第135話 智と時と魔法を司るもの 1
『では、去るが好い』
「はい。……ですが、その」
この神域からの去り方が分からない。
そもそも、俺たちはどうしてこの神域に入ることができたんだ?
方法が分からないのだから。
「どうやって去れば良いのか分からないのです。恥ずかしながら、トトメリウス様の神域に足を踏み入れることができた理由も私には……」
『テポレンの地中とこの地は繫がっておるからの、そこから迷い込んだのであろう。が、この領域は本来ならば人の身で立入ることなど叶わぬ地。どれ』
再び虚空を見つめ、さらにこちらに目を向けるトトメリウス様。
その眼が僅かに光ったかと思うと……。
頭の中に風が吹いたような感覚?
これは、頭の中を読まれた?
『……なるほど』
納得されているようだが、こちらは全く理解できない。
『其方は時を司る異界のものの加護を得ておるのじゃよ。その加護の力ゆえ、吾の領域に入ることができたというわけじゃな』
時を司るもの?
神様?
俺が加護を得ているとしたら……。
あの神様しかいないよな。
それしか考えられない。
そうかぁ、あの神様は時を司っていたのか。
いろいろと腑に落ちることがあるな。
しかし、異界の神様だったとは。
『ふむ、ふむ、ほう……。小さきものながら其方は面白い。加護を得るだけのことはあるようじゃ』
こちらを見ながら頷いている。
何が面白いのか、まったく分からないが。
トトメリウス様が評価してくれるのなら、それはそれで良いことなんだろう。
『とはいえ、少し贔屓が過ぎるかの。異界のものの業に意見するつもりはないのじゃが、その加護を受けた異世界の者が吾のこの世界で活動するというのなら……。そう、話は別じゃな』
贔屓が過ぎる。
確かに、思い当たる点が多過ぎる。
「コーキさん。神様は何を言っているの?」
耳元で囁くセレス様。
今まで、ずっと黙って聞いてくれていたけれど。
今のトトメリウス様の言葉に疑問を持ったのか。
そうだよな。
「私のことだと思いますので、少し話してみます。ここは任せてください」
「……分かったわ」
ここは引き下がってくれたが、完全に納得したわけじゃないだろう。
申し訳ない。
あとで話すからさ。
「贔屓とは、どのようなものでしょう?」
『その力を持つ其方は充分に分かっておろう。経験もしておるはずじゃ』
時を司る神様から受けた恩恵。
覚えがあり過ぎるんですよ。
そう……。
神様からは多くのギフトをいただいた。
最近も、アイテム収納のギフトをいただいたばかりだ。
「……」
『そなた、彼のものに余程気に入られておるようじゃ』
そうなのか?
……そうなんだろうな。
「ありがたいことです」
『じゃが、吾の世界ではその力は過ぎたるもの。異世界人といえど、認められんの』
「といいますと?」
どうなるんだ?
どの恩恵なんだ?
トトメリウス様相手に抵抗できるわけもないし、そのつもりもないが。
一体何を?
トトメリウス様が俺の目の前に手をかざし、それを左右に振る。
時間にして数秒。
何だ、この感覚?
力が抜けるような……。
『吾の世界に異世界の者は必要ない。そなたを元の世界に戻してやろうかとも思ったのじゃが』
なっ!?
まさか!
それだけは許してほしい。
『彼のものの顔を立てて、そこは見逃してやろう。じゃが、そなたの持つ力を1つ奪っておいたぞ』
「……はい」
よかったぁ。
本当に、良かった。
この世界での活動が許されるのなら、それだけで……。
ふぅ。
とりあえず、一息つけた。
しかし、もし異世界間移動を禁じられていたらと思うと。
心が張り裂けそうになるな。
……。
それで、無くなった力とは?
