第131話 守り人 1
足下には確かに地面がある。
目の前には空間が広がり、普通に呼吸もできる。
が、そこまでだ!
さっきまでいたあの地下大空洞と同じなのは。
足下に感じられるのは、砂地ではない。
硬質とも軟質とも判別がつかない、不思議な地面。
周りには……。
「ちょ、あの、コーキさん?」
胸の中から焦った声。
ああ、そうか。
セレス様を胸に抱えたまま立ち尽くしていたみたいだ。
「すみません」
セレスさんを胸から解放する。
「もう、急に……」
頬を染めてうつむくセレス様。
まあ……。
胸に顔をうずめるように抱きしめてしまったからな。
「それで、ここはどこ? 何があったの?」
うつむいていたセレス様が、周囲の異状に気づき声を上げる。
「分かりません。が、大空洞にいるとは思えませんね」
周囲は見渡す限り、薄い霧や靄のようなもので覆われている。
しかも、通常のそれとは異なり薄い黒みをおびている。
足下も頭上も前も後ろもすべて靄がかっており、はっきりと視認できない。
数メートル先はもう何が存在するのか見えないほど。
足下は、膝より下がより濃い靄で覆われているため、地面が確認できない状態だ。
そして何より……。
明らかに感じる異質な雰囲気。
言葉では形容しがたいこの感覚。
あの大空洞とは完全に異なる空間だということが、否が応でも理解できてしまう。
「いったい、何が起こったの、コーキさん?」
「また転移したのかもしれません」
場所が場所だ、その可能性が高い。
「そんな! どこに……?」
どこかは分からない。
ただ、この空気は?
どこかで……。
ドーーン!
異質な空間の中、考え込む俺たちの前。
ちょうど視認できる限界の7メートルほど前方に、それは突然現れた。
全長約3メートルの硬質の物体。
黒光りする身体を持つその物体は。
「コーキさん、あれ、ゴーレムなの!?」
やはり、そうか。
黒曜石を思わせる直方体の物質を繋ぎ合わせることで作られた人型の物体は、日本の知識の中にあるものとよく似たそれ。
ゴーレムか。
「ゴーレムなんてものが、存在したのですね」
魔物図鑑には載っていなかったぞ。
魔物じゃないということなのか。
「私も見たのは初めて。物語で読んだことがあるだけだから」
「その物語には何と?」
「……神が創り給うた神域の守り人」
なるほど。
神様ときたか。
確かに、人の手によるものとは思えない雰囲気だな。
ドシーーン!
と、考えている時間はなさそうだ。
こちらに、ゆっくりと歩み寄ってくるゴーレム。
するとその眼が赤く光り。
光線!?
「危ない!」
セレス様を再び抱え、跳び退る。
「えっ!」
何とか避けることができた。
しかし、いきなり光線を放ってくるとは。
「あの光波は何?」
「ゴーレムによる攻撃でしょう。物語に載っていませんでしたか」
「そういえば、読んだような気も……」
そうか。
それも記載されていたんだな。
ドシーン!
が、今はもう、こいつの相手をするしかない。
「あいつを倒してもいいんですよね」
神様の使徒だとか。
そういうのはやめてくれよ。
「分からない。大丈夫だと思うけれど……」
倒してはいけないとは書いていなかったと思う。
そう呟くセレス様。
それなら、問題ない。
「でも、倒せるの?」
「誰に言ってるんですか?」
「そうね、コーキさんなら平気よね」
「ええ、そうです」
そこまでの自信があるわけではない。
けど、セレス様の前だからな。
それに、他に術がないなら倒すしかないのだから。
「だから、セレス様はここで待っていてください」
地下大空洞のように隠れるための大岩や横穴などはない。
離れていてもらうだけだ。
セレス様に近づかせないようにして戦わないとな。
が、その前に。
「我々にそちらを害する意思はない。害意などない。だから、引き下がってもらえないだろうか」
ゴーレムに語りかけてみる。
魔物じゃないのなら通じる可能性も、あるか?
ドシーン!
ゴーレムの動きに変わりはない。
ドシーン、ドシーン!
無理みたいだな。
なら、仕方ない。
セレス様から離れ、ゴーレムと向かい合う。
すると、再び眼に赤い光が灯り。
光線が放たれる!
さっきと同じだ。
予備動作としてのそれがあれば、避けるのは難しいことじゃない。
横に跳んで躱し、そのままゴーレムに接近。
ゴーレムの攻撃を避け。
剣で斬りつける。
キーーン!
剣が高音とともに撥ね返される。
手に残るのは硬い感触のみ。
そこに、ゴーレムの腕が振るわれる!
強烈な勢いの腕を避け、ひとまず後方に。
ドゴーン!
ゴーレムの拳が地面に突き刺さる。
これは!?
すさまじい力だ。
それに、硬い。
見た目から想像はついていたが。
それでも、これは全く刃が通る気がしない。
……。
思い返してみれば、ダブルヘッドもトリプルヘッドもその皮膚を貫くのに苦労した。
けれど、こいつはその比じゃない。
これは相当苦労しそうだ。
とはいえ、スピードは大したことはないな。
トリプルヘッドの方が数段上だ。
なら、ゆっくり攻略させてもらおうか。
まずはと。
最大の魔力を剣に纏わせ。
接近。
斬りつける!
キン!
これでも、まったくだな。
わずかに手ごたえは感じられたが、それでも表面を削った程度か。
ゴーレムも平然としている。





