変なことになるところだ。
「では、このダブルヘッドだけをなぜ?」
特別視するのか?
『其方が吾の前に現れたからじゃ』
それだけ?
『此奴の服従したいという強い思いもひとつの理由じゃな』
「……」
『それに、なかなか可愛いかろう』
「……」
『其方、こやつの主になってはどうじゃ』
本当に?
俺がこのダブルヘッドを飼うと?
信じられないことだが……。
神様が言うのだから、そういうことだよな。
しかし、困った。
服従するといっても、こんな目立つ魔物をどうしたらいいのか。
それに、このダブルヘッドはシアやアルたちを襲っている。
それはなぁ……。
かといって、神様の提案を断るのも難しいし。
とはいえ、やはり……。
「このような大きな魔物を連れ歩く訳にも行きません、他の者に害を及ぼすかもしれませんので……」
俺の手には余るんですよ。
『問題はそれだけか』
「……はい」
何だか嫌な予感がする。
『なら問題はない。ほれ』
そう言って、右手から眩いばかりの光が放射され、光が収まったあとには。
「……」
目の前には、小型犬並みの大きさのダブルヘッドがいた。
相変らずこちらに腹を向けて尻尾を振っている。
「クーン」
「か、可愛い」
セレス様まで。
いや、まあね。
こうなってしまうと、見た目には可愛いのだけれど。
『これで完全に別物じゃ。外見も問題なかろう』
「まあ……」
外見どころか、中身も今までとはもう別物だということか。
それなら、まあ……。
『其方との間に主従の契りも結んでおいたからの。其方の意に反することはできぬし、言いつけも必ず守る。ほれ、何か命じてみよ』
何か命じろって、何を?
口に出せばいいのか?
「……立ちなさい」
ダブルヘッドに向けてそう言うと、尻尾を振りながら嬉しそうに立ち上がった。
「……」
『口に出す必要はないぞ』
「分かりました」
今度は心の中でダブルヘッドに向かって、お座りと念じる。
いや、まてよ。
この世界の魔物にお座りが通じるのか?
なんていう疑問が浮かぶ間もないほどの素早い動作で、ダブルヘッドがお座りをしていた。
「……」
もう、言葉もないな。
『問題無かろう』
「ですが、私が不在の間は」
『他の者に命令権を預ければ良いだけじゃ。そうじゃな、その娘で試してみると良い』
命令権を譲るって、口で言えばいいのか。
「セレスに命令権を譲る」
ダブルヘッドに向かってそう伝えると、ダブルヘッドが頷いた。
「セレス、何か命じてみて」
「分かったわ」
ワクワクしたような顔でダブルヘッドに対するセレス様。
「お腹を出して私に撫でられなさい」
なんだ、その命令は。
「クゥン、クーン」
と思ったけれど。
ダブルヘッドはセレス様の前で躊躇なく仰向けになり、されるがまま。
「なんて可愛いの! コーキさん、この仔を預かりましょう」
「……」
セレス様、ほだされるのが早過ぎるぞ。
さっき登場した時は、怯えていたじゃないか。
『そやつには吾から力を与えておいたので、そこらの魔物に劣ることもなかろう。さらに吾の領域と其方のもとを自由に転移する力も授けておいた。不要な時は、こちらに戻せば良いじゃろう』
そんなことも簡単にできるのか。
さすが神様だ。
というか、トトメリウス様、このダブルヘッドに肩入れしすぎでしょ。
もちろん、口には出せないけれど。
『これで問題無いようじゃの』
「……はい」
まあ、神様にここまでされたら断れないよな。
セレスさんも乗り気だし。
『好し、これで話はすべて終わりじゃ。と、それもついでじゃな。ほれ』
トトメリウス様の手から放射された光の粒が俺の左肩に注ぎ。
『確かめてみるがよい』
「これは!」
左肩にあった黒炎の火傷痕が綺麗に消失していた。





