第136話 智と時と魔法を司るもの 2
「本当ですか!」
トトメリウス様の言葉通りなら、もう脱出口を探す必要はない。
探索する必要はないんだ。
こんなにありがたいことはない!
今は気を張っているセレス様も、実際はギリギリの状態だろうから。
『吾が嘘をつくとでも?』
「いえ、決して、そのようなことは思っておりません。つい嬉しさのあまり」
失礼な一言だった。
何と軽率なことを。
『……人とはそういうものじゃったな』
頷いたのち。
また宙を見つめているトトメリウス様。
怒りはないようだ。
それでも。
「申し訳ございませんでした」
しっかり謝罪はしておかないと。
『ん。ああ、今回は許そう』
「ありがとうございます」
このやり取りに安心した顔をするセレス様。
「コーキさん、ここから出ることができるのね」
「ええ。トトメリウス様のお力添えのおかげです」
「よかった……」
本当にそう思うよ。
「トトメリウス様。それでは、転送をお願いしてもよろしいでしょうか」
『しばし待て、まだ話すことがあるのじゃ』
神様からの話。
まだ何か?
つい身構えてしまう。
『そこな娘』
俺じゃないのか。
「は、はい」
セレス様、神様に突然話を振られて固まっている。
『其方も力あるものの加護を得ておるようじゃの』
「それは……。ローディン様の加護でしょうか?」
『ローディン? ふむ、あの者はそう呼ばれておったかのう』
「ローディン様は実在していたのですね」
『そうじゃな』
「ああぁ、ローディン様……。本当に私に加護を!」
感極まったかのような表情で、トトメリウス様を見上げているセレス様。
豊穣の神ローディン様への篤い信仰心を持っているようだったからな。
良かった。
『全て真実じゃ。それゆえ、其方も吾の領域に立ち入ることができたのじゃぞ』
なるほど。
俺もセレス様も神格ある方から加護を与えられていたので、トトメリウス様の神域に立ち入ることができたというわけか。
『ただ、その加護の力が弱まっておるようじゃ。其方、信心を怠っておったろう』
「……はい。申し訳ございません」
『吾に謝る必要はない。そもそも、其方とローディンとの間の問題じゃからの』
「いえ、ご助言ありがとうございました。今後は迷うことなくローディン様を信じていきたいと思います」
『ふむ、それが好かろう』
「あの、少し伺ってもよろしいでしょうか?」
話が一段落ついたところで。
可能なら、この世界の神様について聞いておきたい。
オルドウの教会。
あそこには主神像をはじめ、多くの神像が祀られていたが。
『申してみよ』
「この世界には、トトメリウス様のような御方はいかほど存在されているのでしょうか?」
トトメリウス様にローディン様、俺に加護を与えてくれた神様は別世界の神だとしても、この世界には既に神様が2柱存在しているのだから。
『吾に近い格を持つ存在ということか』
「はい」
『ふむ。まあ、それなりにいるじゃろう』
トトメリウス様でも、具体的な数は知らないのか。
『移ろうもの、じゃからな』
移ろうもの?
神様も永久不変ではないと。
あの主神はどうなんだ?
「では、オルドウの教会に祀られている主神エスト様という神様は、いらっしゃるのですか?」
『エスト? その名に覚えはないのう』
「そうなのですか!」
『ふむ。そもそも主なるものなど存在しないのじゃぞ。この世界で、それに近い格を持つのは……。吾のみじゃな』
主神エスト様は存在しない。
あんなに立派な教会の主神なのに……。
それで、主神格はトトメリウス様だと。
「そうだったのですね」
エストラル大陸の信者が、この真実を知ったら失神しそうだ。
しかし、トトメリウス様は一貫して神という言葉を用いないな。
トトメリウス様たちにとっては、そういう認識はないのかもしれない。
ただ、格の高い存在だと。
そういうことなのだろう。
「ご教授、ありがとうございました」
『よい、よい。さて、吾から其方に渡すものがある』
「はい?」
トトメリウス様から何かをいただけるというのか。
『まずは、恩恵を授けよう。彼のものが授けた力を奪ったのじゃ、それが妥当じゃろう』
セーブ&リセットの代わりに、新たな力を!
「ありがとうございます」
『其方には、この力を授けよう』
トトメリウス様の右手が輝き、その掌からあふれ出た光の粒が俺の身体に降りそそぐ。
温かく心地良い光だ。
『確認してみよ』
「はい」
ステータスを開いてみると。
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定改 多言語理解 アイテム収納
鑑定初級が鑑定改に、エストラル語理解が多言語理解に変化していた。
多言語理解は文字通り多数の言語を理解できるギフトだろう。
今後の活動を考えれば、ありがたいギフトだ。
鑑定改は、初級鑑定が進化したものか。
まだ試していないので明らかではないが、きっとこれも有用なのだろう。
「素晴らしい恩恵、ありがとうございます」
『取り上げた力の代替物じゃ。そう畏まらずともよい』
「いえ、そういう訳には……。心から感謝いたします」
『そうか。まあ、よかろう。それと、ついでじゃ。その娘の停滞も緩和してやろうかの』
降りそそぐ光の粒。
「あ、ありがとうございます」
『ふむ、あとで確認してみるがよい』
「はい!」
セレス様にも恩恵が与えられたようだ。
『さらに、其方らふたりに吾の加護を与えよう』
そんなものまでいただけるのか。
加護というものが具体的にどんな効果があるのかは分からない。
が、今回の件でも加護のおかげで助かったのだから、ありがたいことに変わりはない。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
『さて、残るはもうひとつ。このものを何とかせい』
そう言って、トトメリウス様が指を鳴らすと。
この空間の一部に漆黒の巨体が現れた!
「っ!?」
突然目の前に現れた威容に息を呑むセレス様。
俺も少し驚いてしまった。
とはいえ、この巨体は既に見慣れたもの。
いきなり出現したことへの驚きが消えれば、何てことはない。
とはいえ。
「コーキさん!」
「私の後ろへ」
トトメリウス様の手によるものだから、危険はないと思うが。
それでも、セレス様にもしものことがあってはいけない。
「トトメリウス様、これは?」
何とかしろとは、どういう意味なのか?
どう対処すればいい?
『其方が痛めつけたものじゃな』
「……」
そうか。
目の前のこの巨体。
このダブルヘッドは……。
常夜の森とテポレン山の境界で、俺から逃げ出したあのダブルヘッドなのか?