すぐさま、ステータスを確認する。
すると……。
<ギフト>
異世界間移動 基礎魔法 鑑定初級 エストラル語理解 アイテム収納
何度見ても、ギフト欄にはこれだけしか表示されていない。
ということは……。
ギフト欄から、セーブ&リセットが消えた。
そういうこと。
『吾の世界で異世界の者の活動を許すのじゃ。光栄に思うと良い』
「……ありがとうございます」
セーブ&リセットのギフトを失ってしまった。
異世界での活動を許された喜びが大きいとはいえ。
ショックはある。
これからは、この世界で大きな失敗をしてもやり直すことはできないのだから。
失敗したら、それっきりなんだ。
……。
異世界での活動で、安全が担保されないという不安。
夕連亭での失敗や、エンノアでの失敗から立ち直れたのはリセットのおかげなのに。
今後はもうその助けを得られない。
不安で胸が痛くなる。
が、それでも。
『不満か』
「いえ……。こちらでの活動を許されただけでも、ありがたいことですから」
そういうことだ。
それだけでも、ありがたいことなんだ。
そもそも、セーブ&リセットなんて、最初は期待していなかった。
トトメリウス様の言う通り、過ぎたる力なんだ。
確かに、不安はある。
あの息苦しさが、戻ってきそうだ……。
情けない。
でも、異世界に来れなくなることを考えれば……。
そうだ。
これくらい、問題じゃない!
「異世界!? 異世界の者って……」
隣でセレスさんが、うわごとのように何かつぶやいている。
『ならば好し。他のことは大目に見てやろう』
「……はい。ありがとうございます」
とにかく、今後もこの地で活動できるのだから、幸運と思わなければいけない。
神様からのお墨付きを得ることができたのだから。
……。
けれど、こうなると。
地下大空洞からの脱出に失敗は許されない。
そういう状況なってしまった。
『そうじゃ。彼のものから過度の肩入れがないか、そちらの監察は必要じゃな』
「そうなのですか?」
『心配は無用じゃ。問題がないか、たまに見るだけじゃ』
「……分かりました」
たまに見られるだけなら。
『あとは、基本的に自由にして良い。今のそなたには問題を起こす力はないからの。ただ、彼のものから過度な力を得た場合は問題も生じ得る』
「……」
『それゆえ、監察が必要なのじゃ』
それは分かりますが、神様同士で話し合いとかされないのでしょうか?
とは聞けないか。
「了解いたしました」
『それと、テポレン山では足下に注意するように』
「それは、どういう意味でしょう?」
『吾の気とそなたに加護を与えたものの気が反応して、吾が領域の周辺が緩むのじゃ。其方がテポレン山で崩落に巻き込まれやすいのもそのためじゃからな』
そうだったのか。
それで、何度も地中に落ちる羽目に。
セレス様の足下も、そういうことか。
全部、俺の責任じゃないか!
『吾も地盤強化はしておくので、そう心配はないと思うのじゃが、一応用心はしておくように』
「分かりました」
そろそろ、この場を去りたいところだ。
そして、はやく脱出への手掛かりを探さないと。
いや、待てよ。
神さまに聞けば、あの地下大空洞からの脱出の仕方も教えてもらえるんじゃないのか。
そうだ、神様なら当然知っているはず。
そこまで甘えていいのかは別の話であるけれど。
……。
とりあえず。
「それで、私たちはこの場から、どうやって立ち去れば良いのでしょうか?」
『ふむ、吾が送ってやろう。どこに行きたいのじゃ?』
送ってくれると。
それはそれで、ありがたいのだけど。
「あのテポレン地中の大空洞の中では?」
『そうか、そうじゃった。其方らは、彼の地で彷徨っておったんじゃの。ふむ、そこに戻ってまた彷徨いたいのかの?』
これは、またとない機会。
「彷徨いたくはありません。トトメリウス様、あの地下大空洞からの出口を教えていただけないでしょうか」
『出口など不要じゃ。そなたらが彷徨っていた地は、この場ほどではないが吾の占有する領域の1つじゃぞ。その中で吾にできぬことなど存在せぬわ。そもそも、テポレン山の全てが吾の領域のようなものじゃしな』
「と言いますと」
『テポレンなら、何処なりと其方らを瞬時に転送してやろう』





